第十一話 「憂鬱」
結局あの後、詳しいことは何も教えて貰えなかった。
いくら尋ねても、明日になれば分かると言われ、俺はしぶしぶ街へと向かった。
街に入ると、周りのスライム達が観察するようにジロジロと見てきた。
なんだろう? と一瞬思ったのだが、獣人が一緒にいるのだから、きっと獣人を見ていたのだろう。
特に赤いスライムが、ジッとこちらを見ていたのが印象的だった。
獣人のドバインさんは、我が家の空き部屋で寝泊まりするらしい。
少し離れた場所に住処があったらしいのだが、色々と便利だからという理由で、今日から居候になるそうだ。
家族が増えるよ! やったねパントロちゃん!
はぁ……。憂鬱だ……。
思い返せば、散々な一日だった。
元の世界には戻れないと言われ、ボールのように運ばれ、謎の塔に監禁され、最後は獣人に襲われた。
いや、襲われたのは俺の勘違いだったみたいだが……。
とにかく最悪の一日だった。
俺は、よほど疲れていたのか、家に帰るとすぐに爆睡してしまった。
次の日、俺が目を覚ますと、カイザーが俺を呼んでいた。
どうやら座学とやらを始めるらしい。
「座学って何するんだ?」
「お主に魔界の常識を教えてやろうと思ってな」
「常識ねぇ……」
そんなやりとりをしてから、俺は座学と称した、魔界についての勉強会を受けた。
いくつか興味深い話が聞けた。
まず、我が家の居候にもなったドバインさんの種族、鳥獣族についてだ。
鳥獣族と一言で言っても、細かく種族が別れているらしく、獣族、鳥族、鱗族など色々といるらしい。
ちなみに居候のドバインさんは獣族だそうだ。
カイザーに聞いただけなので、真偽のほどは定かではないが、なんと、獣耳族と呼ばれる種族がいるらしい。
獣耳族に関しては、詳しく、それはもう熱心に聞きまくった。
カイザー曰く、人間とほぼ変わらぬ姿をしているが、耳だけが動物の耳になっているらしい。
つまり、本物の猫耳や犬耳の女の子が、この魔界には存在しているのだ!!
俺は興奮したね。興奮しすぎたね。二次元の中だけの存在だと思ってた獣耳が現実に存在する。そう思うと興奮を抑えきれなかったよ。
興奮しすぎて、カイザーの話を適当に聞いていたら、思いっきり体当たりを食らったけどな……。
獣耳については、この辺にしておこう……。
次は、俺が兵士になる理由だ。
これが一番、意味が分からない。
俺が望んだわけでもないのに、なぜカイザーは、俺を兵士にさせようとしているのか。
塔の上で、生きるため。そう言われた。その理由をカイザーが説明してくれた。
大きな理由として、やはり鳥獣族の侵攻問題がある。
現在の戦況は芳しくない状況で、ジリジリと押されているそうだ。
そこで、スライム族全体の考えで、魔王軍の戦力の増強をする事になったそうだ。
どうやら俺は、魔王軍の戦力増強のために、兵士にされそうになっているらしい。
なぜ俺が? という話になったのだが、それがスライム族の常識だと言われた。
最初は意味が分からなくて、色々と聞いてみた結果、少しだけ納得ができた。
そもそも、スライム族が、魔界最弱の種族であるということ。
どのくらい弱いかというと、スライムは捕食される側だそうだ。
つまり俺達スライム族は、他種族から食べ物として見られているということだ。
そんな最弱のスライム族が、どうやって今まで生き残ってきたかというと、それは集団戦闘にある。
一対一では、まず喰われるのが落ちだ。だが、一対多数ならば勝てる可能性が出て来る。ただし犠牲は出る。
少しでも生き残ればこちらの勝ち。そういうシビアな戦いを続けてきたのだ。
その結果、戦うときは集団で。という考えが常識となり、現在まで受け継がれてきたそうだ。
ここまで話を聞くと、少しだけ納得ができた。
要するに、俺が死のうが生きようが関係ないのだ。
魔王軍の兵士となって、スライム族のために戦う。それがスライム族の常識。
