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叩く剣の世界で、「引いて斬れ」と教えたら戦いが変わった  作者: 翡翠


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第7話 刀工、帯刀を定める



 翌朝。


 森はまだ薄暗く、湿った空気が残っていた。


 エルザは入口の外で構えを繰り返している。


 振らない。


 最初から引く。


 止めない。


 昨夜よりも動きは繋がっていた。


 だが——。


 抜きが遅い。


 腰の位置が定まらない。


 構えに入るまでの一瞬が、どうしても無駄になる。


「……くそ」


 小さく吐き捨てる。


 その時だった。


「それでは遅い」


 背後から、兼真の声。


 エルザは振り向く。


 兼真は作業台の前に立っていた。


 手には、見慣れない革の帯がある。


「何だ、それは」


「帯刀具だ」


 短く言う。


「腰に付ける」


 エルザは眉をひそめた。


「そんなもの、必要か」


「必要だ」


 即答だった。


 兼真は近づく。


 無駄な動きはない。


 帯をエルザの腰へ回す。


「動くな」


 低い声。


 エルザは素直に従う。


 帯はしっかりと固定された。


 片側に金具があり、そこへ刀を差し込む構造。


「……傾いているな」


 兼真が呟く。


 角度を微調整する。


 わずかに前へ。


 ほんの数度。


「これでいい」


 エルザは違和感を覚えた。


 だが、不快ではない。


 むしろ——。


「軽い」


 思わず言葉が出る。


「固定されている」


「そうだ」


 兼真は一歩下がる。


「抜け」


 エルザは刀に手をかける。


 ゆっくりと引く。


 違う。


 昨日までとは、まるで違う。


 余計な動きがいらない。


 そのまま——引ける。


 刃が自然に出る。


 止めない。


 そのまま流す。


 空気が裂ける。


 エルザの目が見開かれる。


「……今のは」


「遅れていない」


 兼真が言う。


 エルザはもう一度抜く。


 今度は少し速く。


 だが、崩れない。


 構えに入るまでの無駄が消えている。


「これが」


「そうだ」


 兼真は淡々と続ける。


「構えの前に終わっている」


 エルザは息を止めた。


 理解した。


 今まで自分は——。


 構えてから戦っていた。


 だが、この刀は違う。


 抜いた瞬間に、斬りに入る。


「……最初から、斬りか」


「そうだ」


 短い返答。


 エルザは刀を納める。


 今度は、納める動きも自然だった。


 位置が決まっている。


 迷いがない。


「……これを渡す理由は」


 エルザが問う。


 兼真は炉を見る。


「その刀は、それで使う」


「決まりか」


「そうだ」


 エルザは少しだけ笑った。


「勝手に決めるな」


「決めていない」


 兼真は振り返る。


「そういう形だ」


 それだけだった。


 エルザは言葉を失う。


 理屈ではない。


 だが、否定できない。


 実際に——。


 今の方が速い。


 無駄がない。


「……いい」


 刀を握る。


「これでやる」


 その時だった。


 森の奥で、気配が動いた。


 速い。


 今までとは違う。


 エルザの視線が鋭くなる。


「来る」


 構える。


 だが——構えない。


 手を刀に置く。


 待つ。


 気配が近づく。


 一気に間合いへ入る。


 影が飛び出す。


 小型。


 だが異様に速い。


 エルザは——抜いた。


 同時に引く。


 動きが一つ。


 刃が通る。


 魔物は、音もなく落ちた。


 エルザはそのまま動きを止めない。


 流す。


 納める。


 呼吸を整える。


 静寂。


「……速いな」


 自分で呟く。


 兼真は金床の前から動かない。


「無駄が無い」


 短い評価。


 エルザは振り返る。


「今のは」


「遅れていない」


 同じ言葉。


 だが、意味が違う。


 エルザは刀を軽く叩くように握り直す。


 そして、帯刀具へ視線を落とした。


「……これも、影か」


 兼真は少しだけ考えた。


「違う」


 エルザが眉を上げる。


「何だ」


「必要な形だ」


 それだけだった。


 エルザは小さく笑った。


「分かった」


 そして、再び前を見る。


 次の気配を探る。


 兼真は炉へ戻る。


 フイゴを踏む。


 火が強くなる。


 刀を打つ音と、刃が空気を切る音。


 二つの音が、同じリズムで重なり始めていた。

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