第十二話 「遭逢」
武術という名の、避けるだけの特訓を始めてから、十日経った。
俺は才能がある!
そう自惚れるほどに、俺は避けることに自信を持っている。
それもそのはず。この三日間は、一発も食らってない。
あのドバインさんの、高速の攻撃を一発もだ!
最初の六日間は、本当にきつかった……。
毎日毎日、ボコボコにされた。
特に二日目、三日目のときは、酷かった。
必殺技を教えてくれと言ったのが、気に食わなかったのか、それはもう蹴られまくった。そして殴られもした。
蹴りに慣れてきたから。という理由で、パンチというか、正拳突きのような突きが飛んでくるようになったのだ。
蹴りに混じって、そんな突きが飛んでくるのだ。それはもうボッコボコにされた。
初めて拳で殴られたときに、親父にもぶたれたことないのに! って言ってやろうと思ったのだが、カイザーに何度もぶっ飛ばされているので、それはやめておいた。
一応、世間的にカイザーが父親ってことになってるし、ドバインさんも、そう思ってるからな。
そんなこんなで、毎日ボコボコになってたのだが、スライムの体の凄さを実感した。
一日寝ると、あら不思議。怪我が全て治ってる!
カイザー曰く、再生の力だそうだ。
どうやらスライムの体は元に戻る力が強いらしく、水を十分に取っていれば、一晩で全回復するようだ。
まるでRPGだなって思ってしまった。
二日目、三日目は、そんな感じでボコボコになっていたのだが、四日目以降は徐々に慣れたのか、ドバインさんの攻撃が見えるようになった。
あの高速の蹴りや突きに、反応できるようになったのだ。
そして日を追う毎に避けられる回数も多くなり、ついに七日目には一発も食らうことなく、特訓を終えたのだ。
いやあ、嬉しかったね。
嬉しすぎてドバインさんに体当たりを放ってしまったよ。
こんなに元気だぞ! ってね。
まあ相変わらず、全然効いてなかったみたいだが……。
ちなみに、鍛錬場までの移動は、あのサイと呼ばれている謎の動物を使っている。
毎日乗っていると、さすがに慣れてきたので、そこまで恐怖を感じなくなってきた。
魔界に染まってきたのかも知れない……。
そんなことを考えながら、俺は今、スライムの街の外周を走っている。
今日も体力作りをしているのだ。
この後、昼食の水を飲んだら、ドバインさんと一緒に鍛錬場へと移動して、また避ける特訓を始めるのだ。
――
昼食後、俺とドバインさんは鍛錬場へとやってきた。
カイザーは何か用事があるとか言って、朝からどこかへ行き、ついて来なかったはずなのだが……。
「ふぉっふぉっふぉ。やっと来たか」
「なんでここにいるんだよ? つーか、誰だ?」
鍛錬場には、カイザーと、赤いスライムがいた。
「あなたがパントロね? あたしはサーラスティ。よろしくね」
サーラスティと名乗ったスライムは、バラのような綺麗な赤い色で、少しだけ目が大きいスライムだった。
スライムの顔の違いに気づけたことにビックリだ。
今までは、スライムの顔なんてどれも一緒だと思ってたが、微妙な違いが分かるようになったらしい。
「お、おう。よろしく」
「ふぉっふぉっふぉ」
俺はサーラスティに挨拶をしたのに、何故かカイザーが笑ってる。
「何笑ってんだよ?」
「ふぉっふぉっふぉ。若いって良いものじゃと思ってな。ふぉっふぉっふぉ」
ダメだ……。
カイザーの、言ってることの意味が理解できない。
こいつの言うことは、未だに分からないことが多すぎる。
「今日から、あたしも特訓に参加するから!」
サーラスティが、自信満々にそう言い放った。
「えっと、サーラスティ? 大丈夫か? ドバインさんの攻撃すげえぞ?」
「あたしは大丈夫よ! それよりあなた! 一人でこんな特訓するなんて、ずるいじゃない!」
「え?」
ずるいって……。
そんなこと言われてもな……。
「あ、あのなあ……。俺だって好きこのんでやってるわけじゃ……」
「あら? そうなの? だったらもう帰りなさい! あたし一人でやるから!」
なんだこいつ……。
ムカつくな……。
「あ?」
「何よ?」
何故か、にらみ合う形になってしまった。
それにしてもサーラスティって名前、どっかで聞いたような気がする……。
どこで聞いたんだっけ……?
