第2話:最果ての漁村と、悪魔の白い粉
「……ここが、若殿の仰る『約束の地』でございますか?」
数日間の逃避行の末、長崎の地にたどり着いた宿老・筑紫栄門は、心底がっかりしたような声を漏らした。
無理もない。
目の前に広がるのは、数軒の粗末な小屋と、波に揺れる小舟があるだけの寂れた漁村だ。
史実で世界屈指の貿易都市となる面影は、今の長崎にはどこにもない。
「そうだ。ここが俺たちの反撃の拠点だ」
「しかし、このような僻地で何をするのです? 畑を耕すにも、土が痩せておりますぞ」
「農業なんて地味なことはしないさ。栄門、まずは村の漁師たちを集めてくれ。それと、灰と、油と、大量の『海水』が必要だ」
俺が最初に目をつけた現代知識チート。
それは『石鹸』の製造だった。
大航海時代の南蛮人(ヨーロッパ人)は、何ヶ月も船に揺られて不衛生な環境にいる。
当然、病気も流行るし、彼ら自身も強烈に臭う。
当時、ヨーロッパでも石鹸は貴重な高級品であり、日本でも一部の特権階級しか持っていない超レアアイテムだ。
これをこの最果ての地で大量生産し、やってくる南蛮船に売りつければ、ボロ儲けできる。
作り方は前世の動画サイトで見た知識がある。
海水を煮詰めて濃い食塩水を作り、そこに木灰(水酸化カリウム)を混ぜる。
さらに、クジラや魚から取れる動物性油(あるいは椿油など)を混ぜて、ひたすら加熱しながらかき混ぜるのだ。
「若殿……本当にこれで金が稼げるのですか? 兵たちは『若殿が泥遊びを始めた』と不安がっておりますが」
「黙って混ぜろ、栄門。あとで腰を抜かすなよ」
数日後。 試行錯誤の末、木製の型に流し込んで乾燥させた「白い塊」が完成した。
現代の高級石鹸には劣るが、汚れを落とす洗浄力と、魚油の臭いを消すために少し混ぜたミカンの皮の柑橘系の香りが、泥だらけの廃屋に広がった。
「よし、これで第一段階は完了だ」
俺が完成した石鹸を手に満足げに笑っていると、見張りの兵が息を切らせて駆け込んできた。
「わ、若殿! 沖合に巨大な黒い船が……! 南蛮の、南蛮の商船がこちらに向かっております!」
「来たか!」
俺はガタリと立ち上がった。
史実のデータを引き出せば、この時期にこの海域をポルトガルやスペインの商船が通過することは分かっていた。
彼らはいつも大友家や島津家の港へ向かうが、この長崎の深い入り江は、嵐を避ける天然の良港でもある。
俺はあえて、海岸で大きな狼煙を上げさせ、彼らを誘い込んだのだ。
「栄門、石鹸を持って海岸へ行くぞ。少弐家の『外交チート』の始まりだ」
ボロボロの着物の下に、名門のプライドを隠し持った俺は、波打ち際へと歩き出した。
沖合に見える巨大なガレオン船。
あの船に積まれた金銀、そして鉄砲を、俺はこの『悪魔の白い粉』で全て巻き上げてやる。




