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ANDOLL*ACTTION登龍門編  作者: 文丸くじら


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残酷な繰り返し

その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


瀬戸海里が和風の装いを想定した庭先でうつ伏せに倒れている。背中には刺身を切る時の包丁。

白い玉砂利の上を血が広がっていき、赤い川の上から眺めているような心地になる。

狐顔とよく言われていたが笑顔の多い優しい少年だった。しかし伏せているため、今は表情すらも眺められない。


可愛らしい服を着た少女が倒れた瀬戸海里に近づく。止めろ、と言いたいのに竜宮健斗の口は動かない。

少女は少しだけ微笑んでから瀬戸海里の肩を掴んで、無理矢理仰向けにする。

真っ赤に濡れた顔が目に入るかと思った矢先に、水の中に溺れていく感覚を竜宮健斗は味わった。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


大人の体よりも大きな岩が鞍馬蓮実の顔の上に乗っている。トマトが潰れたような血飛沫が広がっている。

なにかを掴んでいたような手の平には岩から削れた泥が付着して汚れている。恐らく鞍馬蓮実が能力を使って持ち上げたのだろう。

足元にはなぜか算盤が転がっている。踏んづけられたように壊れており、珠が辺り一面に散らばっている。


大岩の上から笑い声が聞こえる。可愛らしい服の少女が竜宮健斗を見おろしている。

体格のいい少年で大らかな性格だった。怒る時は友達のために怒るような、優しい少年だった。

もう見る影もない。坂道から転げ落ちるような感覚と共に竜宮健斗は後ろ向きに倒れた。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


錦山善彦が公園のベンチの上で横倒しに寝ている。ベンチの角にはぶつかったようなへこみがある。

正面から見れば普通に寝ているようだが、後ろや横から見ると頭から血が零れているのがわかる。地面には赤黒い染みだ。

その染みに向かって蟻の行列ができている。電線の上では烏が幾羽も集まってきて、様子を眺めている。


地味だと言えば地味だが、そんな言葉で締めくくりたくなかった。あまりにも日常に溶け込んだ異常。

可愛らしい服を着た少女が血だまりに向かって進むアリを踏んづけて、ベンチの背もたれ部分に体を預ける。

そのわずかな衝撃だけで錦山善彦はベンチから滑り落ちていき、倒れる音が聞こえる前に竜宮健斗の意識は飛び立つ烏に奪われた。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


伊藤三つ子が手を繋ぎながら無邪気に走り回り、ふざけあって歩道から車道へと飛び出る。

タイミングを見計らったようにトラックが駆け抜けていく。大きなタイヤが小さな体をひき潰して行く。

足が、手が、胴体が、首が、あらゆる体のパーツが千切れていく。誰のパーツかもわからないほど、細かくなっていく。


三つ子は性格などは違っていたが、顔はよく似ていた。体つきも、遺伝子自体が似ているのだから仕方ない。

可愛らしい服を着た少女が適当に腕と胴体をくっつけて、首を傾げる。パズル遊びをする子供のように、迷いながら繋ぎ合わせようとする。

しかしタイヤによって磨り潰された切断面で接合するはずがない。地面がパズルのピースのように砕けていき、竜宮健斗は落下していく。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


布動俊介、有川有栖、基山葉月の三人が池にいた。三人とも体を浮かべて、顔は水の中にあるままだ。

気泡は浮かぶこともなく、静かな水面は風によってやっと波紋を見せるほどだ。手足には力がなく、沈んでいる。

背中だけが水から表に浮かんでいるが、それも次第に沈み始める。じきに藻で汚れた水の中に消えていくだろう。


池の鯉に餌を与えている可愛らしい服を着た少女は、なにも言わない。竜宮健斗は言葉が出ない。

子供が入らないように配慮された柵は壊れており、柵近くの地面には足を滑らせた跡がある。

布動俊介の右手を基山葉月が、左手を有川有栖が握っている。そういうことかと納得する前に、竜宮健斗の耳に鯉が飛び跳ねた音が大きく響いた。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


