第三十五話 「仲間の無事」
俺はチーター野郎が逃げた先を、ただ眺めていた。
くそっ! あの野郎!!
自分が不利になった途端、急に逃げやがって!!
ふざけんなよ!!
俺は今、怒りしか感じていない。
今すぐにでも、あいつを追いかけ、トドメを刺したい。
だが、もう追いつくことは不可能だ……。
既にチーター野郎の姿は見えなくなっており、何処まで逃げたのかも分からない。
くそ……。
アイツを殺して、俺はすぐに仲間を助けに……。
ん……? 仲間……。
あ! そうだ!! チーター野郎なんて、どうでもいいじゃねーか!!
サーラスティとガルディウスを助けに行かなきゃ!!
少しだけ冷静になり、仲間のことを思い出した俺は、すぐに走り出そうとしたのだが……。
「いってっ!!」
右肩、そして斬られた翼に、もの凄い激痛が走った。
俺はその激痛に耐えられず、足をもつれさせ、前のめりに倒れてしまった……。
くそ……。急がなきゃならんのに、転んでる場合じゃないだろ。
さっさと立って、二人を助けに行かなきゃ!
俺は、左手を目の前に持ってきて、立ち上がろうと力を込める。
だが、その左手に違和感を覚えた……。
あれ? 俺の爪って、こんな色だっけ?
銀色の爪……、まるで、硬質化したような……。
いや、違うな……、硬質化してる。
いつの間にか、爪を硬質化して戦ってたのか?
だから、チーター野郎の爪を折ることが出来たのか?
「は、はは……」
何故か、笑いが込み上げてきた。
仲間のピンチだというのに、チーター野郎の爪を折った理由を考えてしまった。
今は、そんなことを考えてる暇なんて無いはずなのに、そんなことを考えてしまう自分が、恥ずかしく思えた。
おそらく、その恥ずかしさを誤魔化すために、笑いが込み上げてきたのだろう……。
そう思うと、それすら、笑えてくる……。
自分の器の小ささに、自分の身勝手さに……。
「はは……、はははは……、俺はやっぱり、クズだな……」
思い返してみれば、戦争が始まってからもそうだ。
仲間のことを考えずに、一人で敵陣に突っ込んだり、仲間を捜索してるのに、魂の欠片が出て来るか待ってみたり、本当に自分勝手に動いていた。
挙げ句の果てに、敵を退けた理由を考えてしまった。
俺は、本当にダメな奴だ……。
ニートだった頃から、何も変わってない……。
自分勝手な、ワガママ野郎だ……。
ふと、サーラスティの言葉が頭を過ぎった。
未来の大魔王……。
「はあ……。何が大魔王だよ……。こんなクズが大魔王になんかなれるはず……」
「ふっ! 確かに情けない姿だ。大魔王を目指す者とは思えぬな」
唐突に後ろから話しかけられた。
咄嗟に後ろを振り向くと、そこにはガルディウスの姿があった。
「が、ガルディウス!? 無事だったか!!」
「当たり前だろ。それよりも何があった? 貴様がここまでやられるとは……」
「ははは……。ちょっとね……、油断……、いや、敵が強かったんだよ……」
「ふっ。だが、全員、倒したみたいだな」
ガルディウスは辺りを見渡している。
だが、その姿はボロボロで、かなり疲れているように見えた。
「そうだ! こうしてる場合じゃない! サーラスティを助けに行かなきゃ!」
ガルディウスが無事だったからと言って、サーラスティも無事とは限らない。
すぐに助けに行かなきゃ、手遅れになってしまうかも知れん。
そう思ったのだが……。
「安心しろ、サーラスティも無事のようだ」
ガルディウスが、遠くを眺めながら、そう言った。
ガルディウスの見てる方向を見ると、そこにはサーラスティの姿があった。
大きなリボンを揺らし、ピョンピョンと飛び跳ねながら、こちらに向かってきている。
どうやら、本当にサーラスティは無事のようだ。
「良かった……。本当に良かった……」
先ほどまで、自分のクズさに嘆いていた俺は、そんなことを忘れ、仲間の無事を確認し安堵していた。
我ながら、本当に自分勝手なクソ野郎だと思う……。
だが、二人が無事だったのが本当に嬉しくて、自分のことなんてどうでもいいと思えた。
「ふふん! やったわよ!!」
離れた位置から、サーラスティがそう叫んだ。
その姿は、いつもとあまり変わらないように見えた。
リボンが少し汚れているくらいで、いつも通りのサーラスティに見える。
