第5話 刀工、条件を定める
昼を回り、炉の熱はさらに強くなっていた。
兼真はフイゴを踏み、火の色を一定に保つ。炭は豊富だ。温度は作れる。問題は——材料だ。
金床の脇に置いた包みを開く。
玉鋼。
依頼分として持ち込まれていた分だけが残っている。量は限られていた。
打てば減る。
減れば終わる。
その単純な事実が、すべての選択を縛る。
背後で、砂利を踏む音がした。
エルザだ。
入口に立ったまま、森の外を見ている。
「来た」
短く告げる。
兼真は手を止めない。
「何がだ」
「騎士団だ。さっきの連中とは別だ」
兼真はフイゴを踏み続ける。
やがて、金属の擦れる音と共に、数名の騎士が姿を現した。
装備が違う。
軽装だが、動きやすさを優先している。偵察か、あるいは別系統の部隊だろう。
先頭の男が手を上げた。
「敵意はない」
エルザは動かない。
「ここに来る理由は一つだ」
男は続ける。
「その刀だろう」
エルザは答えない。
ただ刀を握る。
男は苦笑した。
「話くらいはさせてくれ」
エルザは一瞬だけ兼真を見る。
兼真は炉から目を離さない。
「勝手にしろ」
エルザは半歩だけ横にずれ、入口を塞がない位置に立った。
男は鍛冶場へ足を踏み入れる。
そして——止まった。
「……何だ、ここは」
炉の熱。
金床。
水槽。
そして、刀架に並ぶ数振りの刀。
森の中にあるには、あまりにも異質な空間だった。
男は視線を兼真へ向ける。
「お前が刀工か」
「そうだ」
「名は」
「武蔵国住兼真」
男は一瞬だけ言葉を止めた。
「……読めんな」
「読めなくていい」
即答。
男は肩をすくめた。
「では兼真でいいか」
「好きにしろ」
男は頷く。
「俺はガルド。探索隊の隊長だ」
軽く名乗る。
騎士団とは違う、現場の匂いがする男だった。
「用件は分かるな」
「刀だろう」
「そうだ」
ガルドは刀架を見る。
「いくつある」
「そこにあるだけだ」
「増やせるか」
「材料が無い」
同じやり取り。
だが、ガルドは少し違う反応を見せた。
「材料か」
顎に手を当てる。
「この世界の鉄じゃ駄目か」
「駄目だ」
「なぜだ」
「斬れない」
短い。
だが、エルザは理解していた。
“斬れる”かどうか。
それが基準だ。
「……なら」
ガルドは一歩踏み出す。
「斬れる鉄を持ってくればいい」
兼真は手を止めた。
初めて、正面からガルドを見る。
「持ってこられるのか」
「分からん」
ガルドは笑う。
「だが、探す価値はある」
その言葉に、兼真はわずかに頷いた。
「持ってこい」
「条件はそれだけか」
「それだけだ」
ガルドは目を細める。
「代金は」
「いらん」
即答だった。
ガルドの表情が変わる。
「本気か」
「いらん」
「なぜだ」
兼真は炉を見る。
火は安定している。
「金では打てない」
それだけだった。
ガルドはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「なるほどな」
完全には理解していない。
だが、この男が“普通ではない”ことだけは分かった。
「分かった」
ガルドは踵を返す。
「持ってくる」
「量はいらん」
兼真が言う。
「質だ」
「分かっている」
ガルドは振り返らずに答えた。
そのまま森へ消える。
静寂が戻る。
エルザが口を開いた。
「……いいのか」
「何がだ」
「渡す気はないのに、条件を出した」
兼真はフイゴを踏む。
火が強くなる。
「材料を見る」
「それだけか」
「それだけだ」
エルザは刀を見下ろす。
「もし持ってきたら」
「打つ」
「渡すのか」
「使えるならな」
短い。
だが、それが全てだった。
エルザは少し考えた。
そして言う。
「選ぶのか」
「選ぶ」
即答。
「何でだ」
「使えない奴に渡しても意味が無い」
エルザは小さく息を吐いた。
納得したわけではない。
だが、理解はできる。
この男は——刀でしか物を見ていない。
「……なら」
刀を構える。
「私はどうだ」
兼真は一瞬だけ視線を向けた。
そして言う。
「まだだ」
エルザは眉をひそめる。
「何が足りない」
「全部だ」
即答。
だが、エルザは怒らなかった。
むしろ、口元がわずかに上がる。
「いい」
一歩踏み出す。
「全部直す」
兼真は何も言わない。
ただ、金床に鋼を置く。
鎚を振り上げる。
音が響く。
エルザはその音を背に、構えを取った。
森の奥で、また気配が動く。
今度は一体。
小さい。
だが速い。
エルザは目を細める。
踏み込まない。
引く。
止めない。
通す。
刃が空気を裂く。
そして——。
音もなく、魔物が崩れた。
エルザはそのまま動きを止めない。
流す。
呼吸を整える。
さっきよりも、少しだけ滑らかだった。
兼真はそれを見ていた。
何も言わない。
だが、わずかに。
本当にわずかにだけ、打つリズムが変わった。




