冒険・じゃがいも迷宮
冒険神の神殿からもらった、挑戦許可証。
これは、迷宮に挑戦できるだけの実力を持った冒険者である事を表すものだ。
発見された迷宮は、基本的に冒険神の神殿に申告され、彼らによって管理される。
そして、予想される迷宮踏破の難易度から、挑戦する冒険者は厳しく実力を見られることになる。
じゃがいも迷宮の難易度は、ちょうど中くらいだとか。
「やったね! ロッド、私たちついに一人前の冒険者だよ!」
許可証についた紐首に掛けて、アリサがくるくる回る。
割とミーハーな彼女だ。
はしゃいでしまうのは分かるし、俺だって嬉しい。
「うん、なんか、お互いパーティをやめたときはどうなるかと思ったけど……なんとかなるもんだなあ!」
「うんうん!」
「それはあたしたちとしても、嬉しいところだね。こんなに早く、迷宮ってやつに挑戦できるとは思って無かったよ」
「ああ。腕が鳴るよね。ロッドの活躍場所だろうし、迷宮関連の知識はアリサが持つ知識神のものと、僕が旅の中で仕入れてきたもの、どちらも有用になると思うよ」
新調した皮鎧に、可愛いモコモコの篭手のレベッカ。いつにも増して饒舌なジョージ。
俺たちは興奮して、いつものテンションではない。
だが、これも嬉しさ半分、そして緊張半分なのだ。
何故なら、今まさに、俺たちはじゃがいも迷宮の前にいるからだ。
迷宮は、畑の一部を大きくくりぬいた場所に口を開けていた。
入り口には、水が浸入することを防ぐ為の防水布が張られ、周囲は幾つものテントがある。
商人たちが出張ってきて、ここで必需品を売っているのだ。
あちらのちょっと凝った作りの大型テントが並んでいるのは、宿屋だろう。
迷宮が掘りつくされればここでの商売が終わるから、みんないつでも撤収できるようにしている。
ちなみに、迷宮入り口で買う消耗品は、ちょっと割高だ。
「忘れ物とかない? 大丈夫、ロッド?」
「任せてくれ。ここに来る前に一度、馬車の中で一度、昨日の宿で一度、合計三回も指差し点検したんだ」
「さっすが!」
褒め称えられて悪い気はしない。
だが、盗賊である俺の指先に、パーティみんなの命がかかっている。
点検して、やり過ぎということはない。
「よし、じゃあ行こうか……!!」
「行こう!」
「おうとも!」
「行こうか!」
ということで、俺たちはじゃがいも迷宮の門を潜るのである。
ぽっかりと開いた口は、明らかに人工のものにしか見えなかった。
岩の下には、磨き上げられた石を積み上げた、なかなか豪華な門がある。
入り口から少しは、完全に探索済みだということで、あちこちに灯りの魔法がかけられたランタンが掲示されていた。
灯りの魔法は魔神の管轄らしいが、知識神が彼に直々に掛け合って格安で魔法を提供させているのだとか。
ちなみにそのお金は信者からのお布施で賄われるが、お布施のでどころは、この場に展開されている様々な店舗が支払う場所代なのだとか。
お陰さまで、俺たちは松明を節約しながら奥へ奥へと進む事ができる。
「案外、中の空気は乾燥してますね。炎の魔法が使いやすそうだ。ずっと地中にあるというから、もう少し湿気や臭いが篭ってると思っていたんだけれども」
「そりゃあ、たくさんの冒険者が入ったんでしょ? あたしたちは後発もいいところだし、空気が元とは変わっちまっててもおかしくないさ」
「それはそうか。アリサはどう? 何か変わったものがある?」
「うーん……特徴的な意匠とかは全然ないよね。なんか、不自然なくらいにプレーンだよここ。わざと、そういう飾りとか建築の特徴とか、消してしまったみたいな……」
なるほど。
知識系の二人の話だと、この迷宮はちょっとおかしいのか。
元来、迷宮って言うものは人間よりも前に世界を支配していた種族が作ったものだ。
オークの遺跡、エルフの遺跡、それぞれに特徴がある。
エルフが作る遺跡はこの間みたいな、自然と人工物が一体化していて、パッと見は天然の洞窟に見えるものも少なくない。
オークの遺跡は逆で、一般的に迷宮と呼ばれるものは、オークたちが作った遺跡なのだ。
「じゃあアリサ、これって人間が作った迷宮だとか?」
「ううん。私たちは、まだこんな地中深くに迷宮を作れる力はないもの。出来るとしても、神様の力を借りなきゃ」
謎は深まるばかりだ。
続いている壁はのっぺりとしていて、突起や凹みが無い。
継ぎ目はあるものの、それも妙に真っ直ぐ。
作り手の癖を感じない。
俺は念のため、長い棒を取り出して床をぺちぺち叩きながら行く。
もう片手では壁を触り、常に天井にも目を配り。
