赤ん坊
「……おはよう、りん!」
「お、はよう……君は……」
「ヨルだよ!りんのTシャツ、へんてこなのばっかり!」
「へんてこ……」
思わず復唱する厘だ。ヨルと名乗る銀髪の子供は、タンスを指さしている。いつの間にか厘の持っている少し個性的な絵柄のTシャツを着ているようだ。ぶかぶかで半袖のシャツが長袖になっている。
そんなことより。赤ん坊は……ヨルはどこに行ったんだ?いや、この子もヨルと名乗っていた。銀髪に透き通ったターコイズブルーの瞳はあのヨルと瓜二つだ。一晩でこんなに成長したのだろうか。見た目は3歳くらいに見える。赤ん坊だったヨルはすでに立ち上がり、歩き回り、混乱する厘に抱きついている。
「りん。あのね」
「な、何?」
「ヨル、おトイレもうできるんだ!オムツなくて、だいじょーぶ!すごい?すごい?」
「す、すごいね……」
確かに……ヨルだ。昨晩までオムツだったのに。頭がくらくらとして、もう一度寝ようかと、再び布団に横になる厘だった。
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カーテンのない窓の朝の日差しで再び目が覚める厘だ。時計を見て、仕事の準備を……。
「りん、起きてよお」
目を開けると、先ほど見たヨルの姿だ。やっぱり夢じゃない……。
「ちょっと待ってて」
頭を抱えながらふらりと立ち上がり通信端末を取り出す。発信先は御影事務所だ。
「こちら退廃都市対策第5課、御影……」
「お疲れ様です。御影社長。黒瀬です……」
「黒瀬。どうした? ヨルは元気か?1週間経ったら、ちゃんと2人で顔を見せにくるんだぞ」
「元気です。あの、ヨルがすごく大きく成長していて。赤ん坊ってこんなにすぐ大きくなるんですか?」
「赤ん坊の成長は早いからな! 姪っ子の唯愛ちゃんも気付いたら大きくなっていて、驚いたよ。でもずっと可愛いんだ。まるで天使のようだ!じゃあヨルのこと、頼んだぞ」
「はい……」
忙しいのであろう。ぷつりと通話が切れる。
社長は姪っ子の成長は早い、天使のようだと言っていた。じゃあヨルもそれに当てはまるのだろうか。
「りん、お腹空いたー!」
「……朝ごはんにしようか」
思わず相槌を打つ。無理やり、子供の成長は早いのだと、納得させる厘だった。
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育児用品の入ったダンボールを漁る厘。中にはさすがに3歳児の子供に食べさせられるようなものは入っていない。
「3歳くらいだと何が食べられるんだ……?」
「なんでも食べられるよ!ヨル、歯も生えてる!」
「そ、そうなんだ」
あーんと口を開けて、綺麗に生え揃った歯を見せてくれるヨルだ。一晩でこんなに歯が生えるなんて。成長速度が凄まじい……。よく見ると鋭い歯が2本八重歯のように尖っている。
ともかく何か作ろうとキッチンに立つ。冷蔵庫に何があっただろうか。しゃがんで冷蔵庫の中身を確認する。
以前購入した卵にウインナー、食パンがまだある。目玉焼きでも焼いてみようか。そんなに硬くないし、子供でもきっと食べられるだろう。卵を取り出して立ち上がると、厘の足にぎゅっとしがみつくヨルだ。
「っと。ヨル、危ないよ」
「りん、りん……っ!」
赤ん坊の時からシャツを握ったり、指を握ったり。抱きつくのが好きなのかもしれないな。
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「わあ。すごいよ、りん!目玉焼きだ!」
こんがり焼けたトーストとウインナー、それから目玉焼きに牛乳。お腹を壊したら良くないと思ったので卵は固焼きにしてある。卵はなかなか手に入らないから、今日は少し豪華な朝食だ。
「いただきまあす!」
ヨルは朝食をあむあむと頬張っている。フォークは小さいものはないので、やはり使いにくいのか、途中から手づかみで食べ始めている。手も頬もベトベトだ。
「あむ。美味しい!」
「良かったよ」
あとで拭けばいいか、と厘も朝食に手をつける。目玉焼きを頬張り……確かにその目玉焼きは美味くできていたようだった。
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昨晩はバタバタしていて、洗濯を回していなかった。数日分の衣類にヨルが汚したシャツもまとめて放り込む。異常生物の体液がついてしまったスーツ。落ちるだろうか。買い替えはごめんだ。洗剤の量をカラカラと振って確認する。どうにか最後の1回分が残っていたようだ。これで落ちてくれよ。と祈りながら洗濯物を回していく。
洗剤に食糧、成長したヨルの服も足りないから買いに行かないといけないな。ずっとこのぶかぶかのTシャツのままではあまりにも可哀想だ。
「買い出しに行こう。一緒に行く?」
「行く!」
こんな小さい子を置いてはいけないから、連れていくのは当たり前だが一応確認を取る厘だ。相変わらずのシャツにハーフパンツ姿で外に出ようとする厘だが、ふと布団近くに置かれた通信端末の通知が点滅しているのが見える。何かあったのだろうかと急いで手に取る。
「……」
お喋りな同僚からの怒涛のメッセージが届いていた。
『厘ちゃん!?
育休って?
どういうこと!?
弥太郎も寂しいって
あ
弥太郎が勝手なことを言うな
だって
社長が業務抑えてくれたけど
1週間もお休みなんて
どういうことー!?
大変だよー!』
『詳しくは社長に聞いてください』
これで社長が説明してくれるだろう。仕事のことじゃなくて良かった。安心してポケットに端末をしまう。
外に出ようと靴を履くが、ヨルの靴はない。もちろん育児用品が入ったダンボールに入っているはずもない。裸足で歩かせて瓦礫を踏んだら大変だ。
厘はヨルの身体を抱き上げる。驚いたように厘の顔を見上げる。ヨルの身体はやっぱり昨日よりも重くなっているようだ。
「行こうか」
「うん……!」
ヨルは厘のシャツにすりすりと顔を押し付けるのだった。
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