Case 2-1:鋼鉄の散弾(ヘヴィ・リフ) - 其の一 -
カチャリ、シャコン。
オイルの染みた布で拭き上げられた黒鉄の機関部が、鈍く重々しい金属音を立てた。
下層アジト『フリーク・ステーション』の作業テーブル。
筋骨隆々たる大男――ヴォルクスが、愛用する大型重散弾銃のボルトを慣れた手つきで引き、内部の薬室を覗き込んでいた。
その銃口の正面から、ひょっこりと顔を出したのはレイだ。
片目を瞑り、銃口の奥を不思議そうに覗き込んでいる。
「……おい坊主。何してやがる」
「いやさ、アニキ。これすげえよな。筒の向こうを覗くと、台所でジーナおばちゃんが肉を叩いてる姿がピンポイントで見えるぞ。新しい望遠鏡か?」
「散弾銃だ、この大馬鹿野郎!!」
ゴツンッ! とヴォルクスの太い人差し指から放たれたデコピンが、レイの額に直撃した。
「いってぇぇぇ!? 頭蓋骨が割れるかと思った!!」
「割れるか! 銃口を覗き込む奴がどこの世界にいる! 暴発したらその能天気な頭ごと消し飛ぶぞ!」
「だって筒の形してるじゃん! ほら、ノアの望遠鏡もこんな細長い鉄パイプだったし!」
床を転がりながら額を押さえるレイに、カウンターの奥からジーナおばちゃんが苦笑しながら湯気の立つ大皿を運んできた。
「はいはい、そこまでだよ。男の小競り合いは胃袋を満たしてからにしな」
ドンとテーブルに置かれたのは、拳骨ほどもある大ぶりの肉団子がゴロゴロと入った、真っ赤なトマトシチューだった。濃厚なスパイスと肉汁の香りが鼻腔をくすぐる。
「うおぉぉっ、肉だ!!」
「がはは、ジーナの飯はいつ見ても気前がいいな」
レイとヴォルクスは椅子を並べ、木製スプーンを猛烈な勢いで動かし始めた。
ヴォルクスはレジスタンス『ディソナンス』の前衛を務めるアタッカーだ。このサイバーパンクの時代において、身体への機械化改造を頑なに拒み、完全な生身の肉体と腕力、そして手入れの行き届いた重火器だけで前線を切り拓いてきた歴戦の猛者である。
肉団子を丸ごと一つ咀嚼しながら、ヴォルクスが喉を鳴らして水を煽った。
「キース。例の仕事のブリーフィングを頼む」
奥の通信卓から、リーダーのキースが煙草を咥えたまま図面を広げた。隣には、新調した真空管のチェックを終えたノアが有線インカムを耳にかけて座っている。
「ターゲットは、中層と下層の境界にある『旧重工業第三精錬所』だ。かつて軍用サイボーグのフレームを鋳造していた場所で、今もAIアポロンの管理下にある」
「あんな鉄屑の塊に、何か用があるのか?」
「地下の保管サイロに、高純度のチタン・タングステン複合インゴットが眠っている。アジトの防壁補強、そしてレイの義腕や仲間たちのギアのスペアパーツを鋳造するために、どうしてもまとまった量が欲しい」
キースの言葉に、ノアが通信卓のモニターを指差した。
「精錬所は現在、オートメーション化されたドローンと、アポロン直属の重巡回部隊が警備してるわ。電波監視網を避けるため、外壁の冷却ダクトから有線ケーブルを垂らして、私がアジトからルート案内する。……ヴォルクス、アンタのトラックは用意できてる?」
「ああ、抜かりねえよ」
ヴォルクスは腰の革製弾帯から、チタン製の重厚なシリンダーを一本抜き取った。
ガラススリットの奥で渦巻いているのは、血のように濃い深紅の共鳴流体。
裏の職人デュークが焼き上げた、ヴォルクス専用の特製トラック――【Traditional Heavy Metal】。
レイのように身体の義肢に装填するのではない。ヴォルクスはこのシリンダーを愛用の重散弾銃の拡張チャンバーに直接叩き込み、鋼鉄の散弾とともに爆音のヘヴィメタルをぶっ放す。神経負荷を負わない代わりに、銃身が焼き付く限界と、生身の肩を破壊しかねない暴力的な反動を己の筋力だけでねじ伏せるという、狂気の荒技だった。
「よし。坊主、腹ごしらえは済んだか」
「バッチリだ。肉団子五個食ったから、今の俺は鋼鉄より頑丈だぜ」
「言ってろ。足引っ張ったら、ケツを撃ち抜いて精錬炉に放り込むからな」
「勘弁してくれよ、アニキ」
*
チ、チ、チ、チ――。
境界区の雨は、鉄錆と油の臭いが混ざり合って重たく肌にまとわりつく。
聳え立つ旧精錬所の巨大なシルエット。外壁には太い排熱パイプが幾重にも張り巡らされ、規則正しい機械の排気音が、街のメトロノームと完全に同期して低く唸っていた。
「――有線ライン接続、完了」
レイは排気口の隙間に有線ジャックを押し込み、耳のレシーバーに手を添えた。
『二人とも、聞こえる?』
アジトのノアからの声が、クリアに鼓膜を揺らす。
『冷却ダクトのファンが、BPM 120の拍子に合わせて四秒ごとに一瞬だけ逆回転するわ。そのタイミングで潜入しなさい』
「了解だ、お嬢ちゃん」
ヴォルクスが散弾銃を構え、レイに顎で合図する。
三、二、一――逆回転の瞬間、二人は滑り込むようにダクトをすり抜け、精錬所の内部へと足を踏み入れた。
中は、赤黒い溶鉱炉の熱気と煤煙が立ち込める巨大な鉄の迷宮だった。
頭上を流れるトロッコ、軋むクレーン。
そして――。
ギチ、ギチ、ギチ……。
通路の奥から、無数の硬質な駆動音が響いてきた。
暗がりから姿を現したのは、全身を武骨な装甲で覆った六足歩行の迎撃スパイダーと、手にアサルトライフルを構えた四体の哨戒サイボーグ兵。
胸部のスピーカーから、感情のない合成音声が一斉に響き渡る。
「未認可生体反応ヲ検知。即時、熱源排除プロトコルヘ移行」
『敵の増援が来る前に突破して! 保管サイロはフロアの最下層よ!』
ノアの鋭い声が飛ぶ。
「おい坊主」
ヴォルクスが重散弾銃のフォアエンドをガシャリと引いた。口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。
「ステップ踏むのは勝手だが、俺の散弾の射線にケツを出すんじゃねえぞ」
「アニキこそ、俺の頭をかすめないでくれよ?」
レイは音叉ダガー『チューナー』を逆手に抜き、右手のアナログ・ハンドガンの撃針を起こした。
「行くぜ、アニキ!」
「オラァッ、吹き飛びな!!」
赤黒い熱気の中、生身の男と音叉の少年が、鋼鉄の群れへと躍り出た。




