冒険・下水道探索4
涌いて出てくるスクリーマーを、千切っては投げ、千切っては投げと進んでいく俺たち。
先ほどのような、ある程度の数を一度に相手にすることさえ無ければ、狭い通路ならコンビネーションで攻撃する俺たちがピンチになる事はない。
「皆さーん、あまり狩り過ぎると下水道の生態系が崩れるので……」
「あっ、すみません」
調子に乗ってしまっていたようだ。メリルは今まで倒されたスクリーマーを数えていた。
余分に倒されたぶんだけ、後日出されるスクリーマー退治依頼の件数が減るのだとか。
「スクリーマーは、下水の掃除屋といわれるくらい何でも食べて吸収するのよね。それで、スクリーマーを食べて暮らしている生き物も下水にはたくさんいるから」
「人間が作ったはずの下水も、自然環境のようになっているんだねえ……」
アリサの説明に、感心した風なジョージ。
今現在、我がパーティには知識系の職業についている人間が三人もいるのだな。
知識神の神官であるアリサに、魔術師のジョージ。そして冒険神の神官のメリル。最後の一人は知識系なのかどうか怪しいが。
ここからはメリルのアドバイスに従い、スクリーマーをなるべく回避して行くことにした。
奴らはなんでも食べるため、動くものを見つけると寄ってくる習性がある。だが、一つ大きな特徴があり……。
「そーれ」
俺が放り投げた干し肉に、スクリーマーがわーっと群がっていった。
そしてみんなで干し肉を食べ始める。
ゆっくり、ゆっくりと。
そして食べ終えたようで、そのままそこに留まってまったりし始めた。
食事がのんびりなのと、肉類の消化吸収は時間がかかるのだ。
ただでさえ、植物が無理やり動いているような個体である。それが消化吸収までやるとなると、生半可な時間では済まない。
ということで、大人しくなったブロッコリー頭どもの脇を、俺たちは悠々と抜けていく。
さて、少し進んだところだ。
この間行った場所よりも、随分と奥まったところまでたどり着いた。
ごうごうと水が流れる音がする。
心なしか、汚水の臭いが弱い気がする。
「あれ、これってもしかして……」
ジョージが気づいたようだ。
アリサがドヤ顔をして、彼に解説する。
「そうよ。ここからが、濾過の遺跡なの! 下水はここから遺跡に流れ落ちていって、綺麗な水になって川に戻っていくのよ!」
どうしてアリサが偉そうにしているのだ……とは思うが、それには理由がある。
この遺跡を発見し、解析し、今の下水システム構築を行ったのが知識神の神殿だったからである。
俺が思うに、この町の神殿は信仰集団というよりも、職能集団と言ったほうがいいのではないか。
知識ばかりでなく、こういった下水を設計したり、ある程度は自分たちでモデルを組み立てたりすることまでやってのける。
アリサはあの怪力だから、そういった細やかな仕事はあまりやってはおるまい……。
「えっ、やってるわよ。ほら、最近神殿の門柱を削り出しの大理石にしたでしょ。あれを大まかに削ったのと、運んで立てたのが私」
「えっ!? あれ、お前一人でやったのか!?」
「そうよ。お陰で予算の範囲でとってもいい門柱ができちゃった」
何気に、力の超神様のパワーを使いこなしているんじゃなかろうか。
「あたしとしては、アリサの力はちょっと羨ましいんだけどねえ」
「おや、どうしてだレベッカ」
「そりゃあもう。あたしはこうやって力仕事をするしか能が無いだろ? なのに、腕力だとどう鍛えても男には勝てないっていうね。ジョージくらいのもやしなら別だけどさ」
「レベッカは比べる相手が悪いよ」
誰しも悩みはあるものだ。
運命の神というものがいたなら、そいつはきっと根性が捻じ曲がっているに違いない。
よりによって、パワーが全く必要ない知識神の神官の娘に、世界最強みたいな筋力を与えてしまうのだから。
「おやおや、見えてきましたね。あそこが遺跡で……このあたりで目撃情報があったんですよ」
メリルが立ち止まった。
彼女の頭の向こう側に見えるのは、緩やかな滝になった流れである。
遺跡は暗がりの中、かすかに光っているように見える。
それは表側にいくつもの筋が引かれており、この筋が水を飲み込んで行っている。
遠目で見ると細く見えるが、きっと小舟くらいは楽に入り込めるような大きさだろう。
ばしゃり。
何かが滝の半ばで跳ねる。
「おっ」
俺の声に、レベッカが寄ってきた。
「いたのかい?」
「わからない。だけど、多分」
今度はレベッカが見つめる先で、何かが跳ねる。
小さな水しぶきではない。
結構な大きさの何かがいる。
「よし、アリサ、準備してくれ!」
「えっ」
「えっ、じゃないって! アリサが杖で水の中に入れて、あいつを釣り上げる話だったろ!?」
「こ、こんな汚い水に杖を入れたくなーい」
「この辺から濾過が始まってるから、そこまで汚くないから」
「そ、それはそうだけどぉ」
アリサがもじもじしている。可愛い。だが、俺は心を鬼にする。
「レベッカの革鎧のためだ……!」
この言葉に、アリサはハッとした。
「ううっ、わ、私の回復魔法のせいでレベッカの鎧が……!! し、仕方ないよね。ねえロッド」
「なんだい?」
「杖が臭くなっちゃっても、私を嫌いにならないでね」
「どういうことだ」
「乙女心ですねえ」
メリルには分かるらしい。分からん……!!
