シンクロ現象
指令室に集まった子供達の中で、クロスシンクロでデータを入れ替えた子供達が揃う。
アラリスの最強ウイルスとしての力とトットの光速通信能力を使い、強制的にシンクロ現象を引き起こす。
電脳世界の防壁のため、クロスシンクロは世界崩壊直前でしか行えない。だが戦うべき子供達は、力を届けるだけで充分だ。
同時に電脳世界で流川綺羅を守るため、花山静香があらゆる武器を空中に出現させる。武器の固有名称を口に出すのも煩わしいほど、大量に。
実畑八雲が悲鳴を上げる中、狭間進歩はその武器に似た物を知っている。そして竜宮健斗も同じ感覚を味わっている。
データを削り取る能力を持った武器。肉体から離れた竜宮健斗達からすれば充分な脅威であり、殺害するには申し分ない。
「始めるのではなく、終わりにしましょう。全部、消えて終わり。それが……幸せ」
「それを認めないために俺は来たんだ。立ち向かわせてもらう」
狭間進歩は走り出す。もちろん彼に向かって砲撃のように武器が降り注ぎ、その体を刺し貫く。
武器は道となり、床となり、実畑八雲達に襲い掛かる。仁寅律音が実畑八雲の体を抱え、飛び上がる。
十三階はそのまま宇宙まで繋がっているようなチューブ状の部屋だ。それにしても普通の子供である仁寅律音が跳んだ高さは三メートルはくだらない。
花山静香がその姿を目に留めて、やはり、という感想を抱く。白い馬の足、体を保護するような余分データの発生が白い毛並となって表面化。
半獣半人。白い馬、かつて所持していたアンドールのシラハを真似たような姿に、仁寅律音は変わっていた。本人も少し驚きつつ、壁を駆けるように武器から逃げていく。
体を守る余分データはウイルスのように増殖を続け、武器が掠った程度では傷一つすらつけられない。阻害しようにも、光の速さで通信コードが書き換わっている。
「思い切ったことするなぁ……僕はできれば人間の範疇からは外れたくなかったんだけどなぁ」
「こんな時にそんな呑気なこと言ってられるかっ!!とりあえずその戦力外はお前が守れ!」
黒い狼の姿、ガトがかつて入っていたアンドールの姿が入り込んだ玄武明良は、毛深い手に生えた爪で武器を叩き落として破壊する。
運動能力と聴覚も良くなったのか、頭に生えた獣耳を動かし、次の瞬間には目に見えない速さで後ろから飛来した武器を蹴り上げて折る。
実畑八雲が俺は戦力外なのか、と文句を言おうとした矢先、頭上を飛んでいく二つの影。跳ぶではなく、飛ぶ。
「行くぞ、健斗!」
「応!セイロン達が守ってくれてるなら……俺達は頑張れる!」
赤い鳥の姿。シュモンというアンドールの特徴を取り入れた籠鳥那岐。青い西洋竜。セイロンというアンドールに近い姿となった竜宮健斗。
二人の背中には赤い翼と青い翼がそれぞれ生えている。まるで自分の腕のように動かし、どこまでも高く、天井を目指して飛んでいく。
竜宮健斗の右腕は補強するように鱗が覆われ、わずかに反応は遅れるが、ある程度動かすことが可能になった。
飛んでいく二人に対して武器の集合体が一種の生命体となって追いかける。それは終末を渡す黒い化け物に似ていた。
五階分の高さまで飛んだ視界に、透明な壁が現れる。それ以上は通さないというジョージ・ブルースの邪魔であり、飛行の限界。
後ろから迫る武器には目もくれず、竜宮健斗と籠鳥那岐はお互いを突き飛ばし、左右に分かれて急降下する。言葉も交わさず、息を合わせた動き。
落ちてくる二人に花山静香は冷めた目を向ける。シンクロ現象によるデータの強化。演算で見えていた結果であり、予想外ではない。
つまらないと溜息を吐き出そうとした。矢先、武器の山となった場所の根元から起き上がる影が一つ。金色に輝くデータの鱗が散らばる。