戦ってきたとは思えないような、そんな姿だった。
俺とガルディウスは、サーラスティの方へと移動をし、俺達三人は無事に合流することが出来た。
「あら? パントロの方は、結構大変だったみたいね」
合流してすぐ、サーラスティは、ジロジロと俺の姿を見ながらそう言った。
「あ、ああ……」
「ふふん! でも、さすがね!」
そう言うとサーラスティはニコッと笑った。
戦ってきたのに、疲れた素振りも見せないなんて、やっぱりサーラスティは凄いな……。
本当の天才なのかも知れない……。
そんなことを思いつつも、俺は改めて二人の顔を眺めた。
二人とも、何かをやり遂げたような、そんな顔をしている。
まあ、敵を倒してきたのだろうから、当然なのかも知れないが……。
さて、二人に色々と聞きたいところだが、ここは戦場だ。
周りに敵がいないとは言え、いつ敵がやって来てもおかしくないのだ。
そこで俺は、二人に相談をすることにした。
「あのさ? 一度、戻らないか?」
「ふふん! そうね! 一旦、前線基地に戻りましょう!」
「ふっ。そうだな。さすがに今回は、オレも休息が欲しい」
俺の提案に、二人とも賛同してくれた。
「どうやって戻ったらいいと思う?」
俺は翼を斬られ、飛べなくなってしまった。
実質、歩いて戻るしか方法が無いのだが、このまま戻っていいのか……。
戦場を駆け抜け、そのまま前線基地に、辿り着けるかどうか分からない……。
俺が相談したいのは、そこだ。
「そうねえ……。パントロは飛べないんでしょ? だったら地上を行くしかないわね」
「うん。そうなんだけどさ、戦場を走って移動して大丈夫だと思うか?」
「う~ん。そうねえ……」
「ふっ。ならば、ここでしばらく休息を取ろう」
ガルディウスが、変なことを言い出した。
「いや……、ここだって戦場だろ? いつ敵が来るか……」
「ふっ。オレ達が移動するより、この場で休息を取った方が、敵に遭遇する確率は低いはずだ」
そう言われれば、そんな気もする……。
この辺りは、小さな戦闘が行なわれている、戦場の端の方。
こちらの方へ、敵がやって来る可能性は低そうだ……。
「そうね! ガルディウスの意見を採用しましょう!」
サーラスティがそう言った。
決定事項になった瞬間だ。
俺達のチームは、基本的に多数決で行動を決める。
リーダーを決めたときも、集団戦闘の特訓をやっていたときもそうだ。
多数決を取り、過半数を上回れば決定。下回れば、再度考えを改める。
そういうチームなのだ。
今回、サーラスティがガルディウスの意見を採用したことで、既に二票。
この場に三人しかいないので、決定事項になってしまったのだ。
「そ、そうか……、じゃあ、警戒しつつも休憩しようか……」
こうなると文句を言っても無駄なので、俺は当然のように従う。
「ふふん! そうね! じゃあ、背中合わせになって周りを注意しながら、休憩しましょう!」
「お、おう……」
「ふっ。そうだな」
こうして、俺達はこの場で休憩をする事にした。
隠れられる場所もなく、ただ地面に座っているだけだが……。
ただ黙って座っていても暇なので、二人に色々と聞こうとしたのだが、逆に俺のことを聞かれた。
仕方なく、二人に翼を斬られた理由や、右肩の大怪我について説明していると……。
「ん? 何かしら?」
サーラスティが何かを発見したようだ。
俺は振り向き、サーラスティの見ている方向を確認したが何もない。
湿地帯が広がっているだけだ。
「え? どこだ?」
「空よ」
空? ん? 何だアレ?
空を確認すると、影のようなものが見えた。
影はどんどん、こちらに向かってくる……。
「おいおい……。マジか? アレって鳥族か?」
「さあ? この距離だと、なんだか分からないわね」
俺達は警戒しながらも、その影を眺めていた。
すると……。
「鳥だな」
最初に、ガルディウスが気付いた。
「鳥……? 普通の鳥?」
俺はそう言いながら、更にジーッとその影を見てみた。
確かに鳥のようだ。
ただ……。
「ふふん! 大きいわね!」
「あ、ああ……」
かなり大きな鳥だ。いや、バカデカイ鳥だ。
その鳥は、どんどんこちらに向かってくる。
「あの鳥、こっちに向かってるよな?」
「そうね。向かってるわね」
「だな」
どうする? 逃げるか?
