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第11話 「隙間から見たクリスマス」

1


冬至が近付いている。

夜明けも遅く、日暮れも早い。

気温も下がって、10度ない日も多くなってきた。


大蔵屋百貨店の総合インフォメーションカウンターは、正面玄関のすぐそばにある。

玄関ドアは2重だが、人の出入りが多くなると、時々冷たい風が入ってきて、足が冷える。



9時。

1階へ下りると、恵美はもうすでにカウンターの中にいた。

遺失物台帳の整理も終わった後のようだった。


そして彼女は、見ている。

考える。

また見る。

私が近付いていることにも、気が付いていない。


「おはよ」

「なんか、今日早いね?」


恵美は、パッと顔を上げて、見ていた冊子をサッと閉じる。


私は、小さなトートバッグを、カウンター下の棚に入れながら、何を読んでいたのかと思ってちらりとカウンターへ目をやった。


【クリスマス・セレクション】


サービス案内の小冊子は、通年でインフォメーションカウンターに置かれている。

他にも、エスカレーター横のラックや出入り口にも。


12月は、クリスマスとお歳暮商戦で、いつもより冊子が多い。


「おはよ」


恵美が何事もない顔で言った。


「クリスマスプレゼント?」

「神田さんに?」


「え……」

「見たわね?」


そう言いながら、恵美は「クリスマス・セレクション」を下の棚に入れた。


「何にするか、決まった?」


普通に聞いた。

だって、恋人ならプレゼントは当然交換するものだと思ったから。


「なんで、そう思うの?」


「え。あげないの?」


「そうは言ってないけど」


「じゃあ、休憩時間に一緒に行こうよ」

「5階。私も見たいし」

「6階のスポーツ用品でもいいかも」


「うん…」


なんだか、目を合わせてくれないところが、怪しい。


「気が進まない?」


恵美は、すぐに首を振って言った。


「いや、そうじゃないんだけど」

「重くならない?」


ん?重くなる?


