噂の迷宮、情報収集
翌日から、情報収集を開始した。
俺の後ろには、ピンクのもこもこ篭手を装備したレベッカと、もこもこのバンドを手首にはめたアリサが続いている。
結局アリサもあの篭手を欲しがったので、魅了効果だけがついたバンドを購入したのだ。
後衛が狙われるようになったら危ないんだけどなあ……。
「おう、怪力僧侶一行じゃねえか。とんとん拍子で昇ってきたな! おめでとう」
声をかけてきたのは、先輩冒険者だ。
彼らは遅い朝食を摂っていて、水代わりにエールをぐいぐいやっている。
「あ、どうも。あの、俺たちもじゃがいも迷宮に潜る許可をもらったんですよ」
「ほお、そうか! ありゃあ、結構な難所だぞ。行方不明者も出てるからな」
「そう、それなんですよ。俺たち、本格的な迷宮とか初めてなんで、皆さんの経験談とか聞きたいなーと」
「ただじゃあ聞かせられねえな」
もちろんだ。
俺はマスターに、先輩冒険者パーティ全員ぶんのぶどう酒を注文した。
同じ量でも、薄めないぶどう酒はエールの三倍の値段がする。
「おお! 分かってるじゃねえの! こりゃあ、酔っ払って俺たちの口も軽くなっちまうな」
「うめえ! やっぱ一番うめえのは仕事の後の酒とただ酒だな!」
「ロッド、こういう交渉は得意っぽいよね」
「いやいや、俺以外できそうなのがいないだろ、うちのパーティ」
アリサはちょっと人見知りだし、ジョージは興味がある話題になるとまくし立ててしまうし、レベッカはある程度難しい話題になると思考を放棄する。
うん、俺しかいない。
「じゃんじゃん飲んでください。それで、どういうところに気をつけたらいいか教えて欲しいんですけど」
「そうだなあ。情報は一応、俺たちの商品でもあるからな。ま、この酒が代金がわりだな」
「うんむ。気をつけるっつったら、もうあれしかねえな。おいお前ら、イミテーターって知ってるか?」
「イミテーターって、宝箱とかに化ける、擬態能力を持った形のないモンスターの名前だよね?」
「そうだ、そこの神官のお嬢ちゃんの言うとおり。そいつが、わんさかいるんだ。中には、宝箱ばかりじゃなく、ドアや家具、でかいのになると、部屋まるごとがイミテーターだったりしたぜ。しかも退治しても退治しても、奥から新しいのがやってきて、一晩経つと元通りだ」
「ひええ」
アリサが青くなった。
「……ということは、何者かが迷宮の奥でイミテーターを生み出してるってことかな……」
「奥って、迷宮の主でもいるってのかい?」
ジョージの言葉に首をかしげるレベッカ。
あのじゃがいも迷宮は、古代の遺跡だとかそういうものじゃないと。そんな可能性があるのかもしれない。
先輩冒険者たちには魔術師がいなくて、よく分からないようだった。
だが、その辺りに詳しいのは知識神の神官であるアリサだ。
「迷宮っていうのは、まだ踏破されてない遺跡のことなの。だけど、たまに遺跡じゃない、本物の迷宮が現れることがあるみたい。多分、じゃがいも迷宮はそれだと思う。ふつうなら、イミテーターは退治されたらもう出てこなくなるもの」
イミテーターは元々、古代の文明で万能の家具として使われていたゴーレムの一種らしい。
ゴーレムっていうのは、土やら石やらに魔法をかけて、簡単な意識を与えて自ら動けるようにしたもの。イミテーターの材料は不明らしいが、基本的に柔らかで、魔力を通すと硬くなる素材でできているとか。
で、そんなゴーレムが野生化したイミテーターは、生き物を襲って直接魔力を補給する。
生き物ではなかったはずなのに、野生化したせいで生き物になってしまったモンスターなのだ。
「でも、イミテーターを作ったのは、先代のオークの文明だっていう説があるんだけど……今のオークはそんな文明を築いたと思えないくらい衰退してて、一見して可愛いぶたさんにしか見えないし……。昔のオークが迷宮の奥にいるのかな」
この辺から、アリサの独り言になった。
それでも、俺が知らない話ばかりが飛び出してくる。