凜道都子が家の中にある和室の畳の上で倒れている。愛用の眼鏡はレンズ部分が砕けて、フレームはひしゃげている。

散弾銃でも乱射したかのように部屋中に銃弾が残っており、凜道都子の体も穴だらけだ。さらに心臓を一突きする刃物。

映画で見た抗争のシーンみたいに、冗談のような光景が広がっている。



歪んで壊れた眼鏡を踏み潰す可愛らしい服を着た少女は、なにも問いかけない。

ただ動こうとしない竜宮健斗に対して微笑む。動けないのが当たり前だと、嬉しそうな様子だ。

遠くから花火とはまた違う鮮烈な破裂音と火薬の臭いが鼻を掠め、竜宮健斗は思わず瞼を閉じた。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


神社へと続く階段の上から下の地面を眺めていた。夕方による陽ざしで、黒い影が段差の色を変えている。

影が伸びきった先、段差の一番下で手足を広げて動かない袋桐麻耶。至る所にお守りやタロットカード、水晶玉が転がっている。

関節を逆に回し過ぎて歪んだような足首、顔はいつものフードに隠れて見えない。血は出ていないが、胸が動いていない。


神社の鳥居の上に座っている少女は鼻唄を歌っている。音が鳴る信号機で流れる曲のメロディだ。

いつも口が悪くて素直じゃない袋桐麻耶。もう二度と罵倒も褒め言葉も聞くことはない。それが無性に悲しくなる。

少しずつ日が傾いて夜に変わる最中、影の中に沈むように竜宮健斗は呑み込まれた。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


どこかのダンス場らしく、窓からはダンススクールの看板が見える。手すりと鏡が一面に張られた練習部屋。

幾つもある鏡の内一枚が割れていた。鏡に身を預けるように座っている葛西神楽を中心に、蜘蛛の巣状に割れていた。

割れたことから欠片の数だけ葛西神楽の後ろ頭を写し出す。その頭にも鋭利な欠片が幾つも刺さっている。


手すりに腰を掛ける可愛らしい服を着た少女は、着地すると同時に踊るようなステップで竜宮健斗に近づく。

個性が欲しくて獅子奮迅と挑み続けた少年は、賑やかに動くことはない。糸が切れた人形のように、指先一つ動かない。

部屋に設置されたスピーカーから悲しいクラシックが流れる。ダンスには向かないと思う前に、部屋中の鏡が割れて視界を埋め尽くした。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


人が踏み入らないように尖った形をした柵が周囲を囲む小さな花壇。その柵の上にもたれかかるように筋金太郎が倒れている。

手には重い肥料袋を持っており、、靴の裏には土がこびり付いている。泥も付着していて、滑りやすい状態だ。

腹から背中を貫通する柵は天使の弓矢のような愛らしいデザインだ。真っ赤なのは別の要因のせいだが。


花壇の花を一輪摘み取った少女は、その花を筋金太郎の上におざなりに飾る。

ゴリラのような容姿だが優しくて涙脆い少年だった。よく女性にモテていたという話も聞くほどだ。

彼が花に水をあげることはもう無い。風が吹いて花弁が舞い、青空に溶け込むと同時に意識も溶けてしまう。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


雪の上で膝を抱えたまま動かない扇動美鈴。白いマフラーをしているが、濡れた後凍ったように見える。

肩や頭にも雪が積もっており、本来なら赤くなるはずの肌が青白いまま冷たくなっている。

頬を流れた涙すらも乾く前に凍ったらしく、太陽の光を受けて輝いている。


雪だるまを作るための雪玉を転がした少女は、止まらずに扇動美鈴の体に雪玉をぶつける。

抵抗もなく倒れた扇動美鈴。どこか諦めたような表情が竜宮健斗の目に飛び込む。

太陽を隠した雪雲から羽毛が落ちるように雪が降ってくる。柔らかいそれはすぐに竜宮健斗も包み込んでしまった。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


