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第四話 「現実」

 小鳥のさえずりが聞こえる。


 朝か……。

 あとちょっとだけ……。


「…………」


 なんか嫌な夢を見てた気がするな……。


「はっ!!」


 俺は布団を蹴飛ばし飛び起きた。

 そしてすぐに体を確認した。

 手がある! 足がある! 体がちゃんとある!!


「お、お、おっしゃあああああああああああ!! 戻ったああああああああああああ!!」


 嬉しいという感情がこみ上げてきて、思わず叫んでしまった。

 それもそのはず、あの訳の分からない夢から覚め現実に戻ってきたのだ。嬉しくないはずがない。


 俺は部屋の中をぐるりと見渡した。


 見慣れた天井。ふかふかのベッド。少し臭う枕。漫画やラノベが詰まった本棚。

 兄貴がふざけて名付けたフェニックス三号という名の自作パソコン。

 間違いない、俺の部屋だ。


「よかった……。ホントによかった……」


 夢から覚め、自分の部屋を確認したことでホッとした。

 冷静になって考えれば、夢から覚めるなんて当たり前のことなのに、何故かすごく安心した。


「そう言えば……」


 ふと前に読んだことがある、ホラー漫画を思い出した。

 悪夢から目覚めると、鏡に映った自分の顔が化け物になっていた。って話の漫画……。


 なんとなく嫌な予感がした俺は、鏡を探すことにした。

 しばらく使ってないが、部屋にあったはずだ。

 念のため、そう念のためだ。

 既に自分の手で顔を触って確認している。普通の人の肌の感触だった。


 大丈夫。俺は戻ってきた。念のために鏡で確認するだけだ。

 そう自分に言い聞かせるように鏡を探した。


 ……あった。

 鏡を見つけてしまった。

 大丈夫だということは分かっている……。分かっているのだが、少しだけ怖い……。

 もし顔が紫色のスライムだったら……。と、ありもしないことを考えてしまう。


 俺は意を決し鏡を覗き込んだ。


「お、おお!!」


 鏡に映ったのは俺の顔。

 スライムらしさなんて微塵も感じさせない普通の人間の顔だ。


 そうそう! この冴えない顔! 何の特徴もない、ザ・普通の顔。これこそ俺の顔だ!


 俺は心の底から安堵した。

 これでやっと安心していつも通りの生活が出来る。そう思った。


 いつも通りの生活と言っても、特にすることがあるわけではない。

 毎日好きなことをして過ごしている。

 そう、俺はニートだ。


 イジメが原因で高校を中退。そのまま半引きこもりになって約十年。

 ただ日々を無駄に過ごしてきたダメ人間。

 職歴無しの童貞野郎。それが俺だ。

 正直言って詰んでるし、自分の人生には全く価値がない。そう思っていた。

 だが今は、人間ってだけで十分なんじゃないかと思えてくる。

 変な夢を見たせいだろう。

 スライムより人間の方が万倍マシだ。そう思う。



 俺は今日どんな暇つぶしをしようかと悩んでいた。

 なんせ無職のニートだ。時間だけはたっぷりある。


 そんなことを考えていると、コンコンとドアをノックする音がした。


「タケル。入るぞ」


 俺の返事も待たずに部屋に入ってきたのは兄貴だった。

 俺の実の兄で、名前はヤマト。

 大手商社に勤めているエリート商社マンというやつで、婚約者がいるリア充だ。

 顔も俺とは違いイケメンだ。

 本当に俺と同じ血が流れているのか疑わしいほどだ。


「タケル。母さんに聞いたぞ」

「え……?」


 一体何の話だ? 何か悪いことでもしたかな?

 いや、ニートなのは良くないとは思っているが、今更だしな……。


「何のこと?」

「お前、家を出て行くんだってな」

「は?」


 俺が家を出る? なんで?

 というか、そんな話してないだろ。

 母さんボケちゃったのか? いや、そんな歳じゃないよな……。


「いやぁ~、お前が就職先を見つけるなんてな! ビックリだよ!」

「え? ちょっ、はい?」

「俺もさっき聞いたから、まだお祝いの用意はしてないんだけどさ。今度盛大に祝おうな!」


 意味が分からない……。

 なんだ? どうなってる!?


「ちょ、ちょっと待ってくれ、何のことだよ!」

「え? だってお前、ここを出て住み込みで働くんだろ? 母さんそう言ってたぞ」

「はぁ? んなわけないだろ! そもそも俺を雇ってくれるような会社があんのかよ!」

「あれ? おかしいな? カイザーさんって人のところで働くって聞いたぞ?」


 え? カイザーって言った?

 兄貴今、カイザーって言ったよな!?