そもそも、オークってなんだ。おとぎ話で聞いたことがある程度の名前だが、ぶたさんだとか初耳だ。
ともかく、この冒険者達から聞ける情報はこのくらいらしい。
それでも重要な情報だ。
序盤には山ほどイミテーターがいるというわけだから、備えをしていかなければならない。
「イミテーターがわんさといるところを抜けると、出来かけのキャンプがあるからな。そこで休めるとは思うが気をつけろよ」
「これはサービスだぜ。イミテーターの配置図な」
酔っ払って気分が良くなった先輩冒険者たち。
俺に向かって、羊皮紙を放ってきた。
キャッチして見てみると、なるほど、入り口からちょっと奥のキャンプに至るまでの簡単な地図が書いてある。
これはありがたい。
「もらっちゃっていいんですか」
「いいってことよ。俺たち、もうそれは覚えたしなあ」
「第一キャンプまで行ってる連中には、それくらいの地理は常識になってるわな」
そういうことらしい。
なんだか、先輩冒険者たちの目線が優しい気がする。
うーむ、善意ってやつなんだろうか。
そりゃあ、冒険者って職業の後ろ盾は、神様がやってくれてるわけだからそれなりに信用できる存在ではあるんだろうが。
こんな感じで、俺たちは酒場に残っている冒険者たちに情報提供を求めていった。
「もっと詳しい情報がほしけりゃ、迷宮内のキャンプが一番いいぜ。あそこは最前線に近いからな」
「なるほど……」
最後にもらった話に頷く。
そこでは、情報は財産……などと甘っちょろいことを言っている余裕がないらしい。
少しでも多くの情報を共有しないと、危険な罠や怪物で誰かが死ぬ。誰かが死ねば、そこで得られたかもしれない重要な情報を自分は得られず、次に自分が死ぬかもしれない。
逆に、自分が得た情報で誰かが危険な場所を踏破し、情報を持ち帰れば、次に自分がそのルートを行く時の生存率が上がる。
つまりは、そういう場所なのだという。
「ひええ、想像以上に怖い所だよ……」
アリサが震え上がった。
そうは言うが、俺たちが出会ったスクリーマーだって、キラーポテトだって、結構シャレにならない相手ばかりだったはずだ。
アリサを守ってホブゴブリンと向かい合った時は、今思い出しても背筋が寒くなる。
つまり、この迷宮の恐怖というのは、そういう物事の延長線上にあるってことだ。
「ま、最初はゆっくり行こう。無理したら元も子もない。あと、イミテーターがお金になる素材を落とすって。みんなそれを狩って、お金に変えてるみたいだな」
「へえ……。潜り続けて財宝を探すんじゃ、スカした時に大損だと思ってたけど。道理で生きて戻ってきた連中、羽振りがいいのね」
レベッカは辺りを見回した。
だが、戻ってこられたから財産を得られたのであって、少なからぬパーティが迷宮に飲み込まれ、二度と戻ってこなかったようだ。
中には、まだ冒険者ローンを返しきっていないパーティもあったことだろう。
今頃、幸運神の天界で、彼らはタダ働きさせられているかもしれない。
「その辺り、ロッドはちゃんと用意はしてあるのかい?」
「もちろん。盗賊の七つ道具の他に、リュックを新調したからな。ロープにザイル、こいつは伸縮式の棒だ。オーガサイズまで伸ばせるぞ」
「おおー」
「へえー」
俺たちがテーブルに帰ってから、料理が届くまでの間、用意しておいた盗賊道具を解説する。
これからの迷宮、命綱になるのは俺の目と鼻、技と、これらの道具だ。
まだまだ経験が浅い俺だが、そんなことを言い訳にしてはいられない。
何せ、俺たちはこの迷宮の奥深くまで潜らなければならないのだ。
そこに、アリサの力をどうにかできるという指輪がある。
「よし、気をつけて行こうな」
俺が声をかけると、レベッカが呆れた顔をした。
「締まらない掛け声ねえ……。でもまあ、命は預けるよ」
「うん、頑張ろうねロッド!」
アリサはぎゅっと拳を握って、こっちを見つめてくる。
うん、頑張らなくちゃな。




