第十八話 「離別」
集団戦闘の特訓を初めてから、三日経った。
この三日は、基本的な戦術を試した。
俺、ガルディウス、ボルドの三人で、ドバイン師匠を囲み、死角から体当たりを放ったり、隙を作らせるように動き回ったりする。
ドバイン師匠が隙を見せると、リーダーのサーラスティが合図をして、リンジー、ユカリスが、魔法を撃つ。
こんな感じの戦術だ。
一見、リンチのような集団暴行に見えるかも知れないが、スライム族の戦いとはこういう物だ。
最弱種族が、生き残りをかけて戦うには、この方法しかない。勝つためには仕方ないのだ。
合図があるとは言え、後ろから魔法が飛んでくるので、俺を含めた前衛の三人は、後ろと前に気を配りながら動き回るので、意外と大変だ。
この基本的な戦術は、かなり有効に働いた。
何度かドバイン師匠から参ったという言葉も聞けたし、カイザーにも、魔王軍の兵士にすぐにでもなれる。とまで言われた。
まあ、実戦はまだだし、兵士になる前に他にもやることはあるらしいのだが……。
さて、今日もいつものように、体力作りを終え、鍛錬場へと移動してきた。
鍛錬場には、いつものメンバーが揃っていた。なぜかカイザーも居るが、まあ気にしないでおこう。
俺が到着したことで、特訓のメンバーが全員揃ったので、作戦会議を始めようとしたのだが……。
「……すまん」
急に、ドバイン師匠が俺達に謝ってきた。
俺は仲間達を見回したが、みんなも、よく分かっていないような顔をしていた。
「えっと、何を謝ってるのか、わからないのですが?」
誰も口を開かないので、俺が理由を聞いてみた。
「……しばらく留守にする」
留守? え? どういう事?
何? どっか行っちゃうの?
みんな困惑の表情をしている。
「ふぉっふぉっふぉ。すまぬのう。お主達」
カイザーが、重い空気を感じたのか、口を開いた。
「ど、どういうことだ?」
俺はカイザーに理由を尋ねる。
みんなポカンとしていて、何も話そうとしないので、俺が聞くしかないのだ。
「ふむ……。魔王様から指令を言い渡されたのじゃ」
指令? あの、ゴブリン魔王から?
「……鳥獣族に潜入する」
ドバイン師匠が重々しく、しっかりとした口調で、そう言った。
潜入するって……。
あんたも鳥獣族だろ?
あ……。
「潜入って、鳥獣族の? 敵の領土にですか?」
「……そうだ」
なんで……。
「鳥獣族の動きが、本格的になり始めたのじゃ」
そこから、少し長い説明を聞いた……。
鳥獣族の動きが活発になり、どうやら戦いの準備を始めているらしい。
だが、どうもスライム族と戦うための準備ではないらしい。
鳥獣族は、他の種族の領土にも侵攻しているらしく、その動向が掴めないのだ。
そこで、ドバイン師匠が鳥獣族の領土へと潜入し、鳥獣族の今後の動向を見張る役に選ばれたらしい。
なぜ、ドバイン師匠なのか。
答えは簡単だ。ドバイン師匠が、鳥獣族の獣族だからだ。
スライム族とは違い、簡単に敵地へ潜入できるからだ。
意味が分からない。
いや、意味は分かるのだが、納得が出来ない。
スライム族の協力者であるドバイン師匠を、わざわざ危険な敵地へ送ろうとしているのだ。
納得できるはずがない。
だが、俺の心とは裏腹に、ドバイン師匠はやる気のようで、今日で特訓は最後だと言われてしまった……。
この後のことは、あまり覚えていない。
いつものように集団戦闘の特訓をした。
だが、俺の心は、どこか変な方向へ向いていたのか、全く集中できていなかった。
帰り際に、ガルディウスと、サーラスティに怒られた気がする。
まあ、そんなのも、何故かよく覚えていない。
俺にとって、ドバイン師匠は同じ家に一緒に暮らしていて、武術の先生だ。