その鱗が光を反射するたび、鏡のように様々な思い出を写し出す。億という単位、世界の終末を見届けた少年から奪った電脳世界の記憶データ。
錘のように体に張り付く無数の鱗。竜鱗。金色に輝くそれは幸せの価値を知っているように、少年の体を守る。
残酷な刃を砕き、無慈悲な鎚を砕く。矢尻や穂先が鱗を貫くこともできずに地に落ちる。新たに飛んできた武器は長大な尻尾が打ち払った。
鱗を固めて作った尻尾は蛇のように伸び続ける。光り輝くせいか、それは東洋龍の尻尾と同じように神秘性を兼ね備えている。
「これくらいで諦めていたら、厚樹に笑われるからな」
「人の姿を捨て、それでも諦めない……気持ち悪い」
「……静香の顔で言われると地味に傷つくなぁ。でも俺がお前との約束を守るためには、必要なことなんだ」
「そう。無駄なことね」
冷めた口調で花山静香は武器達の動きを変える。壁や床から生やすように細工し、健斗達が立てる場所自体を意図的に制限する。
例え柄の部分に乗ってもすぐに崩れ去り、その隙をついて空中を飛び交う武器達が鳥の群集のように襲い掛かってくる。
狭間進歩は膨大な記憶データを縦横無尽に振り回して武器を破壊するが、竜宮健斗達にその手は使えない。
それでも翼を動かし、竜宮健斗は玄武明良の手を、籠鳥那岐は仁寅律音の手を掴み、空中に躍り出る。
背後から追いかけてくる武器達を目の当たりにしながら、恐れ一つ見せないで仁寅律音は片腕で抱え上げた実畑八雲に尋ねる。
「流川綺羅のために、死ぬ気でいける?」
「ぶ、物騒な言い方だけど……いける!!……多分」
「じゃあ行って来て」
感情がない声で仁寅律音は実畑八雲から手を離す。一瞬の浮遊感、直後の落下。迫ってくる武器の川には涙目になる暇もない。
いまだに竜宮健斗達を追いかけるように一直線に進む武器達。その上を、もしくは側面を、滑るように、転がるように、走っていく実畑八雲。
武器の川、それとも橋か。その先に保存溶液の中で微睡むように眺めているだけの流川綺羅に向かい、叩きつけられるようにガラス面に抱きつく。
花山静香が接触を拒もうとしたが、世界の基礎である流川綺羅が実畑八雲への攻撃を禁止する。それに狭間進歩が花山静香の意識を自分に向けさせる。
主人公にすらなれなかった代用品のデータ。その強い瞳は友を信じ、最後の後悔に対して決着をつけようと意気込む。
「綺羅!起きろ、綺羅!もうこんな夢を見るのはやめよう!どんなに願っても、進歩達は戻ってこない」
抱きついたカプセル型の保存ケース。その中を満たす溶液の色は緑。まるで緑の画面にドット文字を打ち込むように黒い字が浮かび上がる。
嫌。アタシは忘れられない。皆のこと、楽しかったこと、幸せになりたかったこと、あの事故のこと……そして進歩の死に顔を。
未来に進んでも良いことばかりじゃない。サーベルタイガーが何故亡んだか知っている?どうして恐竜は地上から消えたか知っている?
全部時間のせい。世界が未来に進んだから。だったら何度も繰り返せばいい!優しい世界を、幸せな夢を、死ぬまで何度も繰り返せばいいの!!
「……そうだよな。昔は楽しかったなぁ……」
やっぱり。八雲ならわかってくれると思ったの。竜宮健斗じゃ絶対にわかってくれない、記憶の共有ができる。
あの事故はアタシ達から多くの物を奪った。これからもきっと、世界が、未来が、全てが、アタシ達から大切な物を奪い続ける。
だから全部データにして、何度も繰り返そう。幸せになりたいのは誰だって同じだもの。この世界では終末でさえ笑顔で迎えられる。
「……けどさ、俺が知っている進歩はあんな奴じゃなかったよ」
……え?