一匹でも多くの同胞を残すのが目的なのだ。
実際、魔界で生まれ育ったスライム族の子供たちは、何の疑問もなく兵士を目指すらしい。
それが、スライム族として生きるための常識だから……。
まあ全てを納得した訳じゃない。俺だって死にたくないのだ。
だから、せめて戦えるようになろうと思った。
カイザーにも予定があるらしく、座学が終わるとすぐに出かけてしまった。
ちょうど昼時だったので、俺は家に置いてある、水入りのタルに頭から突っ込み、昼食の水をがぶ飲みした。
これも座学で聞いたのだが、やはりスライム族は水さえあれば生きていけるらしい。
水を飲んだ後は、昼寝でもしようかと思っていたのだが、そうはならなかった。
居候のドバインさんのせいだ。
ドバインさんに、強引に街の外れまで連れて行かれ、訳も分からないまま特訓が始まった。
街の外周を走らされたり、木々の上に向かってジャンプさせられたりと、それはもう地味でツライだけの特訓だ。
いや、特訓なんてものじゃないな。ただのイジメに思えた。
そもそも武術の先生と聞いていたので、何のためにこんな事をやってるのかと、聞いてみたのだが、ただ一言……。
「……体力作りだ」
と、それだけしか言ってくれなかった……。
ドバインさんは、あまり会話をしてくれない。無口なのだ……。
結局俺は、暗くなるまで、体力作りをひたすらやらされた……。
――――
十日ほど経った。
この十日間、俺が何をしていたかというと、毎日毎日、体力作りだ。
何度か逃げ出したのだが、ドバインさんが俺を取り逃がすわけもなく、ただひたすらに体力作りの日々を過ごした。
朝起きると街の外周を走り、昼食を取ったら木々へのジャンプ、そして暗くなったら家に帰り、泥のように眠る。その繰り返しだ……。
ちなみにカイザーは、どこで何をしていたのか知らない。朝と夜に家で会うだけだった。
そして今日も朝がやってきた。
「カイザー、ドバインさん。おはよう……」
「ふぉっふぉっふぉ。おはよう」
「……おはよう」
はぁ……。憂鬱だ……。また今日も体力作りやるのか?
もうイヤだよ……。逃げようかな……?
いや、ドバインさんから逃げ切れる自身がない……。
「……そろそろいいか」
ドバインさんがポツリと何か呟いた。
「はい? 何か言いました?」
「……今日から武術の特訓を始める」
「え? 武術? 体力作りじゃなくてですか?」
「……そうだ」
ん~。あの地味な体力作りよりマシか?
「はい! お願いします!」
「ふぉっふぉっふぉ。元気じゃのう」
「……では、少し待っていろ」
「はい」
そう言うとドバインさんは、一人で家を出て行った。
「なあカイザー? 本当に武術やるのかな?」
「ふぉっふぉっふぉ。ドバイン殿がそう言うならやるのじゃろう」
「武術ってあれだよな? パンチとかキックとかするヤツだよな?」
「うむ。そうじゃのう」
「無理じゃね? 俺達スライム族には武術なんて出来ないだろ? 手足が無いのにどうすんだ?」
「ふぉっふぉっふぉ。だからこそじゃ」
だからこそって、どういう意味だよ……。
「……準備できたぞ」
「あ、はい。今行きます」
「ふぉっふぉっふぉ。今日はワシもついて行くぞい」
今日に限って何で……?
「え? 別に来なくていいだろ? 何で来るんだよ?」
「ふぉっふぉっふぉ。お主がボロボロになる様を見物するのじゃ。ふぉっふぉっふぉ」
なんか聞き捨てならない事を言われた。
「ど、どういう意味だ?」
「ふぉっふぉっふぉ。そのままじゃて。さあ行くぞい。ドバイン殿がお待ちじゃ」
「お、おい! さっきの、どういう意味か教えろよ!」
カイザーは俺の言葉を無視して家を出る。俺もカイザーを追って家の外へ出た。
すると、家の前に見たこともない巨大な動物がいた。
「なんだこれ!? 気持ち悪っ!」
「ふぉっふぉっふぉ」
魔界の動物だろうか?
