Case 2-3:鋼鉄の散弾(ヘヴィ・リフ) - 其の三 -
回転を始めるガトリングの冷たいモーター音。
銃口の奥で閃光が爆ぜる寸前――ヴォルクスの太い腕が、一切の迷いなく動いた。
焼き付いた重散弾銃の銃身を捨て、側面の拡張チャンバーのイジェクトレバーを親指で力任せに弾く。
シュゴッ!
排出されたのは、血のように濃い深紅の流体を脈打たせる、熱を帯びたチタンシリンダー。
ヴォルクスはそれを掌で鷲掴みにすると、背後から疾走してくるレイへ向けて、渾身の力で放り投げた。
「坊主ッ! テメエが鳴らしな!!」
空を裂いて飛来する、灼熱の【Traditional Heavy Metal】。
「――応ッ!!」
レイは空中でハンドガンをホルスターへ滑り込ませると、右手を伸ばしてシリンダーのチタン殻を鷲掴みにした。
そのまま、一切の減速なしに踏み込み、左前腕のスロットへと叩き込む!
『カシャン――ズドォンッ!』
チタン同士が噛み合う激鉄の音。
直後、溶岩を直接血管へ流し込まれたような暴力的な熱量が、レイの左腕を激震させた。
ドゥゥゥゥン――ギギギギギギッ!
鼓膜を叩き割るような、歪み切った極悪のギターリフ。
Traditional Heavy Metalの物理メタファー――『剛力・超絶トルク』。
左義腕の人工筋肉ファイバーがバチバチと火花を散らして極太に膨張し、内蔵モーターの回転数が限界リミッターを軽々とぶち破る。鋼鉄すら紙屑のようにへし折る、圧倒的な破壊のトルク。
「AI照準:目標、急速接近――」
部隊長がガトリングの射線をヴォルクスからレイへと強引に振り抜く。
放たれる重金属弾の弾幕。
だが、レイは左手に握りしめた音叉ダガー『チューナー』を、剛力を得た左義腕の力任せに真正面から振り抜いた。
ガガガガギィィィィンッ!!
ダガーの二股の刃先と義腕の超トルクが、飛来する大口径弾をすべて力づくで弾き飛ばす。火花の嵐を突き抜け、レイは部隊長の眼前にまで肉薄していた。
「邪魔なんだよ……どきなッ!!」
部隊長が反射的に構え直した、巨大なタングステンシールド。
先ほどヴォルクスの至近距離射撃すら無傷で防ぎ切った鉄壁の盾。
レイはその盾の中央へ、膨張した左義腕の掌を――叩きつけた。
ゼロ距離音響掌底!
バチィィィィンッッ!!
鼓膜を圧殺する重低音の破裂。
Heavy Metalの超絶トルクが、音叉の共鳴波とともにタングステン装甲へ一網打尽に雪崩れ込んだ。
グシャァッ!!
「ガ……!? 装甲変形率、七二パーセント……バ、カナ……!」
部隊長のカメラアイが激しく揺れた。
あの絶対の強度を誇った鏡面シールドが、中心からくの字にひしゃげ、接続されていた左腕フレームごと粉々にへし折れたのだ。
剥き出しになる、部隊長の分厚い胸部装甲。
「ヴォルクスのアニキの音はな……こんな安物の鉄板で止められるほど、軽かねえんだよ!」
レイは反動で空いたシールドの隙間へ、音叉ダガー『チューナー』を一閃させた。
装甲の継ぎ目、動力ケーブルの束へ切っ先が深々と突き刺さる。
「トラック・インジェクション――出力調整、二パーセント!!」
ガキンッ!!
左義腕に装填された深紅の奔流が、ダガーを通じて部隊長の巨体内へとダイレクトに逆流した。
ズガガガガガガァァァァンッ!!
