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第14話 「写真を託す」


休みの日。

恒一さんは、遅番で13時出勤だ。

こんな日の朝はゆっくりしている。

だけど、今日はのんびりしていられない。


今日は、義妹になる人が来ると言う。

彼女は恒一さんの妹、美咲さんだ。

両家顔合わせは9月だった。

その時に、顔を合わせて以来だ。


お昼には、着くと言う。

今日の夜は、彼を待たないで食べるほうがいいよね。


最初は、外食でもいいと思っていた。

でも、それもすぐにダメだとわかった。

恒一さんが、遅番だ。

23時前の帰宅で、外食はない。



1週間前、夕ご飯を食べながら恒一さんが言った。


「美咲が来るらしい」


「え」

「ここに?」

「いつですか?」

「何時に?」


あ…、矢継ぎ早に聞くんじゃなかった。

こんな風に聞くと恒一さんの答えは、いつも適当になる。


「来週?」


そんな大雑把な!

やっぱり、適当だった。


「それだけしか、情報はなんいんですか?」


「うん」


ああ、ご飯を食べているときに聞いてはいけない。

こういうときも、「うん」しか言わない。


お腹が、落ち着くまで、待つしかない。


箸の動きが、少し遅くなった。

こちらから、急かさない。

聞いているのは、わかっているから。



「たぶん……金曜日?」


「……たぶん?」

「ちゃんと、聞いてない?」


「聞いた気はする」

「仕事中だったから」


「…………」

「じゃあ、私から長野へ連絡してもいい?」


「うん」

「でも、ひよが休みの日に合わせるみたいなことを言ってた気がする」


気がする……




そうして、私は今日、駅まで美咲さんを迎えに行く。

お昼過ぎに、着くと言うので今向かっている最中だ。


ちょっと、緊張している。

恒一さんの家族に会うというのは、何かの評価の対象になっているような気がして。


気が合うといいな。

そんな気持ちも同時にあった。



事前の打ち合わせ通りに、改札で待っていると美咲さんらしき若い女性が改札の向こうで手を振っている。


「お義姉さん!!」


おねえさん……

なんだか、くすぐったい。


走ってくる。

パワフルだ。

長野育ちらしく、寒さに慣れている感じがした。

モコモコじゃないけど、首回りと足周りはしっかり守っている。

プロだわ。


「美咲さん。久しぶりです。元気でした?」


「やめてください。美咲でいいです」

「だって、お義姉さんなのに。さん付けされると、ちくちく刺さるセーター着たみたい」


その、陽気な可愛らしさに、私は美咲ちゃんが、すごく好きになった。

自分に、兄弟がいないからか、妹って想像がつかなかったけれど。


「じゃあ、美咲ちゃんって呼んでもいい?」


「もちろんです!」


駅ビルを出る前に、お昼は食べたかと確認すると、まだだと言う。

この近くで、軽く昼食を摂ることにした。




駅前広場に面するカフェの中は、とても暖かい。

壁がガラスなので広場全体が見える。

ガラス窓に沿ってカウンターテーブルがあり、広場を見渡せる席はパーティションで仕切られている。

その席には、ノートパソコンを開いて仕事をしている人が多い。


私たちは、ふたり用のテーブルに着いた。

パスタを前にして、美咲ちゃんが言った。


「お兄ちゃん今日仕事なんですよね?」


「うん。ごめんなさい。せっかく会いに来てくれたのに」


「全然。わたし、お兄ちゃんに会いに来たんじゃありません」

「お義姉さんに、会いに来ました」


そう言って、かわいい笑顔を見せた。



食後のコーヒーを飲みながら、美咲ちゃんがテーブルに両手をついて、ほんの少し身を乗り出して言った。


「お兄ちゃん、ちゃんと喋ってます?」


「は?」


喋っているとはどういうことか。

恒一さんは、無口ではあるけど出会った時からあのままだ。

あれが、普通だ。


「喋ってると思うけど……」


「喋ってるなら、よかったです」


何がよかったのかは、わからないけれど。

私には、口の軽い恒一さんは、想像できないから。


彼は、長野にいるころ、どんな感じだったのだろう。