皮膚が鎧のような鱗で覆われており、足が六本あって、ブタみたいな鼻をしてる。
ゾウみたいにデカイ……。
「……サイだ」
「サイ?」
「ふぉっふぉっふぉ。サイじゃよ」
「はあ!? うそだろ!? 俺の知ってるサイはこんなんじゃないぞ!?」
「ふぉっふぉっふぉ。相変わらず騒がしいのう」
「……さあ、乗れ」
「え!? 乗るの!? これに乗るんですか!?」
「……ああ」
「ふぉっふぉっふぉ」
俺が驚いている間に、カイザーは既に巨大な動物の上に乗っていた。
俺も仕方なくカイザーの後に続いた……。
サイの背中は、ゴツゴツとしていて岩のような硬さだ。ある意味予想通りだった。
それにしても、この動物がサイか……。
猫耳がいるとか言ってたが、もしかしたら俺の知ってる猫じゃない可能性があるな……。
期待しない方が良さそうだ……。
ドバインさんがサイに乗ると、ゆっくり街の外へ向かって歩き出した。
ノソノソと歩いていて、こちらも予想通りといった感じだ。
「どこに行くんですか?」
「……鍛錬場だ」
「鍛錬場?」
「ふぉっふぉっふぉ。ちょっと街の外れに行くだけじゃよ」
「お、おう……」
――
鍛錬場なる場所に着いたのだが……。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
「パントロよ。どうしたのじゃ?」
サイから降りた俺は、思わず叫んでいた。
そして、自然と地面に張り付いていた。
「サイ怖ええええええええ!! サイ超速えええええええええええ!!」
「ふぉっふぉっふぉ。」
そう、サイは町から出ると、異常な速さで走り出したのだ。
途中、何度振り落とされそうになったことか……。
カイザーもドバインさんも、ケロッとしてる。
やはり魔界は怖いところだ……。
予想外のことが普通に起きる……。
さて、鍛錬場と呼ばれた場所は、何てこともない、ただの草原だった。
草原には、ポツンと小屋が一軒建っているのだが、どうやらドバインさんが前に住んでいた場所らしい。
まあ、だだっ広いので、運動するのにもってこいの場所だとは思うが……。
「……では、武術の特訓を始める」
「は、はい!」
草原のど真ん中で、向き合っていると、急にドバインさんの蹴りが飛んできた。
「ちょっ!!」
俺は咄嗟に蹴りを避けた。
「……いくぞ」
「蹴る前に言ってくださいよ!! ってうわっ!!」
間髪入れずに、二発、三発と蹴りが飛んでくる。
俺は距離を取るため、一気に後ろへと下がった。
「ちょ、ちょっと待って!!」
俺の願いが届いたらしく、ドバインさんは止まってくれた。
「……なんだ?」
「あ、あの。武術の特訓ですよね?」
「……そうだ」
「えっと……。俺って武術が未経験だから、基本から教えて欲しいのですが……」
「……武術の基本は防御だ」
「え? あ、そうなんですか? だったら防御方法とかを……」
「……いくぞ」
「えっ!? あ、ちょっと!?」
問答無用で蹴りの乱撃が始まった。
上下左右様々な方向から、ドバインさんの放つ蹴りが俺を襲ってくる。
俺がどんなに距離を取って逃げても、一瞬で追いつかれ、蹴りが飛んでくる。
直撃だけはしないようにと、俺は集中して飛んでくる蹴りを避ける。避け続ける。
避けると言うよりも、逃げてるに近いかもしれないが……。
「ふぉっふぉっふぉ。パントロ良い動きじゃぞー」
遠くからカイザーの声が聞こえるが、反応してやる暇がない。
蹴りを避けるので精一杯だ。
「……思ったよりやるな。……上げるか」
「えっ!? 上げる!? 上げるって何っうおっ!!」
上げるって蹴りの速度かよ!?
さっきまでの速度でギリギリだったのに、これ以上速くなったら……。あっ……。
もの凄い衝撃が体に走った。
気がつくと、俺は十メートルくらい飛ばされていて、目の前にカイザーがいた……。
「いててて……」
「ふぉっふぉっふぉ。惜しかったのう。もう少し右にずれておれば避けられたぞい」
「うっせえよ!! 反応できる速度じゃねーんだよ!!」
「ふぉっふぉっふぉ」
ドバインさんが近づいてきた。
「……続けるぞ」
「ふぉっふぉっふぉ」
「……今日はこの速さを避けられるまで続ける」
「えっ!? ちょっと!?」
俺は強引に草原の真ん中へと戻され、またも蹴りを避けることを強いられた……。
――
「……今日はここまでだな」
「ば、ばりがどうぼざいばした……」
「ふぉっふぉっふぉ。やはりボコボコにされたのう」
カイザーの言うとおり、俺はボコボコにやられた……。
丸一日やったお陰か、少しは反応できるようになったのだが、それでも全て避けるのは無理だった。
一体何発の蹴りを食らったのか……。顔の感覚がない……。
「……明日からは、昼食前に体力作り。昼食後に武術だ」
「ば、ばい……」
「ふぉっふぉっふぉ」
家に帰ってから教えてもらった……。
まあ予想はしてたのだが、この特訓の目的は、敵の攻撃を避けるというものらしい。
そんなもん、武術でもなんでもないと、思ったのだが……。
「……避ける技術は武術だ」
ドバインさんに、そう言われた……。
強引すぎだろ……。
「攻撃を避けられなければ、いつか必ず、誰かに喰われるぞい」
カイザーからも、そんなことを言われた……。
そう言われれば確かにそうなのかも知れないが、生きるためにボコボコにされるってどうなのよ?
明日からも、こんな特訓をやらされると思うと本当に憂鬱だ……。
せめて武術らしい楽しみが何かあって欲しい……。
例えば、超格好いい必殺技とかさ……。
明日、聞いてみるか……。
俺は今日も泥のように眠った……。




