第4話 鍛冶場に来る者
朝の光が森に差し込んでいた。
鍛冶場の炉は、昨夜のまま生きている。
兼真はフイゴを踏み、火の色を確かめた。
炭はまだ持つ。
だが——。
「鉄が無い」
独り言のように呟く。
玉鋼は依頼分だけ。
ここにあるのは、影打数振りと、使いかけの鋼だけだった。
打てば減る。
減れば終わる。
それだけの話だ。
金床に手を置き、軽く叩く。
音は悪くない。
環境は変わったが、仕事はできる。
その時だった。
外から足音がした。
複数。
昨日の魔物とは違う、規則的な足音。
兼真は顔を上げる。
入口の向こう、森の影から人影が現れた。
鎧。
数は五。
中央に一人、他より装備の良い男がいる。
その少し後ろに——エルザ。
エルザは兼真を見ると、軽く顎を引いた。
無事の確認だろう。
兼真は何も返さない。
ただ視線を戻す。
「ここか」
中央の男が言った。
低い声。
鍛えられている。
無駄な動きも無い。
エルザより上だ。
「……妙な場所だな」
周囲を見回す。
森の中にあるには不自然すぎる鍛冶場。
炉の火。
金床。
刀架。
男の視線が、そこに止まった。
「その刀……」
ゆっくりと近づく。
兼真は動かない。
「触るな」
一言。
男の足が止まる。
空気が変わる。
周囲の騎士たちがわずかに構えた。
だが男は手を上げ、制した。
「失礼した」
視線を外さずに言う。
「俺はヴァルト。第三騎士団の隊長だ」
名乗り。
だが、兼真は反応しない。
「昨日、エルザから報告を受けた」
ヴァルトは続ける。
「折れた剣で戦えなくなったところを、お前の刀で助かったと」
兼真は炉を見る。
火の色を確認する。
会話はついでだ。
「それで?」
短く返す。
ヴァルトの眉がわずかに動いた。
「その刀を見せてもらいたい」
「断る」
即答だった。
騎士たちの空気が一気に張り詰める。
エルザが一歩前に出た。
「待て」
ヴァルトを制する。
そして兼真を見る。
「……理由は」
「必要が無い」
兼真は言う。
「見る必要が無い」
「我々にはある」
「無い」
噛み合わない。
だが、兼真は一切譲らない。
ヴァルトはしばらく黙っていた。
やがて、ため息を一つ。
「では、別の聞き方をしよう」
少しだけ声を落とす。
「その刀は、いくつある」
兼真は刀架を見た。
「そこにあるだけだ」
ヴァルトも視線を追う。
数振り。
少ない。
「……増やせるか」
「材料が無い」
「用意すればいいのか」
「質が足りない」
簡潔なやり取り。
ヴァルトは考える。
そして、エルザを見る。
「本当か」
「本当だ」
エルザは即答した。
「この刀は、今までの剣とは別物だ」
ヴァルトは再び兼真を見る。
今度は、観察する目だった。
「名は」
「武蔵国住兼真」
「……カネザネ、か」
発音に少し引っかかる。
「刀工か」
「そうだ」
「戦えるのか」
「戦わない」
即答。
ヴァルトは小さく笑った。
「面白いな」
そして一歩、前に出る。
「では、試させてもらう」
腰の剣を抜く。
長剣。
よく手入れされているが、構造は単純だ。
「エルザ」
呼ぶ。
「はい」
「もう一度、やれ」
エルザは一瞬だけ兼真を見る。
許可を求めるような視線。
兼真は何も言わない。
エルザは頷き、構える。
両手。
力を抜く。
ヴァルトが踏み込む。
速い。
無駄が無い。
剣も悪くない。
だが——。
エルザは動かない。
引く。
それだけ。
刃が触れる。
次の瞬間、ヴァルトの剣が弾かれた。
正確には——滑った。
「……何だと」
ヴァルトの目が変わる。
すぐに体勢を立て直す。
もう一度。
今度は力を乗せる。
叩き込む。
「叩くな」
兼真が言った。
エルザは動きを変える。
合わせない。
引く。
刃が通る。
ヴァルトの剣の腹を滑り、軌道を逸らす。
そのまま、エルザの刃が首元へ届く。
止める。
ぴたりと。
ヴァルトの動きが止まった。
静寂。
「……参った」
ゆっくりと剣を下ろす。
「今のは、俺の剣が悪いのか」
エルザは答えない。
兼真が言う。
「使い方が悪い」
ヴァルトは苦笑した。
「なるほど」
そして、刀を見る。
「欲しいな」
はっきりと言った。
兼真は炉を見たまま言う。
「売らん」
即答。
迷いもない。
ヴァルトは肩をすくめる。
「だろうな」
否定しない。
その代わり、少しだけ声を落とす。
「なら、条件を聞こう」
兼真はフイゴを踏む。
火が強くなる。
「材料を持ってこい」
「何をだ」
「鉄だ」
「鉄ならいくらでもある」
「使えない」
短く切り捨てる。
ヴァルトの目が細くなる。
「なら、何が必要だ」
兼真は一瞬だけ考えた。
そして言う。
「斬れる鉄だ」
意味不明な言葉。
だが、ヴァルトは笑った。
「分かった」
完全には理解していない。
だが、方針は掴んだ。
「探してくる」
そう言って剣を納める。
振り返り、騎士たちへ指示を出す。
撤収の合図。
だがエルザだけは動かない。
「エルザ」
ヴァルトが呼ぶ。
「戻るぞ」
「……ここに残る」
即答だった。
ヴァルトが眉を上げる。
「理由は」
エルザは刀を握る。
「まだ、使えていない」
それだけ。
ヴァルトはしばらく見ていた。
そして小さく息を吐く。
「好きにしろ」
背を向ける。
騎士たちもそれに続く。
足音が遠ざかる。
やがて、森は静かになった。
エルザはその場に残る。
兼真は何も言わない。
ただ、炉の火を見ている。
しばらくして、エルザが口を開いた。
「……残っていいのか」
「勝手にしろ」
「邪魔にはならん」
「ならない」
短いやり取り。
エルザは頷く。
そして、鍛冶場の入口に立つ。
外を見張る位置。
自然にそうしていた。
兼真はそれを一瞥する。
問題ない。
炉へ戻る。
フイゴを踏む。
火が生きる。
鎚を取る。
金床に置く。
音が響く。
戦いの外で、戦いを決める音だった。