聞かなくても、美咲ちゃんが話してくれるだろうと、なぜか確信していた。



2


家に入っての美咲ちゃんの第一声に、「わかる」と思った。


「お兄ちゃん、ちゃんと暮らしてる」


「でしょう?前の部屋行ったことある?」


ダイニングからリビングの手前まで行って、美咲ちゃんは言った。


「行ったことあります。わたしはまだ、中学生くらいだったと思う」

「4年暮らしてる割に、何もなかったと思う」

「ママも呆れてたから」


「私も、あまりに簡素で静かで、そういうのが好きなのかと思ったんだけど」

「意外となんでもありだった」


ダイニングで、お菓子を出しながら、ポットのスイッチを入れた。


「寒いでしょ?こたつ入って」


「うん」


彼女のコートとマフラーを受け取って、隅に置いたポールハンガーに掛けた。


「寝るためだけの部屋だって、お兄ちゃん言ってたから」


美咲ちゃんは、まだ部屋を見回している。


「あんまり、こだわりないんだなって、今はそう思ってるんだけど」

「ひょっとしたら、私がゴテゴテいろいろ置いたりするの我慢してたりして?」


美咲ちゃんは、声をたてて笑った。


「我慢はしないと思うなぁ」

「わたしが何か言うと、“うるさい”っていつも言ってるし」


「それもそうか」


私は、少し安心した。


恒一さんは、我慢しているのではなく、たぶん本当に気にしていないのだ。


「美咲ちゃん、晩ご飯なんだけどね」


「はい」


「恒一さん、今日は帰りが遅いでしょう?だから、私たちは先に食べてもいいかなと思ってるんだけど」


「あ、もちろんです」


「お兄ちゃんに合わせてたら、夜食になっちゃいますよ」


美咲ちゃんは、こたつに足を入れながら、当然のように言った。


「うちでもそうです。お兄ちゃん、帰る時間が読めないから」


「ママも、待たない時は待たないって決めてました」


その言い方が、なんだか朝倉家らしかった。


待つことと、大事にすることは、同じではないのかもしれない。


「じゃあ、夕方に一緒に作ろうか」


「手伝います」


「料理は、得意じゃないけど」


「大丈夫。私も、まだ修行中だから」


そう言うと、美咲ちゃんは嬉しそうに笑った。


「でも、お兄ちゃんのご飯は残しておくんですよね?」


「うん。温めたら食べられるようにしておくつもり」


「それ、お兄ちゃん絶対うれしいです」


「顔には出ないけど」


「出ないんだ」


「出ません」


きっぱり言われて、私は笑ってしまった。


外は、ずいぶんと暗くなって、夕ご飯の準備をした。

今日は、クリームシチューにしようと決めていた。

サラダは、コールスロー。

でも、恒一さんは、これでは絶対足りないので、彼にはチキンソテーも出す。


「じゃあ、美咲ちゃん、キャベツ切ってもらっていい?」

「私、シチューするから」



美咲ちゃんが、キャベツとコーンを和えながら、首を傾げた。


「お兄ちゃん、これ絶対おかわりするね」


「シチューもチキンもあるから、大丈夫でしょ」


「んーん。パンも多めに出しとこ」


恒一さんは、ご飯の方が好きでパンだけでは物足りないかもしれないと思って言った。


「バターライスも作ろうかな。彼はご飯の方が好きだし」


「お義姉さん、そこまでする?」


「え」


「出したら出しただけ全部食べちゃって、パンもご飯も両方になっちゃうよ?」


「そんなに?」


「そんなに」


「大学生のときは、お兄ちゃんボートやってたからか、すごい食べてた記憶あるよ」

「私は、まだ小学生だったけど」

「お皿まで食べるんじゃないかって、ママがよく言ってたもん」


その言い方がおかしくて、ふたりでくすくす笑った。




19時頃、美咲ちゃんとふたりで、夕ご飯にした。

テーブルに、シチューとコールスロー、チキンは美咲ちゃんと半分こにした。


スプーンですくったシチューは、具がごろっとしていて、ほっとする温かさが広がった。


「美味しい!お店のみたい」


「それは言い過ぎ」


そう言いながらも、少し嬉しい。


「ママも冬はよくシチュー作ってる」


「あったまるもんね」


チキンを一切れかじると、表面は香ばしくて、中は柔らかい。


「これ、お兄ちゃん絶対好きなやつだ」


「そうかも」


