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育児




「では少し寂しいが、1週間後に会おう!よろしく頼んだぞ。黒瀬!」


「お疲れ様です」


 今日の仕事も終えたので、退勤する黒瀬だ。結局同じ事務所の2人とは会えなかったな。まあ社長が説明してくれるだろう。黒瀬の右手には赤ん坊の入った籠。腰には対異常生物用の銃身の長い、長銃身拳銃が挿さっている。

 なんともまあ妙な組み合わせだ。赤ん坊の入った籠をチラリと見る。そういえば育児に必要なオムツやミルク等は自宅まで送ってくれるそうだ。準備のいいことだ……。


「1週間、頑張ろうな」


 籠の中で眠る赤ん坊に黒瀬は小さく声を掛ける。その声を聞いて少し微笑んだような気がした。



 ————


『社長、この子の名前は? 赤ん坊は流石に呼びにくいです』


『黒瀬がつけてあげたらいいだろう。私はだめだ。愛着が沸いて手放せなくなる』


『……。メッセージカードには何も書いてないですか?』


『いや、書いていないな』


 社長はメッセージカードを表と裏と見返すが名前は書かれていないようだ。この子の本当の名前があるのなら、呼んであげたいが、1週間なら仮の名前でもいいだろうか。

 ふと赤ん坊を見てみると、先ほどまで何も握っていなかったが、タオルを握っていることに気がつく。

 よく見るとそのタオルには文字が入っている。


『Yoru. ヨル? この子の名前ですかね』


『それだ! 黒瀬ヨル。いい名前じゃないか』


『勝手に合体させないで下さい』


 こうして、厘とヨルの生活が始まっていく。



——————



 籠を抱えて徒歩で帰宅する厘だ。自宅は生活可能区域の範囲で、事務所からもそんなに遠くはない。物資補給箇所も近くにあり、立地はいい場所だ。

 整備途中の瓦礫を抜けて、芝生を踏み締め、建て付けの悪い扉を開ける。灯りをつけ、配達品を受け取るために、ポケットから通信端末を取り出して近くにかざす。

 どさりと転送場所へダンボールが配送される。


 そのダンボールは大きく、指定された転送場所から大きくはみ出していた。中身はやはり育児用品が入っている。

 オムツにミルク、幼児の服に、ガーゼにタオルに……こんなにたくさんあるが、1週間で使い切るのだろうか。

幼少期以来、赤ん坊の世話をしたことがない厘にとって、この量が適正なのかはわからない。

しかし、この子が大事にされるのであろうことは伝わってくる。


「というかヨル、ずっと眠っているな。赤ん坊はこんなに眠るのか? ミルクはいいのかな」


 すやすやと気持ちよさそうに眠るヨル。起こすのも忍びないので、そのまま寝かせている。オムツもそのままだ。


「でも何かあったら泣いて教えてくれるはず」


 オムツだけでも見てみるか? というかヨルは男なのか女なのか。見た目や名前だけでは判別できない。


「オムツ替えの時に確認するか」


 ヨルは少し顔をしかめて、んんっと声を上げるのだった。

  

 


 ————



 夕飯を済ませて、手早くシャワーを浴びる厘。ヨルが心配で急いで出てきたが、まだ眠っているようだ。シャツにハーフパンツ姿で、厘は髪をタオルで乾かしている。

 不安になってもう一度顔を覗かせるが、やはり眠っている。


「ヨル。ミルク飲まないの?」


 髪を拭きながら声を掛けてみる。伝わるわけないか。厘は何か飲もうかと立ち上がる。


「あぅ」


「!」


 目が覚めたらしい。戻って籠の中を覗いてみる。ヨルの瞳の色は透き通ったターコイズブルーのようだ。きらりとまるで光っているかのように、輝いている。


「綺麗な瞳だね。初めまして、ヨル。

 黒瀬 厘だ。1週間よろしくな」


 赤ん坊に自己紹介をする厘だ。伝わるわけはないと思いつつも、ヨルはぱたぱたと手足を動かし、笑顔を見せている。


「ヨル、ミルク飲もうか。今準備するからね」


 まだぱたぱたと手足を動かしている。抱えて欲しいのだろうか。少し抱えてみようか。籠の中に手を入れて、そっとヨルを抱きかかえる。その小さな身体は、思ったより重みがあって安心した。


