エルフとの別れと新たな出会い
俺たちは、エルフの赤ちゃんを布でくるんで持ち帰ってきた。
赤ん坊の時点で、果物なんかを食べて大きくなるのだそうで、そこらへんが人間とは全然違う。
ゴブリンも畑から生まれてくるし、もしかして、普通に母親から生まれて母乳を飲むほうが少数派なんだろうか、なんて考えてしまった。
「赤ちゃんかわいい。私も欲しいなあ……」
チラッとこっちをアリサが見る。
「お、おう」
不意討ちだ。
とても反応に困る。
アリサは、力の超神様による怪力をどうにかできそうだと知った途端、何やら積極的な話をし始めている。
いくらなんでも気が早い。
俺たちはまだ冒険者になったばかりなんだし、将来的にはそのつもりでも、今から世帯を持つ話はちょっとゴニョゴニョ……。
エルフと人間の赤ちゃんの違い、アリサが赤ちゃん欲しいと言っていることなど、知恵熱を出しそうに俺が考え込んでいたら、いつの間にか町に到着していた。
賞味、二泊三日の冒険だったことになる。
なんというか、思ったよりも短い冒険ばかりしているな。
「もう、ロッド、ぼーっとしてー。冒険神様のカウンターに報告に行かなきゃでしょ。一応これこれこうこうって説明しなくちゃ」
「あ、そうだった」
今回の冒険で、エルフの遺跡が発見された。
そこは広大な屋内にある森と言う不思議な環境で、正直、そんなところに入っても俺たち人間にとって価値があるものなど何も無かった。
エルフは自然と一体になった生活をしていたから、自然を利用し、征服しようとする人間の文明とは全く向いている方向が違うのだ。
だから、冒険者がやってくる場所、と言うわけには行かないだろう。
ただ、学術的な研究をする場所にはなる。
冒険神の神殿に今回の冒険の報告をすることで、この話は知識神の神殿へ伝わり、調査隊が派遣されることだろう。
失伝している、人間の時代以前の世界の情報。
それが分かるようになるかもしれない。
「アブラゲさんは、それでいいんですか?」
「構わぬさ。何より、都市であった処がむき出しになったことで、またゴブリンが今度はエルフであった者たちに悪さをするとも限らない。ならば、人間を信じ、彼らの守りを得よう」
「ううっ、遺跡を壊しちゃってごめんなさい!」
「謝る事はない。しかし私も肝を潰したぞ。力の超神の振るう力とは、あれほど凄まじいものなのだな……。世界はまだまだ広い……」
「うだー!」
赤ちゃんがアブラゲさんの腕の中で気勢をあげる。
これはこの子の空腹宣言である。
アブラゲさんは懐から干した果実を取り出すと、赤ちゃんに差し出す。
それを、エルフの赤ちゃんはもう生え揃っている歯でもぐもぐ食べるのだ。
とてもたくましい。
「で、この子を連れて帰るんですね」
「うむ。我が種族は黄昏の時代にあると思っていたが、それでも新たな命が紡がれたのだ。これは我らが滅びるべきではないという天命かも知れぬな。いや、神は内にいるが、外にも人知が及ばぬ、神ならぬもっと大きな何かがいるのかもしれぬ。我らは、諦めてしまっていたのだろう。それをこの子が教えてくれた気がする。いやはや、修行が足りぬ」
なむなむ。
相変わらず難しい事を考えている人だ。
だが、エルフが自分の種族の行く末に絶望して、それでみんな世捨て人みたいになっているという話は考えさせられた。
みんながみんな諦めてしまえば、そりゃあ先なんて無いだろう。
俺とアリサだって他人事じゃない。
力の超神様は良かれと思って宿ったのかもしれないが、その実大変な迷惑を被っている。
これをどうにかしないことには、アリサはまともな生活なんか送れないし、俺だって彼女を放っては置けないからとても困る。
だから、今回の冒険で俺たちが見出した、アリサの怪力をどうにかできるかもしれないという指輪の話。これはエルフにとってのこの赤ちゃんと同じ意味を持っているのだ。
「では、後は頼む。私は森に帰るとしよう」
「はい。アブラゲさん、お気をつけて」
「また遊びに来てくださいね! 私、それまでに赤ちゃんを抱っこできるようになってますから!」