いや、逃げるってどこにだよ?
それより、隠れる……、そんな場所は無いな……。
「なあ? あの鳥って俺達をスルーするかな?」
「さあ? それはここまで来なきゃ分からないわよ」
まあ、そうだよな。サーラスティの言うとおりだ。
結局俺達は、逃げも隠れもせず、ただ黙って鳥が近づいてくるのを眺めていた。
鳥はどんどん近づき、俺達の上空を通過していった。
そして、そのまま離れていくと思ったのだが……。
「おいおい……。戻ってきたぞ?」
「ふふん! そうね! 戦う準備は必要かしら?」
鳥は旋回をし、こちらに向かってきている。
サーラスティが物騒なことを言い出したが、あの大きさだ。
スライムなんて丸飲みにされるだろうし、俺だって簡単に喰われてしまいそうなくらいにバカデカイ。
確かに、あのまま襲ってきたら、戦う必要があるな……。
俺はそう思い、念のため、身体に魔力を溜める。
だが、俺の予想に反して、鳥はゆっくりと旋回しながら地上に降りてきた。
「大いなる子たちよ! 無事だったか!」
鳥の背には、ゴブリン魔王が乗っていた。
「ま、魔王様!? 一体、何故!?」
ガルディウスが驚いてる……。
そりゃ驚くよな。俺だって驚いてる。
ここにゴブリン魔王が来る、意味が分からん。
「ハッハッハッ! そうかそうか! 無事だったか! ハッハッハッ!」
ゴブリン魔王は何が可笑しいのか、大笑いしている。
ん?
ゴブリン魔王の登場に驚いて、気付かなかったが、よく見れば、ゴブリン魔王の姿もボロボロだった。
戦場に出て、戦っていたのだろうか?
まあ、魔王だから戦っても変じゃないのだが……。
「よし! 大いなる子たちよ、ガルーダに乗るがいい!」
「ガルーダ? ガルーダって、この鳥ですか?」
「そうだ。見たところ、かなりの深手を負っているようだし、早急に基地に戻った方が良いだろう」
どうやら、鳥の背に乗せて、運んでくれるようだ。
「ふふん! お言葉に甘えて、乗せて貰いましょう!」
「ふっ。そうだな」
「あ、ああ……」
俺達は次々と、ガルーダの背に飛び乗る。
ガルーダに飛び乗ったとき、俺の肩に激痛が走った……。
黙っていれば、そこまで痛みは感じないのだが、やはり衝撃を受けるとキツイ……。
早く手当てをしたいが、この場では何も出来ない……。
「よし! では、基地まで戻ってくれ!」
魔王がそう言うと、ガルーダが大きな翼を広げ、空へと飛び立った。
空から地上を眺めていると、あちこちで鳥獣族が逃げ出しているのが見えた。
戦闘能力から考えれば、圧倒的に鳥獣族が有利だったはずなのに、スライム族が押しているのだ。
「あ、あの? 今の戦況ってどうなってるんですか?」
あまりにも不思議な光景だったので、俺はゴブリン魔王に聞いてみた。
「ハッハッハッ! 我らスライム族の勝利だ!!」
え? 勝利?
「ふふん! やっぱり勝ったのね!」
「おっしゃ!」
サーラスティと、ガルディウスは納得しているらしい。
だが、俺はまだ信じられない……。
戦争が始まって、まだ一日も経ってないし、敵の数だってまだまだ多いはずだ。
それなのに何故……。
「パントロ! 貴様のおかげで勝てた! そう言ってもいいだろう! ハッハッハッ!」
ゴブリン魔王は、よく分からないことを言いながら笑っている。
俺のおかげ……? 俺って何をした?
戦場で自分勝手に動いて……、結局、何もしてないよな……?
序盤に少しだけ、足止めをしたくらいだ……。
他には何も……。
「あ、あの……? 俺のおかげって、どういう……?」
「ハッハッハッ! まあ、その話は後にしよう! ハッハッハッ!」
ゴブリン魔王は、そのまま笑い続け、結局何も教えてくれなかった……。