部隊長の巨躯がガクガクと痙攣した。
装甲の内側、排気ダクトから、割れんばかりの爆音ヘヴィメタルが轟音となって漏れ出す。
歪んだディストーションと猛烈なツーバスの連打。
その凶悪な音響エネルギーは、だが肉体やフレームを粉砕するためではなく、レイの極限の出力調整によって、首筋に食い込んでいた「音響支配インプラント」の回路だけをピンポイントに駆け巡る。
バチチチッ! と激しい火花がバイザーの隙間から噴き出した。
赤く燃えていた二つのカメラアイが明滅し、やがてカチリと音を立てて消灯する。
「……ガ、フッ……」
部隊長の両腕から力が抜け、右腕のガトリングガンが重々しく床へ落ちた。
崩れ落ちる巨躯。
歪んだバイザーの隙間から、青白い顔をした中年男性の素顔が覗いていた。荒い呼吸を繰り返しながら、焦点の合わなかった瞳が、驚きとともにレイを見上げる。
「……儂は……何を……工場の、仲間たちは……無事なのか……?」
「安心して寝てな。あんたが壊したものは何ひとつないよ」
レイはダガーを静かに引き抜いた。
左腕のスロットから、熱を帯びたシリンダーがプシューッと白煙を吹き上げながら排出される。
空になったシリンダーを右手で受け止め、レイは肩で息をつきながら振り返った。
「……へへっ。どうよ、アニキ。いい音鳴ったろ?」
壁際で煙草を咥えたヴォルクスが、呆気にとられた顔のあと、豪快に白い歯を見せて笑った。
「がはは! 上等だ、坊主! デュークの親父のトラックを、まさか生身のガキがへし折るほどのトルクで使いこなすとはな!」
ヴォルクスが歩み寄り、レイの肩をバシッと力強く叩いた。
『……もう! 二人とも無茶苦茶やりすぎよ!』
インカム越しに、ノアの怒声と安堵の混ざった声が響き渡る。
『精錬所の警備システムは完全に沈黙したわ! 早く最下層のサイロからインゴットを回収して脱出しなさい! 巡回ドローンの増援が来るまで、あと十分もないんだから!』
「へいへい、怒るなってお嬢ちゃん。坊主、運ぶのを手伝え。腰を抜かすなよ、チタンの塊は骨身に沁みる重さだぞ」
「任せろって。今の俺の左腕なら、山ごと担げる気分だからな!」
*
深夜。
地下アジト『フリーク・ステーション』の作業場には、金属を叩く小気味よい音が響いていた。
「――はい、これでよし」
ノアが作業台から身を起こし、愛用のスパナを置いた。
机の上には、回収してきたチタン・タングステン複合インゴットで補強され、新品のバレルが組み込まれたヴォルクスの重散弾銃が、黒光りして横たわっている。
「チタンの放熱プレートを二重に噛ませておいたわ。これで【Heavy Metal】をぶっ放しても、そう簡単には焼き付かないはずよ」
「恩に着るぜ、お嬢ちゃん。いい仕事だ」
ヴォルクスが満足そうに銃を持ち上げ、慣れた手つきで構えを確かめる。
その隣の長椅子では、レイが腹をさすりながら大の字になって転がっていた。
「うぅ……食った……もう一歩も動けねえ……」
「情けない声を出すんじゃないよ、レイ」
皿を片付けていたジーナおばちゃんが、呆れたように笑いながら麦茶のグラスをテーブルに置いた。
テーブルの上には、空っぽになった巨大な土鍋。中身は、ヴォルクスとレイが平らげた大量の骨付き豚肉とニンニクが煮込まれた『肉骨茶』のスープだった。
「重いチタンを何十キロも背負って走ってきたんだ。これくらい平らげなきゃ、男の血肉にはならないよ」
「ジーナさんの肉は最高だけど……アニキが『もう一杯食え』って無理やり丼に盛るんだもん……」
「がはは! 前衛を張るなら胃袋から鍛え直せってこった!」
豪快に笑うヴォルクスと、顔をしかめながら麦茶をすするレイ。
その様子を横目に、ノアがレイの左腕のチタンシリンダーを小さなドライバーで念入りに点検しながら、ふっと柔らかな笑みをこぼした。
「……でも、まあ。今日のパス連携は、ちょっとだけ見直したわ」
「お、珍しいな。ノアが素直に褒めるなんて、明日は中層区にスープの雨でも降るのか?」
「……アンタね、次からトラックの出力調整を全部五〇パーセント増しにして、腕ごと吹き飛ばしてあげようかしら?」
「冗談だって! 痛い痛い、ドライバーを皮膚に押し当てるな!」
賑やかな怒声と笑い声が、薄暗い地下の空気を心地よく震わせる。
ヴォルクスは手入れを終えた散弾銃を愛おしそうに撫で、奥の部屋で新聞をめくるキースと視線を交わして小さく頷いた。
冷たいメトロノームに縛られたこの街の底で、俺たちのビートは、今日も確実に仲間を増やし、強くなっている。
満腹の腹を抱えて天井を見上げるレイの瞳には、かつて母を失った日の暗い影など微塵も残っていないかのように、澄んだ光が宿っていた。




