第5話:白い悪魔、商人の街を狂わせる
「……若殿、これが本当に『砂糖』なのでございますか?」
長崎の急造された作業場で、筑紫栄門が皿の上の「それ」を凝視しながら、信じられないといった様子で声を震わせた。
皿の上にあるのは、雪のように純白で、サラサラと輝く結晶の粉末。
現代人にとっては見慣れたただの上白糖だが、戦国時代の人間にとっては、文字通り国家を揺るがすレベルの『オーパーツ』だった。
当時の日本において、砂糖は南蛮船や明の船からごく少量だけ輸入される超高級品であり、しかもその大半は黒砂糖か、不純物が混じった茶色い塊だ。
薬としても重宝されるほどの貴重品を、俺は現代の精製知識――「石灰法」と「炭酸カーボン法」を応用した独自の濾過技術で、純度100%の『純白の砂糖』へと変えてみせたのだ。
「そうだ。南蛮人や京の公家どもが、文字通り狂ったように欲しがる『白い悪魔』さ」
「なんという美しさ……。しかし若殿、石鹸の次は砂糖ですか。我らは武士、このような商人の真似事ばかりで本当に龍造寺に勝てるのですか?」
「栄門、まだ分かってないな。これを見てみろ」
俺は長崎の入り江を見下ろす高台へと栄門を連れ出した。
そこには、前回のジョアンの商船との取引を聞きつけ、密かに集まってきた複数の博多商人や、南蛮の密貿易船がひしめき合っていた。
彼らは皆、少弐家が作った「奇跡の泡立つ石鹸」を買い占めようと、目の色を変えて長崎に押し寄せてきたのだ。
「彼らは皆、少弐家のブランドに群がる利権の奴隷だ。今の長崎は、周囲から見ればただの荒れ果てた漁村。だが、その実態は『少弐家が独占する世界最高峰のハイテク工場』なんだよ」
俺はさらに、砂糖の精製ラインの横で開発を進めていた、もう一つの特産品を指差した。
それは、地元の安価な芋や米を原料に、現代の「単式蒸留器」の仕組みを使ってアルコール度数を極限まで高めた『高純度スピリッツ(蒸留酒)』だ。
当時の濁った酒とは違い、火をつければ燃えるほどの透明な美酒。これも南蛮人たちの喉を狂わせる最高の兵器になる。
「石鹸で衛生を支配し、砂糖で脳を狂わせ、強い酒で理性を溶かす。これらすべてを、この『長崎』でしか作れないブランドにするんだ」
「……恐ろしい。若殿は、力ではなく、欲望で世界を支配されるおつもりか」
「綺麗事は勝ってから言うさ。おい、商人たちを呼べ。競売を始めるぞ」
その日の夕方、長崎の浜辺で行われた秘密の競売は、まさに狂乱の宴だった。
俺が差し出した一掴みの白い砂糖と、美しく輝く透明な酒。
一口舐めた博多の豪商たちは「これは神の粉か!?」「いくら出せば独占できる!?」と互いに怒号を上げ、持参した金銀の山を俺の足元へ次々と積み上げていった。
「若殿! 大変です! 本日の取引だけで、我が少弐家の年間予算の十倍以上の金銀、そして注文した鉄砲の頭金が手に入りました!」
「ふん、当然だ。栄門、この金でさらに職人を囲い込み、長崎の周囲に強固な土塁と鉄砲砦を築け。ここはもう、ただの漁村じゃない」
誰も価値に気づいていなかった最果ての地・長崎は、わずか数ヶ月で、莫大な富と最新兵器が循環する「秘密の要塞都市」へと急変を遂げていた。
一方その頃、佐賀城の龍造寺隆信のもとには、不穏な報せが届いていた。
「信安の部隊が、長崎の嵐に巻き込まれて全滅……? 少弐の残党ごときにそんな力があるはずもない。長崎に、何か『得体の知れない怪物』が潜んでいるのではないか?」
隠しきれない富の匂いが、ついに周囲の巨獣たちを刺激し始める。
少弐冬尚の、本当のサバイバルがここから始まろうとしていた。




