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#132

 商人たちの目撃情報は、店主の彼に頼むことにした。

 浩一がひとりひとり聞いて回る、というのも手ではあるのだが。それよりも、商人同士のネットワークで情報を集約させるほうがより手早い。

 蛇の道は蛇、というところだろう。感謝しかない。


 ひとまず、こちらは彼に任せておいて。浩一はそのまま外郭部へと走っていく。

 浩一のミズチア滞在はまだ日程がある。建たずに残っていくれていることを信じながら。


「おや、コーイチさん。これはこれは、昨日ぶりですね」


「セリザ、さん」


 ここまで走ってきていたこともあり、絶え絶えの息になりながら、目的の彼女を見つける。……正確には、見つけてもらった、のほうが正しいが。


「アイリス様はどうされたのですか? いつもなら、あのお方の箒に乗せていただいていたような記憶があるのですが」


 感が鋭いというか、なんというか。ともかく、これならば話が早い。

 ひとまず、浩一は現況についてを彼女に伝える。


「なるほど。てっきり商業ギルドに向かっていたのかと思いましたが」


「商業ギルド?」


「いえ、こちらの話です。あなたのことですから、昨日のことを受けて、とは思っていたのですが。なるほど、それどころではなかったようですね」


 所在のない会話をセリザが繰り出してから、彼女は「失礼、話を戻しますね」と。


「大方の事情は把握しました。要は、コーイチさんは私に協力の要請をしに来た、と」


「もちろん、無償で、とは言いません。とは言っても、俺ができる範囲で、にはなりますが」


「問題ありませんよ。……むしろ、それであれば、アイリス様のことはこちらに任せていただいても?」


「それは……俺個人としては構いませんが」


「もちろん、コーイチさんがアイリス様のことを気にかけられているということは存じ上げておりますが、ここは適材適所といきましょう。いずれにせよ、コーイチさんも認識しているようにこの問題は一側面からだけでは解決しませんから」


 セリザがの言葉に、浩一はコクリと頷く。

 間違いなく、アイリスの失踪にはリヴァ子爵が絡んでいる。

 なれば、アイリスの居場所を探したところで、ここがリヴァ子爵領内であるということを加味すると、あと一歩の捜索が詰まりかねない。


「コーイチさんは、リヴァ子爵の方をお願いいたします」


「ありがとうございます」


「いえいえ。我々としても、実のある行動ですから」


 王家相手に恩を売れると思えば、安いものだとは思いませんか? と。セリザは小さく笑ってみせる。

 お礼としては、浩一ができる範囲のものを想定していたのだけれども。……いちおう、顔つなぎくらいなら出来はするけれど。

 借りた恩が思った以上に大きくなりそうだな、と。浩一は苦く笑った。






 光魔法が宿ったカンテラのみが照らす廊下。


「お館様」


 レインドールは、ノックをして、中にいる主人へと声をかけた。

 面倒くさそうな声音の応えを聞いて、彼は部屋の中へと入室する。


「イラ様のことで、ご相談が」


 レインドールのその言葉に、リヴァ子爵はまたその話か、と言いたげな表情でため息をつく。


「もし、なにかご存知であるならば、今すぐにでも――」


「私に意見をするとは随分と偉くなったものだな、レインドール」


「……失礼いたしました」


「ふん。全く、高々平民の侍女ひとりごときに誰も彼も大事だな」


 リヴァ子爵はレインドールの方を見ることもなく、そう言い放つ。

 たしかに浩一は身分制度上は平民ではあるが、とはいえ現状では賓客。その従者がいなくなったともなればかなりの大事である。

 そうでなくとも――、と。レインドールの肚の中では言葉がどんどんとこみ上げてくるものの。それを、飲み込む。

 曲がりなりにも、相手は雇い主である。リヴァ子爵の性格を鑑みるに、下手に逆上させるようなことになったならば。クビで済むならマシな方。物理的に首が別れてしまっても不思議ではない。

 そのくらい、彼はこの領地で横暴を働いている。


 家令として正しい立ち居振る舞いを考えるならば、当主が間違っているのであればそれを諌めるべきではあるだろうが。

 しかし、そこに自身の命が関わってきてしまえば。そして、使える主人への忠誠が残っているかといえば。


(先代様や先々代様への恩義で、仕えてはおりますが)