そんなやりとりの後、みんなが見守る前で、アリサが杖を下水にぽちゃりとつける。
確かに、この辺りの水は色が茶色くなくなっている。
「正確には、この入口からもう遺跡と混ざってるの。遺跡はその内部で水を濾過するんじゃなくて、遺跡の上に乗った時点から濾過を始めるのよ」
「どういう仕組なんだろうな……。というか、濾し取った分はどこに行くんだ」
「うーん……。研究によれば、遺跡は少しずつ成長しているみたいなの。だから、多分濾し取られた色々なものは遺跡の材料になってる」
「それ、遺跡っていうか今も稼働し続けているなにかなんじゃないか……?」
なんだか怖くなってくる話を聞いてしまった。
アリサは説明をしながら、杖をくるくると水の中で動かしている。
すると、さっきよりも随分近いところで、水が跳ねた。
どばん、という感じで、明らかに大きな跳ね方だ。
「来たよ……」
レベッカが唇を舐める。
握りしめているのは弓矢か。
汗で滑らないように、握りには動物の皮が巻かれている。
「今回の魔法の使用予算は……」
ジョージも、使用可能な魔法を用意している。
使用するたびに、該当する神様へのお布施が必要なので、使用回数に制限があるのだ。
メリルは……いない。
いや、かなり遠くに下がって、物陰に隠れてこちらを伺っている。
なんという逃げ足だ。
「あ」
アリサが声を上げた。
巨大な何かが水中にやって来ている。
それは頭上にあるアリサの杖に反応し……。
うっわ、杖の両脇で、巨大な目がこちらを見上げている
表情を感じられない目だ。
これは、大きな魚……?
下水ってどれだけ深いんだよ。
「ロッド……! お、お願い、私を支えてて!」
「よし、微力ながら頑張るぜ……!!」
俺は後ろから、アリサの腰を支える。
思っていたよりもずっと細く、そして布地を通して分かる柔らかさ。
……成長したなあ……。
しみじみと思っていたのだが、状況は余韻など与えてくれなかった。
水中から何かが飛び出した。
それは、魚……ではない。
……腕!?
ランタンの光に照らされるのは、ぬめぬめと照り輝く、青灰色の巨大な腕。
それが水上にいるアリサ目掛けて襲い掛かってきて、
「させるかい!!」
叫びとともに、レベッカが矢を放った。
スクリーマー戦ではイマイチの命中率だった射撃だが、今回は見事に命中。
既に蛮神の力を借りていたようで、勢い良く放たれた一撃は、青灰色の腕に深々と突き刺さった。
水中から絶叫が上がる。
下水が泡立ち、そいつが飛び上がってきた。
「な、なんだこいつ!!」
「僕も見たことがないよ! 文献でもこんなの……!」
「古代魚だよ!」
アリサが叫んだ。
妙に生き生きした声である。彼女が所属する知識神の神殿では、貴重な知識が記された書籍を多数所持していると言う。
それに描かれていたのかもしれない。
「でも、もうずっと昔に滅びたはずで、オークの世界と一緒に消えてなくなって……」
叫びながら、そいつはアリサが突き出している杖に食らいついた。
頭だけで、俺たちの全身くらいのでかさがある。人間なんか一呑みだろう。
ガチガチと尖った牙が杖を噛みしめる。
だが、アリサのパワーに耐えられるように特別に鍛造された、強靭無比な杖である。
びくともしない。
「うおおっ!」
アリサが引っ張られて、俺は全力で彼女の体を支える。
アリサも必死な顔をしている。
だが、どこか表情に笑みが浮かんでいる。
「すごい……! 本当に生きてたんだ、すごいよ……! 遺跡って、一体なんなの!? 無くなってしまった世界って、一体なんなんだろう……! アブラゲさんが言ってたことって、とっても大事で……」
「アリサ! 集中、集中ーっ!」
「あっ、そ、そうだった!」
ピタリ、とアリサの足が止まった。
彼女が古代魚と呼んだ怪物に、水に引き込まれていると思ったのだが……。
突然アリサと古代魚の力が拮抗した。
ピシピシっと音がした。
「げっ」
足元に、ヒビが入っている。
その根本はアリサの足だ。
古代魚の牽引を真っ向から、力だけで受け止めているのだ。
その隙に、レベッカの矢が次々と巨大魚目掛けて降り注いでいく。
頭部は硬いようでなかなか矢が刺さらないが、頭を外れて胴体や腕ならば、ざくざくと突き刺さる。
「”狩猟神よ、風と嵐と凪を越えて、降り注がせたまえ眷属の矢を!”」
ジョージの詠唱が響き渡る。
古代魚の頭上から、めきめきと音を立てて木の根が伸びてきて、それが何本もの矢へと形を変える。
ぎりぎりとねじれたそいつが、根っこから千切れて落下してくる。
狙いは過たず、古代魚の背中へと突き刺さる。
古代魚の動きが鈍くなった。
これも、アリサが真っ向からこいつを食い止めているおかげである。
的がでかくて動かないなら、当て放題ってやつだ。
「今っ!! どっせええええいっ!!」
アリサが女子らしからぬ咆哮をあげると、ついに彼女のパワーに耐えられなくなった足元の石畳が砕け散った。土台になっている土を巻き上げながら、だが、水面から古代魚の巨体が上空へ跳ね上がる。
そいつは天井に思いっきりぶち当たると、今度は壁に向かってぶっ飛び、思い切りそこにぶつかると、ぼてっと石畳に落ちた。
本当に釣り上がってしまった。
さて、メリルはさぞや感激しているのだろうと振り返ると、泡を吹いて目を回している神官の姿が見えたのだった。