ふたりで、他愛もない話を続けるけれど、内容は全部恒一さんだった。

外の暗さを忘れるくらい、テーブルの上だけ暖かくて明るかった。



食事のあと、恒一さんの分を深めの皿に取り分けて、チキンも一枚残した。

ラップをかけて冷蔵庫に入れる前に、美咲ちゃんが覗き込む。


「やっぱり、これだけじゃ足りないかも」


「え、まだ?」


「念のため、パンも置いとこ」


そう言われて、私は笑いながらパンを二つ、袋から出した。



洗い物を済ませて、お茶を淹れ直した。

時計を見ると、20時を少し過ぎている。


こたつに戻ったところで、ふと思い出した。


「そうだ、美咲ちゃん」

「うん?」

「フォトウェディングの写真、見る?」


「見る!」


フォトウェディングのアルバムをこたつの上に広げて、美咲ちゃんと並んで座る。


1枚目は、白いドレスとタキシードで、きちんと並んだ写真。


「わぁー、お義姉さん、綺麗!このドレスも素敵」

「やっぱり、お兄ちゃんちょっと硬いよね」


「うーん。写真撮りますよってカメラ構えられるの得意じゃないみたい」


「うん。ママもいつも言ってる」

「写真が全部、無表情」


次のページは、指輪を交換している瞬間で、私の指に彼が指輪を挿しているところが、切り取られている。

ページをめくると、色打掛と紋付袴で、並んだ1枚。

そのあとに続くのは、私が少しだけ涙ぐんでいる写真。

頬に伝いそうになった涙を、恒一さんが指先でそっと拭ってくれている。


「これ、すごくいい」

「お兄ちゃん、こんな顔するんだね」

「なんか、いつもより頼りがいがある顔してる」


「そう?」


美咲ちゃんが、笑いながらつぶやいたので、私もつられて笑った。


「これで最後かな?」


最後の写真は、色打掛の柄を見せるための1枚で、彼と並んで歩く後ろ姿を撮ったものだった。

そして、美咲ちゃんが首を傾げた。


「そういえば」


「うん?」


「お姫様抱っことかなかったの?」


私は、思わず噴き出した。


「なんで知ってるの?」


「だって、フォトウェディングってそういうのあるでしょう?」


悪戯っぽく笑いながら、身を乗り出してくる。


視線をそらして、アルバムの余白を指先でなぞりながら、観念して頷いた。


「あったよ」


「えっ!やっぱりあるんだ!」


目をキラキラさせる美咲ちゃんに、私は苦笑いを返す。


「でもね、ボツになった」


「え、なんで?絶対かわいいのに」


「ふたりとも顔が……変だったの」


おもいだして、じわじわ恥ずかしくなってくる。


変な力の入り方をした笑顔と、こわばった腕の感じまで、全部蘇ってしまう。


「見たい!」


「やだ。見せない」


食いつくように身を寄せてくる美咲ちゃんから、アルバムをそっと引き寄せて、私は首を横に振った。

ページの向こう側で眠っている数枚は、ふたりだけの秘密にしておくつもりだった。


「ママにも見せたいな」

「長野に持って帰っていい?」


ページをそっと撫でながら、美咲ちゃんは顔を上げた。

私は、こたつの上に開いたアルバムを見下ろした。

白いドレスも、色打掛も、隣に立つ恒一さんも。

どれも、私にとってはまだ新しい宝物だった。


でも、それを長野の家で見てもらえるのだと思うと、不思議なくらい迷いはなかった。


「もちろん」


私は頷いた。


「それぞれの家に渡す分も作ってあるの。ひとつはお義父さんとお義母さんにって思ってた分だから」


「やっぱり…ママ絶対泣くなあ」


美咲ちゃんが、少し照れ臭そうに笑う。

その横顔を見ながら、私も胸の奥がじんわり温かくなった。



そして、美咲ちゃんが少し遠慮がちに言った。


「ママがね」

「ひよりさんなら見せてもいいんじゃないかって」


そう言って、バッグから封筒を取り出した。

中には、数枚の古い写真が入っていた。


赤ちゃんの美咲ちゃんを抱く、11歳の恒一さん。

このころから、本当にきれいな顔をしていたのね。

赤ちゃんを落としたらいけないと、必死な顔が真面目な性格そのままで、思わず笑ってしまう。


小学生になった美咲ちゃんの運動会。

写真の端で、荷物を持って立っているだけの高校生の彼。

「家族行事に巻き込まれた」感が窺える1枚。