一緒に暮らしていると言っても、一ヶ月ほどだ。
それなのに、俺は何故こんなにも悲しいのか。
自分でも分からない……。
はっきり言って、他人だ。
ボッコボコにやられたし、毎日、毎日、強制的に体力作りをやらされた事もあった。
それなのに……。なぜ……。
むしろ、だからなのかも知れない……。
俺はダメ人間だ。ニートだ。
学校から逃げ、社会から逃げ、そして魔界でスライムになった。
スライムになってからも、逃げたい気持ちは消えなかった。
何度も、これは夢だと思ったし、カイザーがやらせようとした特訓も拒否した。
スライムになっても、引きこもろうとしていた。
そんな俺が少しだけ変われた。
カイザーとドバイン師匠のおかげだ。
二人が強制的に俺を外へ連れ出したから、俺は引きこもりにならずに済んだ。
二人が色々教えてくれたから、魔界で生きていこうと思えた。
ドバイン師匠のおかげで、俺は少しだけ強くなれた。
ずっと一人だった俺なんかに、仲間なんてものが出来た。
だから……、だから、きっと俺は……、ドバイン師匠に感謝をしているんだ……。
自分じゃよく分からない。でも、きっと心の奥で、感謝しているんだと思う……。
だから俺は、こんなにも悲しいのか……。
――
別れの朝が来た。
いつの間にか眠ってしまっていた俺は、目が覚めると、すぐにドバイン師匠の部屋へ向かった。
だが、既に部屋はもぬけの殻だ。
もう出て行ってしまったのかと思ったが、外から声が聞こえてきた。
「師匠! 今まで、ありがとうございました!」
サーラスティの声だ!
俺はすぐに外へと飛び出した。
外には、ドバイン師匠、カイザー、サーラスティの三人がいた。
「ドバイン師匠!」
「……見送りはいらんと昨日言ったぞ」
そんなの覚えてない……。
なんで、そんなこと言うんだよ……。
「そんなの知りません! 俺が見送りしたいだけです!!」
なんか、勢いで言ってしまった……。
「……ふっ。まあいい」
「ふぉっふぉっふぉ。気をつけて指令を行なうのじゃぞ」
「……分かっている。安心しろ」
「ドバイン師匠……、何て言っていいか、分からないのですが……、そ、その、頑張ってください!」
「……ああ。パントロ。お前は強くなった」
急になんだよ……。
強くしてくれたのは、ドバイン師匠だろ?
「はい! ほんっっっっっとうに! ありがとうございました!!」
「……ああ。次に会える時を楽しみにしているぞ」
「はい!」
次……。
そうだよな。別に死ぬわけでも、二度と会えないわけでもないんだよな。
悲しむ必要なんてないんだ。
そうだよ。なんでこんな簡単なことに気付けないんだよ。
やっぱり俺は大バカだ。
「……では、またな」
「師匠! お元気で!」
「ドバイン師匠! 無事に戻ってきてくださいね!」
「ふぉっふぉっふぉ。達者でな!」
ドバイン師匠は、後ろを振り返ることなく、行ってしまった。
俺は、背中が見えなくなるまで、ずっと眺めていた……。
――
「パントロ! さあ準備はいい?」
ドバイン師匠の姿が見えなくなり、ただ呆然と、何もない道の先を眺めていると、唐突にサーラスティが、準備とか言い出した。
「準備って、何の?」
「昨日言ったじゃない。聞いてなかったの?」
すまんな。昨日のことは、あまり覚えてないのだよ。
「ごめん、聞いてなかったみたい……。それで、えっと……?」
「ふふん! 森に行くのよ!」
森? 森に行くの? なんで?
「え? 何しに森なんかに行くんだ?」
「あたし達だけでやれる特訓よ!」
特訓? 俺達だけで?
「他の連中は?」
「あたし達だけ! って言ってるでしょ!!」
え? あたし達って……、もしかして、俺とサーラスティだけか?
