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叩く剣の世界で、「引いて斬れ」と教えたら戦いが変わった  作者: 翡翠


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第9話 刀工、振らせて選ぶ



 夜。


 鍛冶場の外に、松明が灯っていた。


 ガルドの隊が残したものだ。暗がりの中でも、足元と間合いが分かるようにと。


 兼真は金床の前に立ち、打ち終えた鋼を静かに見下ろしている。


 今日の鉄は、使えた。


 量は少ないが、影打一振り分には足りる。


 だが——。


「渡す相手は、まだだ」


 独り言のように呟く。


 背後で足音。


 ガルドだ。


 軽装のまま、鍛冶場へ入ってくる。


「始めるのか」


「始める」


 短い返答。


 ガルドは頷き、外へ目をやる。


 松明の下、数人の男たちが待っている。


 部下だ。


 それぞれが剣を持ち、距離を取り、静かに構えている。


 エルザは入口の脇に立っていた。


 刀に手を置いたまま、動かない。


「条件は一つだ」


 兼真が言う。


「叩くな」


 ガルドが苦笑する。


「それだけか」


「それだけだ」


 エルザが一歩前に出る。


「私もやる」


 兼真は一瞬だけ見る。


「やれ」


 それだけ。


 エルザは松明の下へ出る。


 ガルドの部下たちが道を空ける。


「順番に来い」


 ガルドが言う。


 最初に出てきたのは、体格のいい男だった。


 力がある。


 だが、その分、動きが大きい。


 剣を構える。


 叩き込む構え。


「……始め」


 ガルドが合図する。


 男が踏み込む。


 速い。


 だが——大きい。


 エルザは動かない。


 手を刀に置く。


 引く。


 抜く。


 同時に刃が通る。


 男の剣が逸れる。


 次の瞬間、喉元に刃が止まる。


 静止。


「……参った」


 男が剣を下ろす。


 エルザは何も言わず、刀を納める。


 次。


 細身の男。


 速さ重視。


 踏み込みが浅い。


 連続で来る。


 一撃ではない。


 二撃、三撃。


 エルザは下がらない。


 半歩だけ引く。


 合わせない。


 流す。


 そのまま一度だけ——通す。


 剣が弾かれ、首元へ。


「……くっ」


 男が歯を食いしばる。


 止める。


 また静止。


 兼真は金床の前から動かない。


 ただ見ている。


「違う」


 小さく呟く。


 ガルドが聞く。


「何がだ」


「全部だ」


 次。


 もう一人。


 今度は慎重な男だ。


 距離を取る。


 踏み込まない。


 待つ。


 エルザも動かない。


 間が伸びる。


 やがて、男が動く。


 探るような一撃。


 エルザは反応しない。


 ただ——抜く。


 最短。


 刃が通る。


 剣ごと滑らせる。


 止まる。


「……」


 男は動けない。


 喉元に刃。


 呼吸すら止まる。


 やがて、剣を落とした。


「降参だ」


 ガルドが息を吐く。


「……全員負けか」


 エルザは刀を納める。


 息は乱れていない。


 だが、完全でもない。


 分かっている。


 まだ足りない。


 兼真が口を開く。


「お前もだ」


 エルザが振り向く。


「何がだ」


「まだだ」


 短い。


 だが、否定ではない。


 足りないだけだ。


 ガルドが笑う。


「厳しいな」


 兼真は答えない。


 ただ刀架へ歩く。


 一振り、影打を手に取る。


 新しく打ったものではない。


 最初からあった影打の一つ。


 それを持ち、外へ出る。


 松明の光の中。


 地面に、木の枝を一本立てる。


「見るか」


 誰にともなく言う。


 全員が視線を向ける。


 兼真は構えない。


 帯刀したまま立つ。


 静止。


 そして——抜く。


 一瞬。


 枝が、音もなく落ちた。


 細い枝だ。


 だが、抵抗はあったはずだ。


 それを感じさせない。


 ただ、通った。


 兼真は何も言わず、刀を納める。


 沈黙。


 誰も動かない。


 ガルドが小さく笑う。


「……あれか」


「そうだ」


 兼真は短く答える。


「叩くな」


 同じ言葉。


 だが、意味が違う。


 全員が理解した。


 自分たちの剣は——叩いている。


 だから遅れる。


 だから止まる。


 だから斬れない。


 兼真は刀架へ戻る。


 影打を戻す。


「明日、打つ」


 背を向けたまま言う。


 ガルドが聞く。


「誰に渡す」


「決めていない」


 振り返らない。


「だが」


 一瞬だけ止まる。


「使える奴に渡す」


 エルザは刀を握る。


 静かに。


 強く。


 その言葉は——。


 選別だった。


 そして同時に、宣言だった。


 鍛冶場の中で、火が小さく揺れる。


 明日。


 新しい影打が生まれる。


 そして——。


 その一振を巡る戦いが、始まる。

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