「なにが?」


「ほんと、あんたは、鈍いわね」


恵美はため息をついて、こちらを見る。


「プレゼントを渡すのが、重いってこと?」

「なんで?」


「……朝倉さんは、可愛いだろうね、素直だから」


「かわいい?」


両手を頬に当てて、ニヤけてしまった。


「そういうところよ」


恵美は、薄く笑ったあと、また、素の表情に戻った。


「亮に、何かあげたいとは思ってる」

「でも、張り切ってるみたいに見えるのは、なんか嫌」


「張り切っていいじゃん」

「好きな人のことを考えるのは、重くないと思う」


恵美は、半眼になりながら言った。


「……やっぱり、可愛いわ。あんた」


「あ!10時だよ!」


館内にBGMが響いた。


正面玄関で、外でお待ちのお客様を出迎える。


「恵美!行こう」



重いなんて言いながら、もう何を贈るか考えている。

それなら、答えは決まっている気がした。




休憩時間に、恵美と5階へ行く。

私は、何をプレゼントするかは、だいたい決めてある。

そんなに、慌てなくていい。


それに、冬休みが始まっていない学校がまだ多い時期で、館内も落ち着いている。

恵美も買うなら、今のうちがいいと思うけど。


5階フロアを歩き回って、革の小物売り場あたりで、足を止めた。


パスケース、キーケース、名刺入れ、メガネケース、ペンケース……


恵美は黒ばかりに、目を向けている。


「神田さんは、黒が好きなの?」


「黒もだけど、最近はネイビーかな」


恵美は、展示してあるキーケースを手に取って、広げている。


「艶消しのがいいかも」

「金具は真鍮より、シルバーのがいいと思う」


そう言っていた恵美が、突然に黙る。

私も、黙った。


神田さんのこと、よく見てるんだな、と思った。



2


11時の巡回から戻って、休憩中。

昼飯を食って、警備室でペットボトルのお茶のキャップを外した。


俺が、ここに座った時も、神田は落ち着きなく部屋をうろついていた。

お茶を飲もうとしていたら、神田に声を掛けられた。


「主任、クリスマスはどうするんですか?」


神田は机を挟んで、前に立っている。


「前に立たれると、うっとうしいから座れ」


そう言って、顎で指した。


「特に、クリスマスの話はしてない」


神田は、机に肘をついて言った。


「シフト」

「合わないと、会えませんよね?」


「一緒に住めば、それもなくなったから、楽になったな」


「そんなこと、聞いてませんよ」


俺は、椅子にもたれかかって聞いた。


「じゃあ、なに」


「時間を作るのが、大変で…」


「焦るなって言ったろ?」


俺は、頭の後ろで両手を組んで頭を支える。


「前田さんが、会いたくないって?」


「いや、そういうわけじゃ…」


「なら、焦るな」

「追い詰めないほうがいい」

「待てるときは待て」


「そんな悠長なこと言ってて、他の男が来たらどうするんですか」


「その程度で揺れる相手なら、待ってなくても揺れるだろ」


神田は黙った。


神田は、自分の持っているペットボトルから手を離した。


「前田さんは、そんな女か?」


「…違います」


「なら、待て」


うつむいていた神田が、顔を上げて言った。


「…主任、たまに刺してきますよね」


「刺さるところに立ってるからだ」


神田は、しばらく黙っていた。



夏に駅前で会ったとき。

夏祭りのころは、もっと気楽だったはずだ。


それが今は、会えないことを気にしている。


面倒なものだと思う。

本気になるというのは。



3


「うわ、それいいね。素敵」


四辺に葉っぱの模様のカービングが入った、キーケース。


カービングとは、革に手彫りで模様をつける技術だ。


「お値段もお手頃じゃない?」


軽い値段でもないし、重い値段でもない。


「でも、見た目が重くない?」


「大丈夫だよ。これいいと思う」

「これなら、黒よりブラウンのほうが私は好きかな」


「そう?」


恵美はまだ、キーケースを開いたまま、表裏を眺めまわしている。


「うん。恒一さんも黒ばっかりなの」

「だから、私は黒以外にしてる」

「だって黒じゃなくても、なんでも似合うんだもの」


恵美が、また半眼になって言った。


「あんたの話は聞いてないわよ」


「あ、そうだったね」


私は、笑ってごまかした。


「喜ぶとは思う」

「でも……重く見えたら嫌なんだもん」


「神田さん、そういうの笑う人じゃないと思う」


「……なんでわかるのよ」


「見てたから」


「あんたが?」


「そう。恵美を見てる神田さんを」


ちょっと、黙った恵美はこっちを見て言った。


「……ほんと、あんたって時々ずるいわ」


「恒一さんにも言われる」


私は、笑った。


恵美は、くるっと周囲を見回して、店員さんに声をかけた。


「すみません。これ……」

「これにします」


重く見えたら、嫌だという恵美の気持ちは、私にはわからないけれど。

好きになった相手を思う気持ちって、重たいものだと思う。

誰だって。


重いからこそ、相手を理解しようとするものだと思う。

軽ければ、そもそもプレゼントを探して迷ったりしない。


重いのは…自分を好きでいてくれない人へ、気持ちを押し付けることだ。

神田さんは、声にも、しぐさにも、そして態度にも、立っている姿にさえ、恵美を好きだという気持ちが滲んでいるのに。



包装紙に包まれていくキーケースを、恵美は黙って見ていた。