「厚樹も、静香も。何度も繰り返すうちに忘れてないか?本当に大切だった……俺達の友人を」
そ、そんなことない。進歩は死ぬほど静香を大切にしていたはず。じゃなきゃバスの事故で静香を庇うような体勢で死ぬはずがない。
静香だって進歩が好きだったはず。幼い頃に結婚の約束をしていたもの。ゆびきりげんまんまでして、嘘ついたら針千本を飲ますって。
厚樹はアタシ達と遊べる子だったもの。少し大人っぽくて、クールで、どんなことがあっても諦めないような芯の強い子だったはず。
「違う。進歩は静香を庇って死んだんじゃない!!押し潰される寸前逃げようとして、静香に覆いかぶさって逃げきれなかったんだ!!!!」
……嘘。だって、進歩は助けを求める目で、あれは静香を助けてほしいと思ったからじゃあ……。
「違うんだ!進歩は自分が助かりたかった!でも助からなかった!静香は、本物の静香は鉄骨と進歩の二つに押し潰されて死んだ!それが警察が出した見解だ!!」
科学的な捜査が明らかにした真実。それは幸せの世界を再現する上では不必要なデータであり、流川綺羅が知らなかったこと。
実際の狭間進歩は花山静香を助けなかった。しかしデータの狭間進歩は花山静香を助けようと、今も必死に戦っている。理想と現実の矛盾。
大切な友達の記憶を歪める原因。そんな幸せに価値があるのかと実畑八雲は視線で訴える。本当にこの世界にいていいのか、と。
武器達から逃げていた竜宮健斗達は、聞こえてきた実畑八雲が語る真実に目を見開く。この世界は流川綺羅が作り上げた幸せの世界。
だから本物とずれた。狭間進歩は必要以上に花山静香に固執し、花山静香は狭間進歩に気があり、海林厚樹は諦めが悪い。
主観によって作り上げたせいで、再現できなかった。データというよりは、人の限界を感じる事実を、流川綺羅は叩きつけられた。
「綺羅。共有できないんだ。あの事件から十二年弱……お前は夢を見続けた。俺は現実を見続けた。だから……言葉も交わせなくて、こんな馬鹿なことも止められなかった」
アタシが間違っていた?アタシの記憶が、思い出が、再現できたと思っていたのに、大きくずれていた?
それじゃあ今ここにいる花山静香と、狭間進歩は誰なの?海林厚樹はどこに行ったの?アタシは……どこにいるの?
「全部データだ。0と1で構成された……お前の夢だ」
夢。そう、夢ね。でも幸せ。ここはとても幸せな世界。ここにいれば傷つくことない。八雲達が全員揃っている。
一週間で終わるとしても、皆がいるもの。寂しくないわ。とても優しい、平和で、笑顔でいられる世界。誰もが手放しに称賛するわ。
八雲も一緒にこの夢を見ましょう。きっと、素晴らしい世界だって、褒めてくれるよね?だってアタシが作った世界だから。
「俺さ、来月の水曜日、お見合いをするんだ。子供の話じゃない、大人になった俺の……お前を待てる最後のリミットだ」
……待って。待って、八雲!どういうこと!?置いていかないで!アタシはまだ、金曜日の返事を聞いてないのに。
「俺もだ。お前に返事する水曜日を……十二年待った。でも……俺を現実に置いていたのは、お前だろう?」
違う。違うの、待って、お願い。そんなつもりじゃなかったの。アタシはただ幸せになりたかったの。この世界ではそれが叶えられるの。
だって現実に進歩達はいないじゃない!アタシは……進歩達が結ばれるところを見ていないのに、アタシだけが幸せになる道なんて選べない。
でもここなら皆が幸せなの。皆生きているの。だからここで何度も繰り返していけば……いつかはきっと……。
「この世界の進歩は進歩じゃない!そして……無意味に一週間を繰り返すこの世界で、進歩達は幸せにならない!!」
いや、聞きたくない!怖い!だってもしそれが本当だと認めたら、アタシは一体なにしてきたの!?アタシがしたことわかってるの!?
何度も消したわ!この世界全てを!お助けキャラの記憶データだけを引き継がせて、それ以外は全て!笑顔のまま消してきたの!!