「兄貴! なんでカイザーのこと知ってんだよ!」


 俺は兄貴に詰め寄った。


「ぉぉう……。何だ急に。俺は知らんぞ。お前の知り合いなんだろ?」


 どうなってる……。なんだこれ……。


「が―ばっ―、は――く―――」


 兄貴が何か言ってるが、よく聞こえない。


 視界が徐々に暗くなっていく。


 え? なんだこれ?

 あれ? 兄貴?


 気がつくと兄貴の姿がない。

 視界はどんどん暗くなっていく。

 まるで闇が襲ってくるかのように……。


 えっ? えっ!?


 目の前が真っ暗になり、意識がプツンと途切れた。



――――


 ヒンヤリとした空気を感じ、俺は目を覚ました。


「う、うそ……、だろ?」


 俺の目に映ったのは、何もない部屋だった。

 固くて寝心地が悪そうなベッドの感触が伝わってくる。

 当然俺の体は……。


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――――。

 こんなのあり得ない。

 絶対何かの間違いだ。

 なんでまたスライムになってんだよ!

 どうすればいい? また寝てみるか? それで戻れるのか?

 夢が覚めない時ってどうすればいいんだよ!


 俺は軽くパニックになっていた。


 しばらく経ち、少し落ち着いてきたところで、俺は二度目の眠りにつくことにした。

 アレコレ考えたが、結局現実に戻る方法が見つからないのだ。

 俺は祈るような想いで、もう一度眠りについた。



――


 何度繰り返しただろうか。

 五回? 六回? 眠っては起き、眠っては起き……。

 結局俺は現実に戻れないまま、あの何もない部屋で朝を迎えてしまった。


「パントロ! そろそろ起きんか!」


 ドアの向こうからカイザーの声が聞こえる。


 あり得ないだろ。なんで夢が終わらない。

 どうやったらこの夢は終わる。

 何をすればいい。


「早う起きんか!」


 ドアの向こうでカイザーが叫んでる。


 なんで現実に戻れないんだよ。

 なんで人間に戻れないんだよ。

 なんで――。


 パタンという音が聞こえた。


「なんじゃ。起きておるではないか。返事くらいせんか!」


 元に戻ったと思ったのは夢だったのか?

 あれが夢だとしたらこれはなんだ。現実? バカな。

 これこそ夢だ。あっちが現実だ。

 現実が夢で夢が現実? あり得ない。


「パントロ! 聞いておるのか!」


 カイザー。相変わらず黄色いな。あの長い帽子はどうした? 今日は被らないのか?

 そんな事どうでもいいか……。


「パントロ? どうしたのじゃ?」


 カイザーは心配そうに俺に近づいてくる。


「夢から覚めないんだ……」

「何を言っておる? 一体どうしたのじゃ?」

「これ夢だろ! なんで夢から覚めないんだよ!!」


 自分でもビックリするくらい、大きい声が出た。


「はぁ……。パントロ。お主まだそんなことを言っておるのか」

「あ!?」

「パントロよ、これは夢ではない。現実じゃ。今の現実を受け止めよ」

「違う! 俺の現実はこんな世界じゃない!!」

「ここはお主の現実じゃ! お主がどんなに願おうと元の世界には戻れぬわ!」

「イヤだ! 俺は元の世界に戻るんだ!」


 ん……? 何だ? 何か変だ……。

 この違和感はなんだ……。

 ん? あれ? 今、カイザーが先に元の世界って言ったよな?

 なんで? どうしてカイザーは元の世界なんて言ったんだ?

 どういう事だ?

 あ……!


 俺はベッドから飛び降り、カイザーの目の前まで一気にジャンプして近づいた。


「おい、カイザー! お前、何か知ってるだろ!」

「な、なんじゃ。ち、近いわ……」


 カイザーは、俺から距離を取るように後ろへ跳んだ。

 俺は距離を取らせまいと、もう一度跳ぶ。


「なんじゃい! 近いって言っておろうが!」

「いいから説明しろよ。なんで元の世界なんて言い方をした? まるで俺が別の世界から来たような言い方だったよな?」

「な、なんのことじゃ? はてさて、何を言っておるのか分からぬのう……」


 もの凄い勢いで目が泳いでる。

 絶対何か知ってる。


「せ・つ・め・い・し・ろ!!」

「だーーーーっ! 分かったわい! 説明するから少し離れんか!!」

「このままでも説明できるだろうが! いいから早く説明しろよ」


 カイザーはくるりと振り返り、俺の部屋から出て行った。


「おい! 逃げんな!!」


 俺はすぐにカイザーを追いかけた。


 リビングに出た俺は、すぐにカイザーを捜す。

 だが、捜すまでもなかった。

 リビングの中央で、何か覚悟を決めたような顔をしながら、カイザーがこちらを見ていた。




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