事務所
どぱん。と銃口から弾丸が飛び出し、その異常生物のど真ん中を貫く。腐肉種はぐちゃりと音を立てて、崩れ落ちていく。その拍子に緑色の液体が飛び出して、男の黒いスーツにぴちゃりと跳ねる。
「あぁ、くそ。汚れないようにしていたのに。洗剤まだ残っていたか……?」
指先まで覆われた黒いハーフグローブで、液体を軽く拭ってから、長い銃身を構え、銃口を異常生物に向ける。そして対異常生物駆除用に圧縮された弾丸を装填して、襲ってくる生物に次々と弾丸を放つ。1体につき1発が目標。弾丸は使いすぎると赤字になるからな。
くるりと銃を回し、次の攻撃に備える。
辺りは静か。どうやら全て倒し切ったようだ。
一息つき、解けかけていた短髪を縛っていたゴムを外す。
異常生物駆除官の構成員、黒瀬 厘は、ぐちゃぐちゃになった異常生物たちを黙って見下ろすのだった。
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退廃都市対策第5課。そこで働く駆除官は皆、そこを御影事務所と呼んでいる。
黒瀬 厘は、事務所に戻り、社長に報告に向かう。それにまだ書類の仕上げも残っているのだ。すると女社長である彼女——御影 玲子は不思議そうにこちらを見つめる。
「……報告はお前1人か? 2人1組が鉄則なのは知っているよな。この間入社したバディはどうした?」
「あいつ辞めましたよ」
「な……っ!またか!将来有望な若者だと思ってたのに……!昔から人の役に立ちたいと思っていた。異常生物駆除官の仕事に憧れていたと目を輝かせていたのに……っ!」
「絶対取る人材間違えてますよ、それ」
「お前まさかまた何か言ったんじゃないだろうな。なんでもパワハラに当たる時代だ。口は慎めと……」
「またってなんですか。何も言ってないですよ。今日、異常生物の死体を見て、気持ち悪いって言ってどこかに行きました。その後辞めるというメッセージが」
「し、死体は徐々に慣らせるものだろうが……っ!」
「そんな加減できませんよ」
「あぁ、また新人が辞めて行く……。というか社長の私に一言もないなんて……また人員の取り直しか……。どこかにいい人材がいないものだろうか」
いつも凛としている彼女だったが、思わず頭を抱えているようだった。艶のあるバイオレットの髪も今日はくすんでいるようにも見える。
今回の新人は、座学を終え実戦投入してすぐに辞めてしまった。この区画の異常生物たちも、最近数を増やしている。増員のための人員確保だったが、なかなか人材が集まらないようだった。
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「ところで黒瀬、子供好きか?」
書類を記入している黒瀬に御影は声を掛ける。
黒瀬はいつものたわいもない会話だろうと、書類に目を向けたまま返答をする。
「好きではないです」
「私の姪っ子にあんなに懐かれてるくせに……!」
「懐かれているんですか? 相づちを打っていただけで、特に何もしてませんよ」
「『厘ちゃん、また会いたーい!』と言っていたぞ。
羨ましい奴め」
「はあ。じゃあ絵本でも置いてあげた方がいいんじゃないですか?その方が楽しいでしょう」
保育施設は今どこも逼迫している。親が仕事でいない間、社長が預かっているようで、たまに事務所に遊びに来るのだ。歳上の話し相手より、娯楽があった方が彼女にとっても嬉しいことだろう。
「もしかして、黒瀬 厘のこういうところがいいのか!?」
「……いや、知りませんよ」
この事務所には幼い子が楽しむようなものは何もないと思ったから言っただけなのだが。
それに幼い子は苦手だ。あまり接する時間を多くしたくはない。少しの言動で成長に何かしら影響を及ぼしてしまう気がするからだ。良いことも、悪いこともだ。
それから今度来る時は厘ちゃんではなく、黒瀬さんと呼ぶようにしてもらいたい。今度遊びに来た時にもう一度言ってみようか。
「書類確認お願いします」
立ち上がり社長のデスクに書類を提出しに行く。