「え? 二人で? 二人で特訓するの?」
「ふふん! そうよ!」
「他の連中はどうするんだよ? 一応リーダーだろ?」
「他の子たちは、別の特訓をしてるわよ! これも昨日言ったわよ? ホントに聞いてなかったのね」
ああ……、そうなんだ……。
二人で特訓ねえ……。
大丈夫か?
「あのさ? 森で何するの?」
「だから、特訓よ」
「いや、だから、特訓の内容を聞いてるんだって」
「ふふん! 狩りよ!」
狩り? 狩りって言った?
「狩りって、動物とかを狩る、あの狩り?」
「それ以外に何があるのよ?」
「マジで……?」
「動物相手に実戦を経験するのよ」
実戦ねえ……。
確かに狩りなんてしても、スライム族には、肉は必要ないしな……。
そう言えば、ドバイン師匠は、自分用の食料を持っていたな。
あれって、自分で狩りでもしてたのだろうか? 聞いてみれば良かったな……。
「ふぉっふぉっふぉ。準備はいいかのう?」
カイザーの声が、後ろから聞こえたので、振り向いてみると……。
移動用のサイが居た。
そういえば、このサイってドバイン師匠のじゃ……?
忘れ物か? いや、違うな……、忘れサイか?
「ドバイン師匠のサイだよな? 忘れていったのか?」
「ふぉっふぉっふぉ。ワシが借り受けたのじゃよ」
「なるほど。で? 準備ってなんだ? 何を準備すればいいんだよ?」
「心の準備じゃ。心を強く持って狩りに行かねば、喰われてしまうぞ」
え……? 喰われる?
そんな凶暴な動物の所に行くのか?
「さあ! 行くわよ!」
サーラスティがサイに飛び乗った。
「まあ、いいか……」
俺はサーラスティを追いかけるように、サイに飛び乗った。
俺がサイに飛び乗ると、サイが移動しだした。
カイザーが器用に頭を使い、手綱を操作している。
そう言えば、頭を有効利用できたら、スライム族では一人前だって誰かに聞いたな。
誰に聞いたんだっけ? リンジーだったかな……? 忘れちゃったな……。
俺はあまり頭を使ってないな……。
中も外も……。
ふと、周りを見ると、あまり見たことがない景色な気がした。
鍛錬場とは、全く違う方向へ進んでいる。
「なあ? 森ってどこにあるんだ?」
「ふぉっふぉっふぉ。試練の塔の近くじゃ」
試練の塔……?
ああ、あのクソみたいな塔か。
そう言えば、あの塔から見た景色に森があったな……。
あそこまで行くのか……。
サイは軽快に走り続け、俺達は森へと向かった……。
――
森の入り口らしき場所に到着した。
ここに来る道中、サイの操作を覚えたいとサーラスティが言い出し、途中からサーラスティが手綱を取った。
さすがと言うべきか、サーラスティはあっという間にサイの操作を覚えてしまった。
カイザーも驚いていた。
サーラスティは才能に溢れている。
邪魔なリボンを付けているのに、近距離で攻撃を避けまくるし、魔法だって使える。
俺には、サーラスティが天才に見える。
避けるのは俺の方が上手いが、何て言うのかな? サーラスティの避け方には華がある。
ダンスを踊るかのように、クルクルと回転しながら華麗に避けている事が多いのだ。
その天才は今、サイが逃げないように、手綱を木にくくりつけようとしているのだが……。
「なんなのよ! この!」
手綱がリボンに引っかかって悪戦苦闘している。
やっぱり天才ではないのかも知れない。
しばらく待っていると、サーラスティがこちらに近寄ってきた。
「さあ! 森に入るわよ!」
どうやら、無事に手綱を木にくくれたようだ。
「おう!」
俺とサーラスティ、そして監視というか、監督役にカイザー。
この三人で、森へと踏み込んだ。