「ちゃんと栄養はもらっていたんだな。良かった」


 ヨルは厘のシャツを両手でぎゅうと握りしめ、引っ張っている。さっきもタオルを握っていたし、握るのが好きなのだろうか。


「ほら、ヨルのタオル……」


 一瞬握るが、ぽいと床に捨てられる。このタオルは要らないらしい。しかし、こんなに小さいのに全然泣かないな。そんなこともあるのだろうか。

 厘はミルクを取りに行こうと、ヨルを籠へと戻すが、シャツを掴んだ手を離してくれない。


「破れてしまうよ。離して、ヨル」


「……」


 通じたのだろうか。少し悩んだようにして、手を離す。通じるわけはないな。偶然だろう。軽く頭を撫でると、ダンボールの中に入った赤ん坊用のミルクパックを取り出す。


「紐を引いたら温まり……哺乳瓶に入れて……へえ。便利だね」


 赤ん坊用品を見る機会はなかったが、今はこんなに簡単で便利になっているようだ。すぐにミルクの準備ができ、ヨルの方へと持っていく。


「ミルクだよ、ヨル」


 再びヨルを抱えると、哺乳瓶と厘の顔を交互に見ている。哺乳瓶の先を近付けると、観念したように口を開けてこくこくと飲んでいるようだ。


「良かった。大きく健康になれよ。君は将来、退廃都市対策第5課の異常生物駆除官として働くらしいからね」


 冗談混じりで厘はヨルに伝える。ヨルは小さな手のひらをきゅっと握るのだった。



——————



 ミルクを終え、起きているついでにオムツを確認してみた厘だったが、もよおした形跡はないようだった。赤ん坊の排泄感覚は分からないが、出ていないものは仕方がないと、オムツを元に戻す厘だ。

 しかし、今まで一切泣かなかったヨルだったが、オムツを外す時だけばたばたと泣き叫んでいた。そんなに嫌だったのだろうか……。ちなみに、ヨルは男の子だった。


 外は暗く、星は遠い。まだらに配置された街灯や、家の明かりが辺りを照らしている。いつもの癖で明日の仕事の準備をしようとするが、育休期間だということを思い出す。1週間も仕事に向かわないなんて、今までなかったことだ。


「腕が鈍りそうだな」


 しかし銃の手入れは怠らない方がいいだろう。ヨルの隣で厘は日課の銃の手入れを行う。ヨルは興味深そうに銃を見つめて、手を伸ばしている。

 装填される弾丸は異常生物にしか効かないものだ。人間に当たってもゴム弾が当たるようなもので、大した痛みはない。しかし何かあったら危険なので、あまりヨルには触れさせない方がいいかもしれないな。


「ヨル」


 空いた指を差し出すと、小さな手できゅっと握っている。


「これで我慢してね」


 ヨルは満足そうに、厘の指を握るのだった。



——————



 溜まっていた本を少し読み、ふわりとあくび。明日は休みとはいえ、夜更かししても仕方ないな。

 寝る前にヨルのオムツやミルクを確認する。複雑な表情をしていたが、問題はないようだ。

 まだミルクを一回しか飲んでいないが、明日になっても何も催していなかったら、誰かに聞いた方がいいかもしれないな。


ランプの灯りを消して、布団の上で横になる。ヨルはすぐ手が伸ばせる場所にいる。月明かりの中、眠っている様子が見える。


「ふふ。もう眠ってる。大きくなれよ、ヨル」


 掛け布団をかけて目を瞑る厘だ。いつもと違う夜に、厘は少しだけ明日の朝を楽しみにするのだった。



——————



 カーテンのない窓の朝の日差しで目が覚める厘だ。時計を見て、仕事の準備を……と思ったところで、ヨルのこと、育休のことを思い出す。うつ伏せになったまま、近くにいるヨルの入った籠を確認する。


「ヨル、おはよ……えっ?」


 籠の中身は空っぽ。ヨルの姿はどこにもなかった。自分の布団の隣に籠を置いたので、寝返りで落ちるはずもないし、まだあんなに小さな赤ん坊がハイハイなんてできるはずもない。さあっと顔が青ざめ、急いで上半身を起き上がらせる。ヨルを探しに行かないと。もし、誘拐されていたりしたら——すると、ずしりと背中に重みが伝わる。


「……おはよう、りん!」


 振り向くと、綺麗な銀髪に透き通ったターコイズブルーの瞳の子供が厘の背中に抱きついているのだった。


 

 


 

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