冒険・エルフの遺跡3
すっかりゴブリンたちの気配が無くなったあと、俺たちは遺跡の奥へと向かった。
未だに遺跡がみしみし言っているのが大変怖い。
だが、アブラゲさんが
「私の魔法で木の根を強化しておいた。しばらくは大丈夫であろう」
と言うので、多分大丈夫だ。
原因であるアリサは、すっかり知的好奇心全開で、放っておくとすぐに前に行ってしまう。
「まだ何があるか分からないからさ、アリサは下がっててくれ!」
「えっ、でもでも、ゴブリンはいなくなったし、もう大丈夫……わきゃあっ」
言いながら、彼女は派手に転んだ。
その足元で、アリサの足によって蹴られて千切れたと見えるロープが跳ねている。
すると、周囲でけたたましい反響音が響いた。
「うわっ、これは……音を立てて侵入を知らせる罠か」
多分、ゴブリンが作った罠だろう。
だが、彼らがいなくなってしまった今、これはただうるさいだけの罠だった。
それもしばらくすると収まってしまう。
「アリサ」
「ごめんなさあい」
アリサがしゅんとした。
彼女の警戒心の無さは、本当に冷や冷やする。天真爛漫と言ってしまえばそれまでだが、何よりも知的好奇心に駆られると、我を忘れてしまうようだ。
彼女を助け起こそうとすると、
「あの、すがりついたら、こう、骨とか折っちゃいそうだから……」
という事で、断られた。
ちょっと寂しい。早くアリサの怪力をどうにかしてやらないとな。
一息ついて、遺跡の探索を再開する。
少し行くと曲がり角になっていて、その奥が広い空間になっていた。
天井のあちこちがひび割れていて、外と繋がっているようだ。太陽の光がうっすらと差し込んできている。
地面を見ると、石畳が掘り返されて、土がむき出しになっていた。
「これはゴブリン畑だね。ゴブリンの種を植えると、少しして赤ちゃんゴブリンが収穫できるの」
「ゴブリンって、本当に畑からとれるのか……」
「普通に生まれたりもするけど、一度に数を増やす時は畑を使うみたい。もともとゴブリンは妖精だから、人間とは違う増え方をするんだって」
「妖精って言うか野菜だな」
この間のじゃがいもと言い、ゴブリンと言い、俺たちの冒険は野菜に呪われていたりするんだろうか。
「足元に気をつけるのだぞ。ふむ、ゴブリンはまだ土の中に埋まっているものがいるのか、いないのか」
アブラゲさんも興味深そうに、足元を見て回っている。
この穴だらけの広い空間を通り抜けると、彼の目的地らしい。
俺たちは慎重にゴブリン畑を抜けていく。
「かつて、我らエルフも土から生まれる野菜であったと聞く」
「えっ!? そうなんですか!?」
アリサが食いついた。
「そんなにびっくりするような話なのか? いや、俺もちょっとびっくりしたけど」
「知識神様が残した文献だと、エルフの人たちに関する記録がすっぽり抜けてるのよ。私たち人間の前に世界を支配していたって言う、オークの記録はちょっぴりあるから、もっぱら神話や歴史を研究する神官は、そっちがメインね」
「そんなものなのか。でも、その頃には人間はいなかったから記録がないとかじゃないのか?」
「いや、過去にもお主たちと同じような人間はいた。もっと原始的な生活をしていたがな。あの時代、我らエルフが世界の支配者だった。我らの文明は世界を覆い、全ての大地は森と共にあった。海にも我らの同胞が住まい、海のエルフたちが海藻の森を泳いでいたのだ」
アブラゲさんが遠い目をした。
「まるで、その時代を見てきたような……。もしかして、アブラゲさんその頃から生きてたんですか?」
アリサが尋ねる。
昨日聞いた、世界が上書きされているという話に繋がっているんだろう。
アブラゲさんは地面に空いた穴をひょいっと飛び越えると、
「我らの時代には、寿命と言うものが無かった。ゆえに、あの最後の日を生き延びた古きエルフは、死ぬことなく移り変わる時を見つめているのだ」
「ははあ……」
よく分からない。
どうとでも取ることができるような答えだ。
だが、あまり語りたく無さそうな気配を感じたので、俺は黙っておいた。
「我らエルフが野菜であったという証拠は、論よりも如実に見ることができるぞ。さあ、奥の間へ」
アブラゲさんが立ち止まった。
そこは、壁だ。
「私は帰ってきたぞ。古き同胞よ」
彼が言葉を告げると、壁であった場所がぼんやりと光った。
そこが、ゴゴゴゴゴ、と音を立てて開いていく。
開いて……あ、とまった。
「ぬっ、壁が歪んで開かぬ」
アブラゲさんがとても焦った顔をする。
微妙な隙間しか出来ていなくて、そこからは俺たちの誰も抜けられ無そうだ。
アリサが辛うじて可能かもしれないが、多分尻がつっかえる。
「ロッド、今すごく失礼な事考えたでしょ」
「滅相も無い」
俺は誤魔化しておいた。
だが、壁が歪んで開かないというのは、やはり長い年月を経た遺跡が変形してしまっているせいだろうか。
いや、多分アリサが遺跡を壊しかけたせいだろう。
ではそんなアリサに頑張ってもらうほかあるまい。
「よし、アリサ、ゴー!」
「……ロッド、なんだか私の扱いが荒くなってないかなあ……」
我が幼馴染は、納得がいかなそうな顔をしつつ、半開きの壁に手をかけた。
「ええいっ!」
可愛らしい掛け声が響く。
すると、彼女の体が一瞬、眩く輝いた。
アリサの背中から見守るように、力の超神様の逆三角形ボディが顕現する。
『イエスッ!! ゴー、プッシュ!!』
何やら力の超神様がポーズを決めながら吼える。
「はいっ! ぐぬぬーっ!」
アリサの指先が、壁面に食い込んでいく。
凄い力が加わっているのだ。
そして、壁は扉のように開かれた……というわけではなく、アリサが握った辺りから無理やり引き剥がされていく。
おお、謎の素材で出来た分厚い壁が、まるで柔らかい粘土のようだ……。
無論、遺跡がミシミシ、メリメリと悲鳴をあげている。
これは遠からず崩れる。
「はやくぅぅぅぅ」
不思議な掛け声をあげつつ、アリサが壁をこじ開けるクライマックスに突入する。
「普通のっ、女の子にぃっ、なりたぁぁぁいっ!!」
最後の一声と同時に、バリバリメキメキドカーンッ、と家ひとつ分くらいの壁が引っぺがされて、ついでに天井もはがれて、遺跡に生えていた木が頭上から落っこちてきた。
同時に、「ゴブゥッ!?」「ゴブブーッ!?」という哀れなゴブリンたちの悲鳴が聞こえる。
あいつら上に避難していたのか。
あっ、二、三匹落っこちてきた。
つまり、遺跡がどうなったかと言うと。
俺たちの背後あたりが、アリサによってまるごと地面から引き剥がされたようになって、綺麗に青空が見えるようになってしまったのだ。
ああ、こりゃあもう、この遺跡はおしまいだ。
アブラゲさん、無意識の内になむなむ言っている。
すまんな、本当にすまんかった。
「開いたわよ! 行こう!」
なんだかキラキラした笑顔でアリサが振り返る。
汗一つかいてない辺り、これでもまだフルパワーじゃないのだろう。
すっかりフルオープンになってしまった奥の間に、俺たちは繰り出すことになったのである。




