冒険・下水道探索3
俺たちが色々とお世話になっている、この冒険神の神官さん。
彼女はメリルというそうで、それなりに実力がある神官らしい。
「そりゃあもう。私は事務仕事においては町で一番ですよ」
「えっ、祈りとか武器の扱いとかが優れているのでは」
「そっちはからっきしですよ」
これは参ったぞ。
デスクワークで実力がある人が、現場についてくる事になってしまった。
かくして、不安しかないような俺たち一行は、再び下水道に潜るのだった。
「下水に出てくる生き物って言うと、ワニがいるけれど、それじゃないんでしょう?」
「ええ。ワニは下水で捕獲され、時々革鎧の材料として納品されています。今度のはもっと、違う生物らしいです。発見者の話では、遺跡の近くで遭遇したとか。硬い鱗に覆われていて、水中に突き立てた槍を跳ね返したそうです」
「水中かい! あたしは泳ぎは得意だけど、この水に入りたいとは思わないねえ……」
レベッカが下水を見て顔をしかめた。
下水と言うだけあって、生活排水が流れ込むこの水は大変汚いし臭い。
これが遺跡まで流れてしまえば、濾過の力によってきれいになるのだが……。
「僕としては、町の下水に住む生き物なんて未知の存在だよ。驚きの連続だあ」
ジョージは楽しげだ。
アリサに色々教えてもらいながら、ふむふむと頷いている。
彼はメモを取ったりしないんだな。
今回は、スクリーマーに出会うこともなく、そんなゆったりとした流れで目的地まで進んでいった。
俺たちがスクリーマーを倒した辺りは、すでに綺麗さっぱりとモンスターの残骸は片付けられている。
下水にはワニという水棲のトカゲみたいな生き物が住んでいて、スクリーマーやどぶネズミやらを捕食して生きているのだ。
こいつらは下水の掃除屋でもある。
人間だって、迂闊に下水に踏み込めば危ない。
俺たちは足を滑らせて下水に落っこちないよう注意しつつ、進んでいく。
「あ、ワニがいた」
アリサが、水面から覗いている目に気づいたようだ。
「えっ、どこどこ?」
「うーん、よく分からないねえ」
アリサの言葉に、下水にワニの姿を探すジョージとレベッカ。
「ほらほら、ここ、ここ」
アリサが杖を伸ばして、下水の辺りを指し示す。
「あっ、アリサさん危ないですよっ」
メリルが慌てた様子で叫んだ。
「ワニは、頭上に飛び出してきたものに飛びついたりしますからっ」
「あ、そうだった」
アリサがうっかり! という顔をしたときにはもう時既に遅し。
汚い水面を掻き分けて、茶色い尖った鼻面が飛び出してきた。
そいつが、水面に飛び出しているアリサの杖にがぶり、と噛み付いた。
「きゃあっ」
メリルが悲鳴をあげる。
「おおー、釣れたねえ」
「釣れたなあ」
レベッカが感心したように。俺もしみじみと呟く。
たかがワニである。
アリサが手にした杖に噛み付いたということは、すなわちアリサに釣り上げられたに等しい。
杖に噛み付いたまま、ぶらーんとぶら下がっている。
ワニが目をぱちくりさせる。
あれは状況が理解できてないな。
メリルも目を瞬かせた。
「えっ? えっ? あれっ? ワニが空中に、ぶらーん、ぶらーんって」
「よし、アリサ、そいつを床の上に落としてしまえ! 武具屋に持っていけばお小遣いになるぞ!」
「ほーい!」
アリサが無造作に、ワニごと杖を振り回す。
ワニはぐるぐるーっと振り回されると、床にぺちっと叩きつけられて伸びてしまった。
これはひとまず、他の冒険者に回収されないように、とどめを刺してから影に隠しておく。
こうして干しておいて、帰りに回収するのだ。
「よし、それじゃあ奥に行こう。あと、レベッカ」
「なんだい?」
「俺は考えたんだが、俺とレベッカでコンビネーションをして戦ったほうがいいと思う。俺たち二人が前衛なんだから、少しでもリスクの低い戦いをするべきだ」
「なるほど、リスクを抑えるってのは賛成だね。で、コンビネーションってどうするんだい? 囮と射手で組んで狩る、みたいなのは分かるけれど」
「それは、またスクリーマーが出てきたら練習してみよう」
この間の戦闘で考えていたのだ。
俺たちはめいめいに戦って、討ち漏らしたスクリーマーに囲まれてしまった。
これは、互いに面で展開して敵を後ろへ逃さないように、という意識から生まれてしまったものだった。
ならば発想を変えて、一匹ずつに戦力を集中し、なるべく速く相手の数を減らしていって対応してはどうかというものだ。
特に、レベッカの斧は威力が高いから、まともに当たりさえすれば大きなモンスターでも仕留められる可能性が高い。
「よしきた。ただ、あたしは頭を使うのが苦手だからロッドが指示しておくれ」
「おう!」
「いいなあ」
実に羨ましそうにアリサが言う。
お前は運動音痴だからなあ……。それに空振りが仲間に当たったら冗談じゃ済まない。
「ははあ、これが冒険者というものなんですねえ」
「メリルさん、ニコニコしてないで足元気をつけて! そこ滑るから」
ジョージの言葉が終わらないうちに、メリルはつるりと滑って尻もちをついた。
そこがヌメっていたらしい。
何かの体液だろうか?