 今のレインドールには、正直なところ。領地への忠誠はあれども、領主へのそれは無いに等しい。

 少なくとも、そのために命を賭けることはできない。


 案の定、収穫がなさそうであるとみると。レインドールは部屋から退室をする。

 いつもならば、ここから後始末をどうしていくかを考えなければならないところだが。今回ばかりは後始末という概念がそもそも存在するかすら危うい。


(いっそのこと……なんて。口が裂けても言えませんが)


 小さく首を振りながら、レインドールはそうひとりごちる。

 彼としても、レインドールひとりではどうしようもなさそうである以上、浩一たちが解決してくれる方が諸々の都合がいいまである。

 あとのことについては厄介なことにはなるだろうが、いずれにせよ厄介事になってしまっているのならば、少しでも物事が解決している方がいくらかマシだ。


 だからこそ、可能な範囲では浩一に協力はしているものの。とはいえ、その程度にも限界はある。

 事を引き起こしたのがリヴァ子爵である、という確信は持っている一方で、ではアイリスがどこに連れて行かれているのか、などについてはレインドールも把握できていないからだ。


 強いて言うならば、子爵が誰にこのことを指示したのか、などはわかってはいるものの。それを以上はわからない。

 こういった事柄については、小煩いレインドールはリヴァ子爵から除け者にされている。


「……結局のところ、コーイチ様に賭けてみるしかない、ということでしょうね」


 あのアレキサンダーがついに付けたという側近。

 ここまでの対談や彼の持ちかけてきた提案などから。浩一が噂に違わず優秀であることはレインドールも認識している。リヴァ子爵は、まあそんな彼を十分に見ておらず、かなりぞんざいには扱っているが。


 そうはいっても、レインドールの方からは、せいぜい彼がイラを探すことに支障がないように取り計らうことしかできないのだけれども、と。


 もうしばらくは、老骨には厳しい時間が続きそうだ、と。

 レインドールは小さく息をついた。






 翌日、朝早くに商店どおりへと向かうと。そこには件の店主と、そしてセリザが既に待っていた。


「よお、あんちゃん!」


「おはようございます。セリザさんも」


「はい、おはようございます」


 店主の男性が「ほら、朝飯代わりのサービスさ!」と、軽食をひとつ渡してくれる。相変わらず、気前のいい人だ。


 昨晩のうちに、セリザさんには彼らが協力してくれることを伝えておいた。どうやら、既に情報共有をしてくれていたようだ。


「それで、進捗の方はなにかありましたか?」


「まあ、それなりにって感じだな」


 頂いた軽食に手を付けながら浩一が尋ねると、男性がそう答える。

 曰く、なにやら怪しい人物を見た、というような証言自体はあったとのこと。


「ただ、申し訳ねえが情報の出処については本人からの希望で控えさせてくれ」


「それは……俺としては構いませんが」


 細かな話をし始めると、情報の確度などに関わってくるので、できるならば開示してもらえるほうがありがたくはあるが。

 とはいえ、少しでも情報がほしい現状、その点についてはそこまで重要視してないない。


「……私も先んじて聞きましたが、こればっかりは致し方ないかと」


「えっ、なんです? そんな厄ネタみたいな感じなんですか?」


 セリザの反応に、浩一は思わず顔をひきつる。

 いやまあ、王女が失踪しているという時点で相当な厄ネタなのだが。とはいえ、店主たちはそこまで詳細には状況は把握していないはずなんだけれども。


「どうにも、その怪しいやつらが向かった方面があっちの方らしくてな。わざわざそんなものを追いかけるような野次馬根性があったわけではないから、詳細な場所まではわからないし。もちろん、そこである、という確証があるわけでもないんだけどさ」


 要は、ただの一方向しか確定していない以上、その延長線上が主な候補になりはする、のだが。

 浩一は、男性が指し示したその方向に視線をやって。なるほど、と。合点する。


 誰しも敵に回したくない相手、というものは存在する。当然に、自領の領主などはそのひとつではあるが。商人たちがある意味、領主と同等か、あるいはそれ以上に不興を買いたくない相手。


 ――商業ギルドが、男性の指し示した先に、あった。

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