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叩く剣の世界で、「引いて斬れ」と教えたら戦いが変わった  作者: 翡翠


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第8話 刀工、鉄を見分ける


 昼前。


 鍛冶場の外に、再び人の気配が集まっていた。


 エルザは入口の脇に立ち、手を刀に置いたまま動かない。


 今は構えない。


 必要な瞬間にだけ抜く。


 それが自然になりつつあった。


「来たな」


 低く呟く。


 森の奥から現れたのは、昨日の男——ガルドと、その部下たちだった。


 背には荷を担いでいる。


 金属音。


 重さがある。


 エルザは一歩も動かずに言う。


「兼真、例の連中だ」


 炉の前でフイゴを踏んでいた兼真は、手を止めない。


「入れろ」


 短い言葉。


 エルザはわずかに身体をずらす。


 通路が開く。


 ガルドが鍛冶場へ入ってきた。


「持ってきた」


 背負っていた包みを降ろす。


 中から現れたのは、鉄塊。


 形も質もばらばら。


 黒いもの、赤みを帯びたもの、層のような模様が浮かぶもの。


「全部、この辺りで取れた鉄だ」


 ガルドが言う。


「斬れるかどうかは分からん」


 兼真はようやくフイゴから足を外した。


 ゆっくりと歩く。


 鉄の前に立つ。


 しゃがむ。


 手に取る。


 重さを確かめる。


 次に、軽く指で弾く。


 音を聞く。


 また一つ。


 また一つ。


 無言で繰り返す。


 ガルドも、エルザも、その様子を黙って見ていた。


 やがて——。


 兼真は一つの鉄塊を手に取ったまま止まる。


「これだ」


 短い言葉。


 ガルドが眉を上げる。


「分かるのか」


「分かる」


 即答だった。


 兼真はその鉄を金床へ置く。


「他はいらん」


「……全部試すんじゃないのか」


「いらん」


 兼真は鎚を手に取る。


「音が違う」


 それだけだった。


 ガルドは苦笑する。


「そういうものか」


「そういうものだ」


 兼真は鉄を炉へ入れる。


 炭を寄せる。


 フイゴを踏む。


 火が一気に強くなる。


 色が変わる。


 鉄が赤くなる。


 さらに白へ近づく。


「……温度が違うな」


 ガルドが呟く。


 エルザも気づいていた。


 昨日までと違う。


 火が“食いついている”。


 鉄が応えている。


 兼真は鉄を引き出す。


 金床へ。


 叩く。


 音が違う。


 硬い。


 だが、死んでいない。


 生きている音だ。


 もう一度叩く。


 歪みを見ながら、修正する。


 無駄がない。


 迷いがない。


 ガルドが低く言う。


「これが、斬れる鉄か」


 兼真は答えない。


 ただ打つ。


 何度も。


 何度も。


 そして、短く言う。


「まだだ」


「何がだ」


「鉄だ」


 意味が分からない。


 だが、止まらない。


 再び炉へ。


 加熱。


 引き出す。


 叩く。


 繰り返す。


 やがて——。


 兼真は動きを止めた。


 鉄を見つめる。


 静かに息を吐く。


「使える」


 それだけだった。


 ガルドの口元が上がる。


「当たりか」


「そうだ」


「量はどうだ」


「足りん」


 即答。


 ガルドは頷く。


「だろうな」


 覚悟していた。


「だが、一つ分にはなるか」


 兼真は少し考える。


 そして言う。


「影打なら打てる」


 エルザの視線が動いた。


「……新しく打つのか」


「打つ」


 兼真は答える。


「だが」


 一瞬、手を止める。


「誰に渡すかは決めていない」


 ガルドとエルザが同時に見る。


 兼真は炉へ鉄を戻す。


「使える奴に渡す」


 短い言葉。


 だが、重い。


 ガルドが笑う。


「なら、競争だな」


 エルザは何も言わない。


 ただ刀を握る。


 理解している。


 これは——。


 戦いだ。


 魔物ではない。


 刀を得るための戦い。


 兼真はフイゴを踏む。


 火が強くなる。


 新しい鉄が、炉の中で色を変えていく。


 そして——。


 新しい影打が、生まれようとしていた。

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