「スクリーマーじゃないかね? ここでワニとやりあったのかもしれないよ」
レベッカが目を細めた。
確かに、その可能性は高いと思う。
俺はみんなに静かにするよう伝えて、耳を澄ませる。
どこかで、ずるっ、ずるっと石の床を歩いてくる音がする。
「あたたたた~……。お尻を打っちゃいましたあ」
「メリルさん静かに!」
「えっ!? な、なんですかいきなり!?」
あー、この人はあれだ。
俺たち以上に冒険の素人だ。
だが、今回の依頼はこの人を連れて謎の水棲生物を発見、可能なら捕獲が目的になる。
そんなわけで、
「アリサ、メリルさんを頼む!」
「はーい!」
「来るよロッド! よく見えないけど、多分上からも来てる!」
「ぶっつけ本番だな。レベッカ、スクリーマーが見えたら、俺が先頭の奴の脇に回り込む。後から来て、挟み撃ちする形で思いっきりやれ!」
「あいよ!」
彼女の返事を聞きながら、俺は走った。
すぐに、闇の中からブロッコリー頭が出現する。
俺はそいつの脇に回りながら、短剣を突き出した。
当てるつもりはない。
スクリーマーはこれに反応して、鳴き声をあげながら俺に近づいてくる。
その背後には、あと二匹。
「よおっし、ここだね!」
斧を振りかぶったレベッカが駆けつけてきた。
そのまま、走った勢い任せに斧を振り下ろす。
大きな刃が、スクリーマーを背後からバッサリと切り裂いた。
体液が吹き出し、スクリーマーはしおしおっとなって崩れ落ちる。
「よし、このまま行くよ!」
「いや、ちょと下がるぞ! 体勢を立て直す! 上からも来てるかもしれないんだろ?」
「そうだった!」
互いに距離をあけながら、倒れたスクリーマーから離れる。
すると、そこに後続がやってきた。
奴らは倒れたスクリーマーを迂回するように左右に分かれる。
流石に乗り越えていったりはしないか。
「よし、今度はレベッカ仕掛けてくれ!」
「あいよ! おりゃあああ!!」
レベッカは叫びながら、右側のスクリーマーに踊りかかった。
斧が空を切る。
スクリーマーが仰け反って攻撃を躱したのだ。
動きが早い相手ではないが、これでもモンスターなので、攻撃を避けたりもする。
俺はそこに飛び込んでいって、スクリーマーが体勢を立て直す前に横っ腹を短剣で突き刺した。
すぐに引き戻して、さらに二回刺す。
スクリーマーが叫んだ。
奴の注意が俺に向かう。
そこへ、レベッカが斧を振り上げて叩き込んだ。
これでもう一匹のスクリーマーも倒れる。
「なるほど、では僕も加われそうだ。”荒ぶる闘神の一撃、燃える拳よ突き刺され!”」
様子を見ていたジョージが、俺たちのやり方を把握したらしい。
炎の魔法を使うと、炎の三つ編み男がまたアイヤーとか言いながら左側のスクリーマーを殴った。
俺もレベッカも、即座に対応する。
勢い良く突っ込んで、同時に武器を突き出す。
三匹目はそれで、燃やされ吹っ飛ばされ、下水に落ちた。
しばらくブロッコリー頭がばたばたしていたが、そこへ茶色いワニが浮かび上がり、スクリーマーに食らいついた。
もみ合いながら、二匹が沈み込んでいく。
「どえーい!」
間抜けな声がした。
俺たちの視界の端を、スクリーマーがぶっ飛んでいく。
目線を戻すと、杖をスイングし終えた姿勢のアリサ。
そして完全に腰を抜かしているメリル。
上から降ってきたスクリーマーを、アリサが杖でジャストミートしたらしい。
スクリーマーは動きが遅いからなあ。
ブロッコリーは壁に突っ込むと、そのままべしゃりと潰れた。
これで全部を退治したようだ。
「行けるな、完勝じゃないか」
「まあね。あたしは狩りは得意だからさ。指示してもらえれば幾らでもやれるよ!」
「レベッカは直線の動き、ロッドは回り込む動きだから、分かりやすくていいよ。これなら僕も含めて、色々なパターンができるね」
二人とも、飲み込みが早い。
三人で連続攻撃ができれば、戦いは楽になるはずだ。
もっとずっと強いモンスター……例えばオーガーなんかとも戦える気がする。
「ひえええ、皆さん強いじゃないですか……!? 本当に初心者パーティなんですか?」
「一応ね。ただ、俺は別のパーティで鍛えられたし、こっちの二人だって冒険者以外ではそれなりに経験を積んでるんだろう。初心者だからって何もかもぎこちないとは限らないですよ」
ちょっと俺、得意気である。
「なるほど、じゃあその発言は記録しておきますね。今回の成果によっては、皆さんちょっと難しい依頼も受けられるようになるかもしれません」
「えっ、マジですか」
それはありがたい。
難しい依頼は、その分だけ危険が増すが、報酬も大きい。
それに実力を認められた冒険者は、未知の迷宮に潜ることだって出来るようになる。
俺たちが難しい依頼を受けられる冒険者になれば、アリサの怪力を抑えられる指輪があるという、あの迷宮にだって潜れるだろう。
これは、気合を入れねば。
当ののアリサはいつもの調子で、
「えっ、これが終わったら難しい依頼受けるの?」
なんて事を言っているのだが。