おおっ、アリサの宣言だ。
そうなっているといいな。そうなるよう、俺も一緒に努力しよう。
「あうあ」
赤ちゃんが俺たちに向かって手を振った。
まだ、本人ははっきりとした意識が無いのかもしれない。
だけど、それが別れの合図になった。
エルフとの、三日間の冒険が終わりを告げる。
俺たちが見送る前で、彼らは町を通り抜け、去っていく。
いつかまた、アブラゲさんと再会することがあるだろうか。
「私はまた、森にて、お主らが築き上げる時代を見つめさせていただこう」
「ああ、それじゃあ! アブラゲさん元気で!」
「また来てね!」
「無論。イムが導く限り、再び巡り合うことも縁である。お主らと私は縁で繋がれた。またの時を。……そして」
最後にアブラゲさんは真面目な顔になった。
「至高神を信じてはならぬ」
「はい?」
なんだか不穏な言葉を残して、彼は去っていった。
かくして、俺たちは二度目の冒険を終えて、ちょっとの間の骨休め。
あと四日分くらいは普通に暮らせる蓄えがあるから、次の仕事の準備をしながらゆっくりしよう……ということになった。
その後はのんびりできる……と思ったら、忙しくなってしまった。
冒険神神殿のカウンターに報告を入れたところ、なんとその日の夕方に知識神の司祭……つまりアリサの親父さんがやってきて、俺たちに根掘り葉掘り詳しい事情を聞きだしたからだ。
「ほうほう! エルフの記述に残っていない遺跡……!? エルフの生態とな! ほほーう! いや、でかしたぞロッド。そして我が娘ながらさすがだアリサ! これは大発見かも知れないぞ。知識神神殿からもお前たちには謝礼が出ると思うが、私からもちょっとお小遣いを出しておこう……」
「えっ、ほんとう!?」
アリサが目を輝かせた。
「実は、この間の冒険で杖が曲がっちゃって、直すにもお金が無かったから……」
地面を叩いて温泉を噴出させ、じゃがいもを一網打尽にした件だな。
俺としてもお金がもらえるのは嬉しい。
冒険者ローンの支払いを、ちょっと繰り上げて多めに払っておけるからだ。
「しばらくはお前たちに話を聞こうと、全国の冒険神神殿から調査チームがやってくるだろうと思う。体を空けておいてくれ。いや、しかし大変な事だな! 新しい迷宮は見つかる、記録に無いエルフの遺跡も見つかる……! この町は世界中が注目するようになるかもしれないぞ!」
アリサの親父さん、たいへんテンションが高い。
もう夕方だというのに、そのままスキップしながら帰っていってしまった。
「なんだか、また冒険の日々から離れてしまいそうだ……」
楽して稼げるのはいいんだが、そもそもそれじゃあ、アリサの怪力を解決するという大本の課題に取り組めない。
どうにかしないとなあ、と考えていた時である。
「はあ!? どういうことなのよ? あたしじゃパーティを組めないっての!?」
「レ、レベッカ、そこまでにしておこうよ……! 神官さん引いてるってば」
「だってさジョージ! 納得いかないでしょー!? あたしの神様が蛮神様だからって、仲が悪いのは冒険神の都合でしょ!?」
「ですから、規定で蛮神信者には冒険者ローンの支払い能力がないというのが、冒険神様、幸運神様の共通見解で……」
「納得いかーん!!」
大声を張り上げる女の子と、隣でヒョロッとした気弱そうな男の人が、冒険神のカウンターにいる。
女の子は、金髪に白い肌。だけど、繊細な印象など全く無く、魔物の毛皮で作られたワイルドな革鎧を着込んで、大きな弓矢と斧を背負っている。
男の人は樫の木の曲がりくねった杖を持っているから、こっちは魔術師だろう。
あっ、カウンターの神官さんが助けを求めるようにこっちを見た。
すると、騒いでいた女の子となだめていた男の人も、つられてこっちを見る。
「なら、あちらの二人のパーティに入るといいですよ。ちょうど人数も足りていませんし、年齢的にも近いようですし」
「むむっ!!」
うわあ。
めちゃくちゃ俺たちを見ている。
これはまた、一波乱の予感なのである。
第二章・終わり