重くならないようにと悩んでいた顔は、もうしていなかった。



4


今日は、寒い。

百貨店の営業中の搬入は最小限だ。

朝の開店前と、夜の閉店後に集中させている。

遅番は、まだいい。

当務だと閉店後の搬入がとにかく寒い。


やっと、搬入も終わりここからの夜も長い。


ロッカールームの扉を開けると、先に中にいた神田が、慌てたみたいに紙袋をロッカーの奥へ押し込もうとしていた。


「なんだ、それ」


思わず声が出た。

神田は、ぱっと振り返って、いつもの調子て笑ってみせる。


「うわっ!主任。びっくりさせないでくださいよ」

「いや、あの、大したもんじゃないです」


紙袋の口から、細いリボンがはみ出している。

色といい、大きさといい、誰に渡すつもりのものかは、聞かなくてもわかる。


「クリスマスプレゼントだろ?」


ロッカーの鍵を回しながら、わざと淡々と言った。


「いや、その…その辺に置いとくわけにいかないじゃないっすか」

「どうやって渡すかが、また問題なんですけど」

「インフォのとこ、絶対みんな見てるし」


「普通に渡せばいいだろ。どうせバレる」


そう返すと、神田は「ですよねぇ」と気のない声で笑った。

いつもの軽さだけじゃない、妙な落ち着きのなさが目についた。


「……なんかあったのか」


神田は一度「いやぁ……」と笑いかけて、結局ため息交じりに言葉をこぼした。


「なんかさ、俺ばっかり好きなんじゃないかなってたまに思うんですよね」


「は?」


「いや、嫌われてないのは、わかってるんですよ?付き合ってくれてるし」

「でも、シフト全然合わないし、最近ほとんど会えてないし」


言いながら、自分で自分に苦笑している。


「俺、会えないと不安になるんですよ」

「でも、あの人、会えなくても全然普通に生活できてる感じで」

「仕事もきっちりしてるし、残業も断らないし」


それは、悪いことじゃないだろう、と思いながらも、その先が何となく読めて、黙って続きを待つ。


「なんか、温度差っていうか……」

「俺、すごく好きなのに、向こうは、まぁ、普通、みたいな」

「そうだったら、どうしようって」


神田はロッカーにもたれて、天井を見上げた。

普段なら冗談でごまかすところを、今日は最後まで軽口で逃げない。


「会えないのは、仕事柄しょうがないだろ」


「だからなんか、俺だけ、ずっと『好き好き』言ってるガキみたいで」

「これ、クリスマスに渡して、向こうがそんなテンションじゃなかったら、どうしようかなって思ったら、ちょっとビビッて……」


最後は自分で笑いに持って行こうとしているのが見え見えで、苦笑いが出る。


「お前がそこまで考えてるなら、十分だ」


思ったことを、そのまま口にした。


「向こうがどうとかじゃなくて、お前がそのくらい好きなら、渡せばいいだろ」

「温度が違うって思うなら、その分お前が多く出せばいい」


神田は、きょとんとした顔をしてから、緩く笑った。


「主任、さらっと言いますね」

「そういうの、ひよりさんにも言ってるんですか?」


「ひよりに聞け」


そう言い返すと、神田は声をたてて笑い、さっきより少し軽い手つきでロッカーを閉めた。



夏祭りの頃より、ずっと面倒そうな顔をしている。


本気になるというのは、そういうことだ。



5


いよいよ今日はクリスマス・イブだ。

大蔵屋百貨店のクリスマス商戦は一応明日まで続く。

でも、子どものクリスマス・プレゼントを探す人は、あまりいない。

最低でも12月20日前後には、準備しておかないと希望のものは買えないことが多いからだ。


そして、クリスマス・イブの営業もあと15分ほどで終わる。


きょうは、恒一さんも遅番だ。

彼の方が定時は、1時間遅い。

でも、今日は一緒に帰ろうと、朝からの約束だ。

私が仕事を終え、更衣室に行って着替えたり、少し化粧を直していたら、恒一さんを待つ時間は30分程度だろう。

今日は、警備室で待たせてもらうので、寒さも感じることは少ないと思う。


恵美もカウンターを片付け始めて、チケット類の数を確認している。

恵美は、神田さんにプレゼントを渡したのだろうか。


少なくとも、インフォメーションカウンターでは渡していなかった。

でも、クリスマスは明日だ。

明日渡すのかもしれない。


閉店10分前のアナウンスが館内で放送される。

出入り口に向かうお客様を眺めながら、私たちも閉店作業だ。




21時15分頃、恵美と私は従業員通用口から外に出た。


そこに立っていたのは、神田さんだった。

彼は、今日早番だったはずだ。


恵美は、一瞬立ち止まって言った。


「亮。あれ?早番じゃなかった?」


「うん。迎えに来た」


それを聞いて、私は急いで言った。


「あ、じゃあ私、行くね」

「今日は少しの間、警備室で待たせてもらって、一緒に帰るの」


「え?あ、そうなんだ」


恵美が、戸惑ったような顔でこちらを見ている。


神田さんは、陽気に言った。


「おつかれさまでした」


「じゃあね」と、私は、搬入口へと歩き出した。


搬入口は、百貨店の裏手にある。

店舗の壁沿いに歩いていくだけだ。


少し、歩いた時、軽い悲鳴が聞こえた。

恵美の声だ。


「え?!」


私は、振り返った。


そこで見たのは、神田さんが恵美を抱え上げている姿だった。

いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。


恵美は、その状態で騒いでいる。