暗い部屋の中で時永悠真が揺れていた。床に足はついていない。代わりと言わんばかりに一枚の紙が床に落ちている。

疲れた、と一言だけ書かれた紙は皺だらけで涙が落ちた跡もある。細い縄が揺れる音が部屋の中で静かに響く。

窓の外では雪が降り続けている。部屋の中は防寒されてるとはいえ、心の底から冷えそうなほど寂しかった。


重力を無視して天井に立っている少女は、時永悠真を揺らす縄を無遠慮に切る。

崩れた落ちた体は床に打ち付けられる。呻き声一つすら聞こえず、彼の口癖が出ることも期待できそうにない。

雪風が窓を揺らす。縄はもう揺れていない。しかし何一つ結果は変わらない。竜宮健斗は自分の両目を手で覆った。





その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


雪が降り積もった教会の前。本来なら屋根に飾られている十字架が落ちており、絵心太夫の胴体を貫いている。

地面に突き刺さった十字架のせいで絵心太夫は仰け反った体制のまま、地面の上に寝転がることも叶わない。

重力を操る能力を使う暇もなかったのか、底抜けて明るい少年の顔は絶望を垣間見たような悲惨なものだ。


祈るように両手を合わせる少女は、竜宮健斗の顔を横目で見る。そしてまたもや笑う。

あまりにも生々しい絵心太夫の表情は、いっそのこと他人の顔にも見える。同い年の少年の顔に。

教会から鎮魂の鐘が鳴り響き、白い鳩が飛び立っていく。巻き起こった風に連れられて、竜宮健斗は別の場所へと向かう。







その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの街中でそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。