この事務所にはあと2人働いている者がいるが、まだ帰って来ないようだ。早く帰還して欲しい。社長の質問攻めが続く……。
するとカタリと事務所のドアから来訪者の気配だ。入ってくる様子はないから、客人だろうか。
「見てきます」
「あぁ」
社長のデスクから事務所の扉に向かい、ドアノブに手を掛ける。しかし、人影はないな。扉を開けるが——誰もいない。
「え」
足元には編み上げられた籠が置かれ、その中にはタオルに包まれた赤ん坊が気持ちよさそうに眠っていた。
——————
「ふむ。誰かが捨てて行ったようだな。メッセージが入っている」
事務所の机の上に起こさないようにそっと赤ん坊の入った籠を置く。赤ん坊の上に置かれたメッセージカードには“この子をよろしくお願いします”と書かれている。捨て子だ。最近多いとは聞くが……。
「冷静に見てないで保護施設に連絡して下さい」
「わかっている。しかしどうしてうちの事務所に……」
社長はぶつぶつと言いながら、電話を掛けている。大切な子供を捨てるだなんて、信じられないな。可哀想に……。
通話を終え、電話を切る社長だ。随分長く話していたようだが、スムーズに話が進められたのだろうか。
「すぐ来てくれそうですか?」
「いや……やはりすぐには向かえないそうだ。
事務所なら、少しの間預かっていて欲しいと言われてしまったよ」
「……」
保護施設が切迫しているのは皆承知だ。しかし、この事務所で預かるのはあまりにも大変だが、仕方がないだろうか。
「いいアイデアがある。うむ。素晴らしいアイデアだ」
「何ですか?」
社長は自信満々に赤ん坊とこちらを交互に見ている。
嫌な予感がするが、黙って聞くことにする。
「黒瀬。この子を少しの間預かってくれないか?」
「嫌ですけど」
「まあ聞け。お前最近全然休みを取っていなかっただろう」
「まあ、そうですね」
以前の休みは、遠い記憶だ。毎日何かしらでこの事務所に顔を出している気がする。まあこの事務所にいる人間は全員毎日出勤しているので、いまさらの話ではある。
「その件で役所からちょっと小突かれていてな……だから今回育休を取って欲しい」
「育休は休みじゃないんですけど。というかバカ言わないでください。赤ん坊なんて育てられません。社長が育てた方がいいのでは?」
「預かる期間は1週間程度だと言っていた。私が預かったら情が湧いて手放したくなくなるに決まっている!その点、黒瀬にはその心配はないだろう」
にこにこと笑顔を向ける社長だ。子供の預かり手は常に不足している。それはそれで構わないのではないだろうか。
「これで黒瀬は休みを取れて、役所に小突かれる心配もなくなり、赤ん坊の世話も出来る。素晴らしいアイデアだというわけだ」
「何も素晴らしくありません。責任が持てません」
「ゆくゆくはこの子を異常生物駆除官として御影事務所で働かせよう。種は撒いておくべきだからな」
「何年計画ですか。本当にバカなことを言わないで下さい。ここでみんなで交互に育てましょう。それしかないですよ」
「もちろん育休期間、手当はでる。黒瀬が頑張ってくれるというのなら……育休手当、1.5倍」
「……」
黒瀬の心は揺れる。お金は欲しいのだ。彼には買いたいものがある。
「1週間だけだ。期限は決まっている。悪い話ではないだろう?」
「……2倍なら」
「おぉっ」
「2倍なら検討します」
「黒瀬!ありがとう!やはり話のわかるやつだな、お前は!」
机から乗り出す勢いの社長だ。
「仕方なく、です。というか育休期間の業務はどうするんですか?ただでさえ人手が足りてないのに」
「まあこの期間は別の課と相談だな。なに、貸しは山ほどあるからな。それから第一班にも事情を話して上手く調整してみせよう」
ここにはまだ帰還してない2人組のことだ。そうしたら彼等の班もますます休みを取れなくなるではないだろうか。まあ社長のことだ。その手腕で上手く仕事を回すつもりなのだろう。しかし、文句を言っている彼等の姿が思い浮かぶな……。