「ヤダ、何すんの」

「降ろして」


次に聞こえた声は、神田さんの声。


「嫌だ」

「このまま、駐車場まで行く」


「ちょっと、亮――」


言い返しかけた恵美は、そこで言葉を止めた。


神田さんの腕の中は思ったより高くて、不安定だったのかもしれない。


恵美は、静かになった。

そして、神田さんの首に腕を回し、しがみつくように抱きついていた。


ああ、恵美もようやく素直になったと思った。


幸せなクリスマスを過ごそうね、お互いに。



警備室には、恒一さんがいて、彼も退勤準備をしていた。


「えと、あのね、恵美が……」


恒一さんは、私が言い終わる前に言った。


「抱えられてたな。神田に」


「見たの?」


「搬入口には、定点カメラがある」




***


今日は、ひよりと一緒に帰ることになっている。


そろそろ、通用口から出てくるころだ。


そう思ってモニターを見ていたら、通用口に神田が立っている。

前田さんを迎えに来たんだなと思った。


21時15分、ひよりと前田さんが出てきた。


前田さんは、神田が迎えに来ていることを知らなかったのか。


ひよりを見て、神田を見て落ち着かない様子だ。

ひよりが、その場を離れた。


こちらに来るのだろう。


モニターに目を戻すと、神田が紙袋を前田さんに渡している。


例のアレだ。


すると、前田さんもバッグから、小さな箱を取り出して、神田に渡していた。


ライトが点いているので、神田の表情まで鮮明だ。


ズームにしてやろうかと思ったが、もうすぐひよりが来る。


神田と前田さんは、何か話している。


前田さんは、うつむいて神田の胸に頭をもたれさせていた。


すると、神田は前田さんの腰へ腕を伸ばし、膝裏へ反対の腕を入れて掬い上げた。


小柄な前田さんは、慌てているようだ。


そのまま、カメラの視角の外へ出てしまった。


神田の心配は、どうやら杞憂だったらしい。


挿絵(By みてみん)


エピローグ


23時前の玄関は、外気をそのまま連れてきたみたいに冷えていた。

すぐ後ろで、ドアが閉まる音と、鍵の回る音がする。


コートを脱いで、第一ボタンを外した恒一さんの襟元をなぜか目で追ってしまう。


恒一さんが、私の視線に気づいて言った。


「どうした?」


じっと見ていたことを悟られて、ちょっと恥ずかしいけれど、何でもないとは言えなかった。


「あ…うん…いつも素敵だなって」


ちょっと、うつむいて言った。


「はいはい」


恒一さんは、そう言って笑っている。



今日は、恒一さんを待って一緒に帰ってきた。

遅くなるので、お互い職場で食べて帰ることも、打ち合わせていた。



帰りにコンビニで買ってきたショートケーキと紙袋がリビングのこたつの上にある。


「イブだけど、こんなもんで勘弁な」


マグカップにお茶を入れながら、私は言った。


「じゅうぶんです。」

「今日は、大蔵屋もすごかったし」

「クリスマスケーキ売り場は、戦場だったから」


向かい合って、マグを持ち上げる。


「メリー・クリスマス」


マグ同士が小さく当たって、コツンと音がした。


私は、テーブルの上の紙袋を抱えなおす。

鼓動がさっきより少し早い。


「プレゼント、持ってきました」


「俺も」


 恒一さんは、ポケットに入っていた小さな箱を取り出した。


「せーので、交換します?」


「いいよ」


「せーの」


紙袋と箱を差し出すと、手と手が少し触れて、思わず目をそらしてしまう。


「開けていい?」


「はい」


恒一さんは、リボンをほどいて箱を開けた。

中から、落ち着いた深いグリーンのペンが顔を出した。

金色のクリップが、光っている。


「…ボールペン?」


「打ち合わせなんかで、よくメモしてるから…」

「ちょっといいやつ、奮発しました」


「ひよ」


私を呼ぶ声が、柔らかい。


「恒一さんの手元で、長く使ってもらえるものがいいなって」


恒一さんは、ペンを持ってそのまま少しだけ視線を落とした。


「すごく、いいな」

「大事にする。ありがとう」


顔を上げた目がまっすぐで、視線を受け止められなくて、私は自分の手の中にある箱に逃げた。


「私も、開けますね」


リボンを外してふたを開ける。


中に入っていたのは、小さなブドウをかたどったピアスだった。


小さなパールがいくつも連なっていて、ふわりと乳白色に輝く。

葉の部分には、小さなストーンがひとつきらりと光っている。


「……かわいい」


こぼれた声は、自分でも驚くほど素直だった。


「パール好きだって前に言ってたから」

「誕生石だって」


胸がきゅっとなる。


「それに」


少し間をおいて、視線が私の耳に落ちる。


「フォトウェディングの撮影の時」

「つけてほしくて」


「えっ」


顔が一気に熱くなるのがわかった。


「ドレス、白だろ?」


両手で、箱をもってピアスを見つめていた。


「あ…そうです。白です」

「うれしい」


そして箱ごと、胸に抱いた。


「こうやって、日付が変わる前にふたりで静かなイブも悪くない」


「素敵なイブです」


「俺の隣で、いつものようにきれいに笑っていてくれたら、それでいい」


その言葉が、何よりのプレゼントみたいで、胸の奥が暖かくなった。




ひより日和 婚約編 第11話 「隙間から見たクリスマス」 おわり


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