第4話:熊の刺客、最果てに散る
「若殿! 大変にございます! 街道から、龍造寺の軍勢がこちらに向かっております!」
南蛮船から降ろしたばかりの鉄砲を検品していた俺のもとに、物見(偵察兵)が血相を変えて飛び込んできた。
付き添っていた栄門の顔から、一瞬で血の気が引く。
「な、何と……! やはり『死んだふり』は見破られていたのですか!?」
「いや、落ち着け栄門。旗印は何だ? 数は?」
「旗は龍造寺の十二日足! ですが、本隊ではなく、当主・隆信の直属たる小河信安率いる、精鋭の騎馬・足軽およそ百五十でございます!」
「百五十か……」
俺はふっと息を漏らし、口元を吊り上げた。
見破られたわけではない。
本隊が二千以上だったことを考えれば、百五十という数は、落ち武者となった俺の首を確実に実検(確認)するため、あるいは「本当に少弐は壊滅したか」を確かめるために放たれた追撃の刺客、いわば『お掃除部隊』だ。
そして何より、敵は俺たちが『鉄砲を五十挺も持っている』ことを露ほども知らない。
「上等だ。油断しきった龍造寺の精鋭、ここで全滅させる」
「全滅!? 若殿、我が方は手負いの三百。数こそ勝っていますが、向こうは龍造寺の精鋭にございますぞ!」
「栄門、戦争は数や武勇で決まるんじゃない。『情報』と『戦術』で決まるんだよ。……おい、動ける者を全員集めろ。今からこの長崎の地形を地獄に変える」
長崎の村へ続く一本道は、両側を切り立った崖と鬱蒼とした森に囲まれた、細い谷状の地形になっている。
大軍を通すには不向きだが、少数の敵を誘い込んで殲滅するには最高の『キルゾーン(殺傷地帯)』だ。
俺は兵たちに指示し、街道の要所に泥を深く塗った逆茂木(防護柵)を急造させた。
さらに、南蛮船から仕入れたばかりの鉄砲五十挺を、崖の上の茂みに二十五挺ずつ、左右に分けて配置する。
「いいか、絶対に焦って撃つな。敵が一番奥の罠に引っかかり、大混乱になった瞬間を狙うんだ」
やがて、カツカツと馬蹄の音を響かせ、甲冑を血で汚した龍造寺の軍勢が谷へと進入してきた。
先頭を行くのは、筋骨逞しい猛将、小河信安だ。彼は周囲を警戒することもなく、傲慢に笑っている。
「ふん、少弐の哀れな生き残りどもめ、こんな僻地の漁村まで逃げておったか。名門の血筋も、熊公(隆信)の前ではただの獲物よ。小僧の首を上げ、佐賀城へ持ち帰るぞ!」
敵の全員が、完全に谷のど真ん中へと入り込んだ。
その瞬間、先頭の馬が、俺たちが仕掛けた泥の落とし穴に足を取られて転倒した。
「ぬおっ!? 何事だ!」
「今だ、放てーーーっ!!」
俺の号令とともに、崖の上から凄まじい爆音が轟いた。 バリバリバリッ!!!
戦国初期のこの時代、一度に五十挺もの鉄砲が、しかも至近距離から一斉に掃射されるなど、龍造寺の兵にとっては経験したことのない恐怖だった。
火花と白煙が谷を満たし、先頭の小河信安を含む十数人が、一瞬で蜂の巣になって崩れ落ちる。
「ひ、悲鳴を上げるな! 応戦しろ!」「どこからだ!? 敵は何人いるんだ!?」
大混乱に陥る龍造寺軍。馬は銃声に狂って暴れ回り、狭い谷の中で味方同士が踏みつけ合う地獄絵図が完成した。
俺はすかさず、事前に用意させていた火薬樽(硝石の空き樽に余った黒色火薬を詰めた簡易爆弾)に火をつけ、崖の上から敵のど真ん中へと投げ落とさせた。
ドガァーーン!!! 凄まじい爆発音と土煙。
これには百戦錬磨の龍造寺の精鋭も、完全に戦意を喪失した。
「化け物だ! 少弐の若殿は悪魔に魂を売ったぞ!」
「退け! 退却だーーーっ!」
「逃がすな! 栄門、足軽隊を突撃させろ! 一人も生かして返すな!」
「は、ははっ! 者ども、若殿に続けーーーっ!!」
勝ちを確信した少弐の兵たちが、雄叫びを上げて崖の上から崩れ落ちる敵へと襲いかかる。
一時は滅亡寸前まで追い詰められた落ち武者たちが、圧倒的な火力と奇襲によって、龍造寺の精鋭百五十人を文字通り『完封』した瞬間だった。
静まり返った谷底。
死体の山を見下ろしながら、栄門はガタガタと震える手で刀を納めた。
「若殿……我らは、とんでもない化け物を主に持ってしまったのかもしれませぬ……」
「褒め言葉として受け取っておくよ。さて、栄門」
俺は小河信安の首級を冷ややかに見つめながら、次の指示を出した。
「この死体、全部服を剥ぎ取って、龍造寺には『長崎の激しい嵐と土砂崩れで行方不明になった』ように見せかけろ。俺たちの『死んだふり』は、まだまだこれからだ」