その日はいつもと変わらない日常だった。





その日は。





いつもと変わらない。





日常だった。









竜宮健斗が最後に訪れたのは崖のような場所。底が見えない谷。初めて見る場所だった。

断崖絶壁の前にはずっと竜宮健斗の傍にいた可愛らしい服を着た少女と、崋山静香が立っていた。

崋山優香は竜宮健斗に背を向けたままだ。立ち尽くしている竜宮健斗にその表情は見えない。


「どうだった?終わり続けた一日は」


可愛らしい服を着た少女が竜宮健斗に語りかける。顔に浮かぶ表情は変わらない笑顔だ。

十以上の死を一緒に間近で見たとは思えない少女の笑みに、竜宮健斗はかける言葉が見つからない。

疲れ切った精神で竜宮健斗は少女の言葉の続きを待つ。


「生きてるのが日常。急に死ぬのも日常。そんな現実なんか嫌い。君ならわかってくれるよね?」

「だから幸せだけの世界を作ったのか……流川綺羅」


竜宮健斗が少女の名前を呟く。こんな芸当ができる、否、こんな仕業を仕掛ける人物は一人しか思い当らなかった。

些細な日常の中で友人の死を間近に見た少女。認められずに眠りについて、大人になってしまった女性。

今も少女の姿を形作っているのは、自分が大人になったことを知らないのだろう。それほど長く夢のような世界を見続けている。


一週間で終わるが、幸せしか存在しない世界。演算装置のシステムエッグと流川綺羅の脳によって作り上げられた電脳世界。

マーリンという名前を使っていた海林厚樹が苦しみ、狭間進歩というデータがその世界に抗おうとして負けた、元凶。

彼女は竜宮健斗に微笑み続ける。わかるはずだと、静かな威圧をかけ続けながら。


「見たでしょう?仮想再現とはいえ、友達が死ぬところを。もしかしたらあったかもしれない、生々しいほどに強い死の可能性を」

「確かに。ただし、見せられた、が正しいよな。否定できないところも多くあったけど、見たくて見たわけじゃない」

「それでも君は見た。悲しかったでしょう、苦しかったでしょう、なにもできなかったでしょう、悲鳴を上げることも叶わなかったでしょう」


どこか陶酔するように流川綺羅は囁く。彼女は竜宮健斗を同じ穴の狢にしたいのだ。

友人達の死に絶望して、なにもできない自分に絶望して、そんな日常がはびこる世界に絶望して、幸せだけ望むような存在に仕立て上げる。

流川綺羅は甘い言葉を囁く。きっとわかってくれる、と心の底から信じて。


「幸せだけの世界は作れるの。君もそこで一生を過ごそう。一人じゃなければ、寂しくないでしょう?」


両手を広げて迎え入れる体勢を作る流川綺羅。その顔に浮かぶ笑みは今までの中で一番の物だ。

竜宮健斗はそんな彼女に短い言葉で返す。強い光だけを瞳に宿したまま。



「寂しいよ」



流川綺羅の表情が固まる。しかし予想していなかったわけではない。断られても手段はいくらでもある。

言葉で懐柔を続けようとした彼女の言葉を無視して、竜宮健斗が今度は言葉をぶつけていく。


「俺だって色んな人と別れたよ。助けられなかった人もいるよ。それでも、皆と出会えた世界を、否定するわけにはいかないんだ」


瞼の裏に浮かぶ金髪は今も眩しくて、目に焼き付いたままだ。焦げついた機械の体が忘れられない。

もう二度と会えないという意味を知っている。その中で出会い続けたことも知っている。

喧嘩した相手もいる、命がけで説得した相手がいる、手を伸ばした相手がいる、ずっと傍にいてくれた幼馴染がいる。


哀しいことも辛いことも味わった。それ以上に楽しかったことや嬉しかったことがある。

わかりあえて一緒に笑顔を浮かべた時の気持ちを忘れない。手を差し伸べて、握ってもらえた手の感触を覚えている。

だからこそ竜宮健斗は流川綺羅の手は握れない。人間は間違えるけど、間違えないように生きていけるというのが彼の流儀だ。


「涙してもいつか笑えるんだ!苦しくても乗り越えていけるんだ!俺達が生きる世界は死に溢れてるけど、それだけじゃないんだ!」

「違う!あの世界は死に溢れてた!生きるか死ぬだけだった!だからアタシは幸せな世界を作ったの!」

「幸せな世界なんかじゃない、流川綺羅が自己満足するだけの世界だ!最後には何も残らない寂しい世界だ!」


一週間だけ幸せに満たされた世界。狭間進歩から聞いた世界の最後はデータ全消去という結末だ。

データとはいえ狭間進歩は生きていた。海林厚樹も、花山静香も、再現されたとはいえ、その世界で確かに生きていた。

それをたった一人の理不尽で奪い去られる。幸せな世界の実態は何も残らない結末だ。


「もういい……やっぱり、アタシの気持ちはアタシにしかわからないんだ」


そう言って流川綺羅は横にいた崋山静香の背中を押す。竜宮健斗がおそらく一番大事にしている少女を自らの手で殺す。

データでの仮想再現だが、動けないように設定している彼の目は確かにその死を捉え、絶望するだろう。

言葉で懐柔するのが無意味だった場合、行動で心を押し潰す。流川綺羅は知らず知らずにジョージ・ブルースの思惑通りに動く。


青い血の二番、ジョージ・ブルースは青頭千里を見返したい。そのために必要なのは逆転するという要素。

それを体現するのが物語上で与えられる役割、主人公。それに該当する人物として目を付けたのが、竜宮健斗だ。

しかし赤い血が嫌いなジョージ・ブルースにとって、彼は目障りな上に計画を邪魔する最悪の人物だ。


電脳世界にその要素を取り込むことによって、主人公の要素を持ったデータを意図的に抽出しようとした。

その時点で竜宮健斗は用無しであり、電脳世界におびき寄せたところで罠にはめて始末するところだ。

ただし悪趣味な仕掛けも施している。画面上で崋山静香が崖下に落ちていきそうになるのを笑いながら眺める。


データ設定で竜宮健斗は動けない。立ち尽くしたままだ。電脳世界の支配者は流川綺羅であり、逃れることはできない。


本来であれば。





「手を貸すぜ、赤い血の子供達。天才っていうのは美味しいところをさらう役得だからな」




電脳世界の設定に無理矢理侵入した回線から、設定が弄りまわされる。

笑う金髪の美女が画面越しに呟いたことは誰の耳にも届かず、流川綺羅は慌てて設定を直そうとした。

その横を全速力で駆け抜ける少年。竜宮健斗の目には落ちていく少女の手しか見えていない。


「優香ぁあああああああああああああああああああ!!!」


崋山優香は振り向かないまま落ちていこうとする。その手を左手で握りしめた竜宮健斗も、地面から足が離れた。

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