探査しつくされたルートではあるのだが、それでも油断できないのがこのじゃがいも迷宮。
なぜなら、情報で得たとおり……。
「きゃっ」
アリサが悲鳴をあげた。
レベッカが今回用にあつらえた手斧を抜く。
アリサが手首を何かに絡まれている。
どうやら彼女は、壁を触っていたようなのだが、壁面の一部が剥離して触手になっている。
これがアリサの手首を捉えたのだ。
「こいつがイミテーターだね!」
レベッカが躊躇無く、手斧を叩き付ける。
触手が切断された。
なんだかおかしな汁みたいなのが吹き出す。
すると、イミテーターは突然その擬態を解いた。
見た目は、半透明で不定形のゼリーみたいな怪物。体の端が触手みたいになって、うねうね動いている。
これが、アリサ目掛けて飛び掛ったのだ。
「こいつ、視覚があるのか!」
俺は慌てて短剣を抜いた。
だが、その必要は無かったのだ。
「きゃー!!」
アリサが悲鳴を上げながら、拳を振り回した。
握りの小指側がイミテーターに炸裂。
『プギュッ』
とか音がして、アリサに殴られたイミテーターが空中で破裂した。
辺りじゅうに汁が飛び散る。
「あー……。多分、一番弱そうな人を狙ったんだね、このイミテーター」
「なるほど。それで、アリサに撃退されたってわけか」
「ふえーん、なんかぬるぬるするよう」
「ちょっと待ってなアリサ! 拭いてあげるから……おや? イミテーターの汁って全然臭いがしないんだねえ……?」
いらぬ知識が身についてしまった。
イミテーターは無臭、と。
考えてみれば、擬態する事を売りにしているモンスターが、ばりばりに臭いを発していたら意味がない。
「でも、どうしてイミテーターに触ったんだ? 分からなかったなら仕方ないんだが」
「あのね、平たい壁が、そこだけちょっと盛り上がってたから、おや? って思って突っついたら柔らかくて」
「アリサ、俺の許可なく色々触るの禁止! 危ないんだからな!」
「はーい」
しゅんとなるアリサ。
それに反して、ジョージが一人盛り上がる。
「いや、これって凄い発見だよ! イミテーターは触れば分かるんだ! つまり、彼らは視覚と嗅覚を誤魔化せるけれど、触覚では違和感を覚える程度の擬態しかできないってことだよ! ロッド、その棒がイミテーター対策になる!」
「なるほど、そういうことか! アリサ、ある意味お手柄だ」
「そ、そお? むふふ」
「でもアリサ、これが罠だったらあたしたち全員巻き込まれてたかもだから、今度から気をつけなね」
「う、うん。気をつける」
こと、迷宮に至っては、好奇心猫を殺すというやつだ。
好き勝手に触れて回っていたら、長生きはできないだろう。
かくして、教訓を得た俺たちは、おっかなびっくり進んでいく。
途中、灯りを灯している魔法のランタンが明らかに多いところがあって、試しに棒でつついたらイミテーターだったり、通路の横合いに入り口があって、剣や鎧やらが放置されている部屋が見えたので入り口をつついたらイミテーターだったり。
「こえー。もう何も出来ないよ」
震え上がる俺。
「よくぞ、冒険者の先輩がたはここを乗り越えたもんだねえ……」
呆れたように言うレベッカは、手斧についたイミテーターの汁を拭っている。
どうやらこの汁は、すぐに乾いてしまうようだ。
だが、下手に武器についたまま乾いて、切れ味が落ちたりしたら大変だ。
ついさっきも、天井脇にへばりついた複数のイミテーターが飛び掛ってきて、レベッカの手斧が唸りをあげたところだ。
一匹目は切り落とせたものの、二匹目は切れずに地面に叩き付けることになった。
これを、俺が短剣で仕留めたのだ。
「これ、狭い空間で連続で来られたらことだね……」
「予備の手斧は?」
「あと一本あるけど、戦闘中にすぐに抜けるもんかい」
「じゃ、レベッカが一匹切ったら、俺とスイッチだな。俺が予備を抜く時間を稼ぐ」
「分かったよ。いやあ、ロッドは頭の回転が速くて助かるねえ」
俺とレベッカのやりとりを、アリサが間でキョロキョロと見回していたのだが、急に入り込んできた。
「わっ、私も前に出てがんばるよ!」
「お、おう! だけどアリサは杖が俺たちに当たらないようにしてくれよ」
「うんっ」
鼻息も荒く答えるアリサ。
これは……あれだろうか。
レベッカがちょっと笑いながら、後衛に引っ込んでいった。
気持ちは嬉しいんだけど、そういう事を考えてる余裕はないんじゃないかなあ、なんて思ってしまうのだ。
かくして、俺たちはイミテーターが溢れる迷宮序盤を抜けていくのである。