だって時間が進めばきっと……幸せは持続できない。一週間幸せでいれば、きっと皆幸せのまま消えていける。それ以上の幸せを、アタシは知らない。
「じゃあ俺が教えるよ。幸せのまま消えていくよりも、ずっと幸せなことを……」
そんなのない。アタシは知らない。知ってしまったら、この夢は覚めてしまう。そしたら現実しかない……そこに進歩達は……いないもの。
「好きだ、綺羅。俺が現実にいる。だから一緒に帰ろう」
微笑む実畑八雲。少年の顔ではない、大人の顔。ずっと一人の少女を待ち続けた男の顔。愛を告白した勇気ある人の顔だ。
そう言った瞬間、しがみつくのが限界だった実畑八雲は武器の刃先が並ぶ床へと落ちていく。それは獣の牙のように実畑八雲のデータを引き裂こうと待ち構えている。
彼に竜宮健斗達や狭間進歩のような特徴はない。彼だけで助かる道はない。緑の保存溶液が中身が見えなくなるくらいに泡立つ。そして保存ケースにひびが入る。
溶液よりも先に飛び出した少女が少年に手を伸ばす。その小さな手を少年は掴み、引き寄せて抱きしめる。花山静香が溜息をつきながら武器を操作する。
実畑八雲が背中から落ちた場所には武器の影一つ残っていなかった。世界の創造を担う流川綺羅のデータを傷つけないための配慮。
痛みで顔を顰める実畑八雲の頬に涙が幾つも零れ落ちる。流川綺羅が一切濡れていない体で、目の前でずっと待っていた少年に必死に抱きつく。
「本当に……いいの?アタシ、取り返しのつかないこと……一杯したのに……」
「取り返しがつかないから、大丈夫だ。怖いなら、俺も一緒に抱えるからさ……お互いに一人ぼっちは止めよう」
もう二度と取り返しができないから、今はただ未来を見据えて進めばいい。実畑八雲は彼女が担う重荷程度、幾らでも抱えていける。
二人で抱えて、二人で空いた手を繋げばいい。孤独よりもずっと、寂しくない。優しくない、幸せばかりじゃない世界で二人で生きていこうと決心する。
やっと時間が進む。そう思った矢先、一本の弓が実畑八雲と流川綺羅に狙いを定めて放たれた。二人は避けきれずにその矢を眺めて呆気にとられた。
頭上から黒い狼が矢を手で薙ぎ払う。空高く吼えるように怒りの声を流川綺羅にぶつける。
「遅い!!もっと早く過ちに気付け!おかげで俺の死んだ弟も巻き込みやがって!!幸せにならないと許さん!!」
玄武明良が怒っている最中に一筋の軌跡を残して槍が迫る。それを今度は白い馬が足で蹴り上げ、その勢いに負けて槍が折れる。
「言っとくけど、僕の父さんの音楽はもっと凄いからね。今度はCD買ってから再現してくれないと困るよ」
何故か販促のような言葉を出す仁寅律音の隙をついて大槌が回転しながら飛ぶ。それを赤い鳥が翼で発生させた風だけで吹き飛ばす。
「良かったな。両想いになれて……というわけで邪魔だからさっさと帰れ!見せつけるな」
結ばれた二人に若干嫉妬を抱いた籠鳥那岐の背後で剣が全てを斬り払うように動く。それを青い竜が右腕を振るって防ぐ。青い鱗が散る。
「ジョージ・ブルース……どんなに邪魔をしても、こうやって俺達は戦うよ。皆で戦う。ずっと、未来の先まで!」
竜宮健斗が堂々と宣言した。信じて揺るがない、純真な馬鹿による、頷きたくなる言葉。
それが面白くないジョージ・ブルースは舌打ちし、全員にとある映像を見せる。
先程からマスターの妨害を受けているせいで、挑発する声は流せない。それでも充分なほど衝撃を与えられる物。
崋山優香が今にも死にそうになっている、万事休すの状態で帽子屋に守られている危機的な映像だ。