でも、ちゃんとそこにいるのが、あたたかい。


大学生の恒一さん。

ああ、このTシャツは知ってる。

黒い、今ではヨレヨレのシャツ。

ボート部の写真だった。

日焼けして、今より少し細いのに、目だけは今と変わらなくてまっすぐで。

お義母さんがこの写真を大事にしているんだなとわかる写真だった。


4枚目、最後の写真は中学生の美咲ちゃんと、社会人になったばかりの恒一さん。

玄関前でピースする美咲ちゃんの横で、無表情に見えるのに、口元が少しだけ緩んでいるのを見つけてしまって、胸の奥がじんわり熱くなる。


この人は、ずっと家族に大事にされて、そして家族のことを大事にしてきたんだと、写真越しに伝わってくる。


「これ、ママが選んだんです」

「お兄ちゃんがかっこよく写ってる写真じゃなくて」

「お兄ちゃんらしい写真」


美咲ちゃんは、少しだけ照れたように笑った。


私は、もう一度写真に目を落とした。

無表情で、少し不器用で、でもちゃんとそこにいる人。


「……わかる気がする」


そう答えると、美咲ちゃんは嬉しそうに笑った。


挿絵(By みてみん)


3


玄関の鍵の音がして、リビングの空気がふっと動いた。


「帰ってきた」


こたつに入っていた美咲ちゃんが、パッと顔を上げた。

私は立ち上がって、ダイニングへ向かった。


「おかえりなさい」


「ただいま」


リビングに入った恒一さんは、美咲ちゃんを見て言った。


「来てたのか」


「来てたのか、じゃないよ。ちゃんと連絡したでしょ」


むくれた声に、彼は小さく息を吐いてから、こたつの上を見下ろした。

古い写真が数枚、アルバムとは別に置いてある。


「……なんで、これがここにあるんだ」


責めると言うより、本当に不思議そうな声だった。


「ママ公認」


美咲ちゃんが、得意げに胸を張る。


「お義姉さんにも見せてあげてって」


恒一さんは、わずかに眉を寄せて、けれど目元はどこか照れくさそうに緩む。


「余計なもの持ってくるな」


言い方は、ぶっきらぼうなのに、声にはとげがない。


「でも、嬉しかったです」


温めたシチューをテーブルに並べながら、私はそっと口をはさんだ。


「見せてもらって、どれも、すごく素敵でした」


「面白くもなかっただろ」


ぼそりとつぶやく横顔に、私は笑って言った。


「面白かったです」


「おい」


美咲ちゃんは、また声を立てて笑っていた。



遅い夕ご飯を食べる恒一さんに、美咲ちゃんが楽しそうに声をかける。


「お兄ちゃん、パンもご飯も両方食べる?」


「食べない」


そう言っていたのに、結局両方食べる恒一さん。


美咲ちゃんは、私を見て”ほらね”と目で訴える。

それを見て、私はおかしくなって、思わずくくっと声が出た。


私を見た恒一さんが、「なに?」と言って、そのあと妹を見る。


「お前か」

「また、余計なこと言ったな」


「何も言ってないもん」


そう言って、うそぶいた。



食器を下げ終わる頃には、こたつに戻った美咲ちゃんのまぶたが、とろんと重くなっていた。


「そうだ」


ふと思い出して、私はダイニングチェアの横に置いていた紙袋を持ち上げた。


「これ」


「うん?」


恒一さんと、美咲ちゃんが同時にこちらを見る。


「長野に持って帰ってほしいの」


紙袋から、フォトウェディングのアルバムを取り出す。


恒一さんは、少しだけ目を見開いて、それから視線を落とした。


「……ありがとう」


短く、それだけ。

けれど、その声色が嬉しさをそのまま連れてきているみたいだった。


横で、美咲ちゃんが、ぽかんとした顔のあと、ふんわり笑う。


「ママ、絶対喜ぶ。ありがと。お義姉さん」


私は「お願いします」と頭を下げて、ふたりの間を満たす、あたたかい空気をそっと見守った。


こたつの上には、古い写真と、新しいアルバムが並んでいる。


どちらも、私の知らなかった恒一さんと、これから一緒に歩いていく恒一さんを、静かに映していた。



ひより日和 婚約編 第14話 「写真を託す」おわり

明日は、更新できなさそうです。ごめんなさい。




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