思い出せそうで、思い出せない。
「お前なんなんだよ?」
「何がよ? あたしはあたしよ。あんたこそ何なのよ?」
考え事をしてたせいか、たちの悪いチンピラみたいなことを言ってしまった……。
「ふぉっふぉっふぉ。同じ日に生まれたもの同士、まあ仲良くするのじゃな。ふぉっふぉっふぉ」
同じ日に生まれた……?
あ、思い出した。
演説のときに、ゴブリン魔王が何人かの名前を発表してたな。
あの中の一人だ。
「ああ、お前がサーラスティか、格好いい名前でよかったな!」
「あら? パントロだっていい名じゃない」
何なんだこいつ……。
パントロのどこがいい名前なんだよ!?
パンと、トロだぞ!?
別けたら、どっちも食べ物なんだぞ!?
「……そろそろ始めるぞ」
ドバインさんの声が聞こえた。
「あ、はいっ! よろしくお願いします! 師匠!」
し、師匠!?
ドバインさんを、いきなり師匠と呼ぶのか!?
「……サーラスティから始める」
「はい!」
サーラスティは元気に返事をして、草原の真ん中へと移動していった。
「じゃあ、俺はしばらく見学ですか?」
「……そうだ」
「わかりました」
俺は、特訓の邪魔にならないように、草原の端へと移動する。
カイザーが俺を追いかけてきた。
どうやら一緒に見学するようだ。
「ふぉっふぉっふぉ。どうじゃ?」
「さすがに無理だろ? 初日でドバインさんの攻撃に反応できたら奇跡だよ」
「ふぉっふぉっふぉ。そうではなくてのう」
「ん? あ、始まった」
ドバインさんの、高速の蹴りが飛び出す。
サーラスティは避けると言うより、距離を詰めるようにして、ドバインさんの動きを止めに行ってる。
「ああ……。それは悪手だぞ」
俺の予想通り、カウンターで、サーラスティの顔面に突きが刺さった。
「ぷぺっ! ま、まだまだ!」
サーラスティは、まだまだやる気のようだ。
吹っ飛ばないのは、ドバインさんが手加減しているからだろうか?
俺が食らったときは、それはもう数メートルは吹っ飛んだものだ。
「ふぉっふぉっふぉ。元気じゃのう」
「最初だけだろ。すぐにヘトヘトになって終わるんじゃねーの?」
が、俺の予想に反して、サーラスティは、何度も攻撃を受けてはドバインさんに立ち向かっていき、特訓を受け続けた。
しばらく経つと……。
「……交代だ」
「は、はい! ありがとうございました!」
サーラスティが、こちらに向かって移動してきた。
「ふぉっふぉっふぉ。交代みたいじゃのう」
「みたいだな。さて、頑張って今日も無傷を目指すぞ!」
俺は気合いを入れて、ドバインさんの元へと向かった。
途中、サーラスティとすれ違うときに……。
「お手本みせてね」
と、言われた。
何なんだコイツは?
いい奴なのか、イヤな奴なのか分からん。
ん? 別にイヤな奴ではないのか。
勝手に俺がムカついてただけで、いい奴なのかもな。
「おうっ!」
俺は一言だけ、そう返事をして、ドバインさんの前に立った。
「お願いします!」
「……教えてやる」
「え?」
教えてやる? 何をだ?
いや、避け方なら、今までも教わってはいるが……。
「……まず、体験してみろ」
「あ、あの? 何を言って――」
「……行くぞ」
あ、やべっ! 始まる!
「ふん!」
いつもの突きだ。ただのパンチ。
普通に避けて……。
俺はいつものように避けた……、はずだった。
全身に強烈な痛みが走る。
「うっ! ぐぁぁあああああああああああああああああああ!」
な、なんだ!? 何をされた!? 避けられなかったのか!? バカな!?
いや、突きは避けた。それは見えてた。
じゃあなんだ!? 何が起きた!?
訳も分からぬまま、俺は地べたを転がるように悶絶した。
「あっははははははははは!」
サーラスティの笑い声が聞こえる……。
くそっ! ムカつく! が、それどころじゃない。
体がやべえ。裂けそうだ……。
「ふぉっふぉっふぉ。どうしたパントロ? いつものお主らしくないのう?」
今度はカイザーか。
くそっ! 小馬鹿にしたような言い方しやがって!
しばらく悶絶していると、少しずつ痛みが引いていった。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
「……どうだ?」
「ど、どうだって言われても、はぁはぁ……、何が、何だか……」
本当に意味が分からない。
突きは避けた。それは間違いない。
じゃあ蹴りか? 死角から蹴りの直撃を貰ったのか?
いや、いつもの蹴りじゃない。あんな強烈な痛みは初めてだ。
「……魔力を乗せた」
「ま、魔力……? 乗せた……?」
魔力って、魔法を使うときの、あの魔力か? ゲームとかに登場する、あの魔力のことだよな?
ん? 今の魔法なのか? いや……、カイザーが水の玉を出したのを見たことがある。あれが魔法だろ?
それとも、こういう魔法があるのか?
「……教えて欲しいと言われたぞ」
「え?」
「……必殺技だ」
「ひ、必殺技……?」
今のが? 今のが必殺技なの?
確かに、必殺技を教えて欲しいって言ったが、見えてもいなかったぞ……。
教えるなら、もっと丁寧に教えてくれよ……。
「……今日は試しだ」
「た、試し……?」
「……では、行くぞ」
え? ちょっと待って。
まだ回復しきってないから!
――
小一時間後。
「もうっ! なによっ! 結構前からやってるって聞いてたのに、ボッコボコじゃん!」
サーラスティに小馬鹿にされている……。
が、何も言い返せない。
俺はあの後、ボコボコに蹴られ、殴られたのだから……。
「ふぉっふぉっふぉ。パントロ。お主もまだまだじゃのう」
「う、うっせえ……」
くそっ! ダメージさえ無かったら……。
最初の、あの攻撃さえ無かったら……。
「それじゃあ、またあたしの出番ね!」
そういうとサーラスティは、元気にドバインさんの方へ向かっていった。
「ふぉっふぉっふぉ。本当に元気な子じゃのう。ふぉっふぉっふぉ」
「そ、そうだな……」
俺は相づちを打つくらいしか出来なかった……。
――
今日の避ける特訓が終わった。
あの後、俺はそれなりに回復したので、次にサーラスティと交代したときは、全ての攻撃を避けることができた。
「後半は良かったわね。でも、最初のあれはなんだったの? 手を抜いてたのかしら?」
サーラスティが、不思議そうに聞いてきた。
「あ? そんなわけないだろ。最初の一撃が効いたから、動きが鈍ったんだよ」
「ふーん。そうなの」
それにしてもサーラスティは凄い。
ドバインさんの攻撃がちゃんと見えているようで、後半はかなりの数を避けていた。
初日にボコボコにされた俺とは大違いだ。
ちょっと自信が無くなってきた……。
「な、なによ? なんでそんな顔で見るのよ? 男なら、しゃんとしなさいよ!」
どうやら変な顔になっていたようだ。
ん? 男? そういえばサーラスティって、女なのか?
自分のことを、あたしって言ってるから、女だよな? ん? どうなんだろ? 声は女の子っぽいけど……。
スライムの性別の違いが、全く分からんな。
「あのさ?」
「なによ?」
「サーラスティって、女なの?」
ん? サーラスティの表情が……。
なんだ? 地雷でも踏んだか?
「当たり前じゃないの!! こんな可愛い子が女じゃなかったら何なのよ!?」
「いや、わかんねーから!! リボンでも付けてるならまだしも、スライムの顔だけで性別なんて判断できねーから!!」
「はあああああああああ!? そんなの顔を見れば一発じゃないの!! あんたバカなの!?」
マジか……。スライム族って、顔を見ただけで性別が判断できるのかよ……。
俺には無理だ。だってようやく、顔の違いに気づけたくらいなんだぞ……。
「ふぉっふぉっふぉ。パントロよ。さすがに女の子に向かって、女かどうかを聞くなんて失礼じゃぞ」
「だって俺ってほら、……アレじゃん? 元アレのせいで、そういうの分からないんだよ!」
一応、元人間ってことは、伏せた方がいいよな?
まあバレたからって、何も変わらないとは思うが、いちいち説明するのは面倒だしな。
「神官様! どういうことですか!?」
「ふぉっふぉっふぉ。パントロは、ちょっと変わっておってのう。まあ大目に見てくれ」
「ま、まあ、神官様がそう言うのなら……」
「ふぉっふぉっふぉ。ほれパントロ、きちんと謝るのじゃ」
え? 謝るの? 俺が?
う~ん……。失礼なことを言ったのは確かか……。
一応、形だけでも謝っておくか……。
「えっと、その……、す、すまんかったな」
「ふんっ! もういいわよ! さっさと帰るわよ!」
そう言うとサーラスティは、移動用のサイがいる場所へと向かっていった。
「あれで良かったのかな?」
「ふぉっふぉっふぉ。ワシに聞かれても困るわい。ふぉっふぉっふぉ」
「はぁ……。まあいいか……。帰ろう……」




