冒険・エルフの遺跡2
ランタンを灯して、青い遺跡に踏み込んでいく。
入り口から、壁や床に浮き出してきた木の根が目立ち、足場はあまりよくない。
「アリサ、足元気をつけて。アブラゲさん……は大丈夫か」
「うむ」
軽快な足取りで俺の横を行くアブラゲさん。
アリサはと言うと、おっかなびっくり、足元を見て、壁にてをつけて歩いている。
「ロッドー! 置いていかないでー!」
「大丈夫、置いていかないから。落ち着いていこう。あと、壁がみしみし言ってる。あんまり力をかけないようにね……!」
「あっ! 危ないところだった」
危ないところだったか。
危うくエルフの遺跡が崩れ落ちるところだったかもしれない。
「ははは、大丈夫。アリサは力強いかも知れぬが、石と土、根によって固められた遺跡の壁は磐石の大地の如し。気にせずとも崩れる事はない」
「よ、よかったあ……」
アリサがホッと胸をなでおろし、もう、怖がらせないでよと俺に言いながら、壁をぺちんと叩いた。
そこに小さなクレーターができる。
俺もアブラゲさんも真顔になった。
アリサは真っ青になった。
一瞬、遺跡がゴゴゴゴゴ、と怪しい鳴動をした。
がんばれ、がんばれ遺跡!
崩れるんじゃない!
遺跡は長い時代を生き抜いてきた矜持を見せ付けるように、少しして鳴動が収まった。
その代わり、あちこちがみしみし言い始める。
「私も修行が足りぬな……。世界は広い」
アブラゲさんがなむなむ言いながら合掌した。
大変慌てた俺たちであったが、それは遺跡に潜むゴブリンたちも同様だったようだ。
静かだったのが、途端に騒がしくなっている。
ざわざわ、がやがや、ぎゃあぎゃあと奥から聞こえてくるではないか。
「アブラゲさん、これって遺跡をこのままアリサのパワーで潰してしまえば一網打尽に……」
「それは困る。私の目的は最奥にあるものなのだ」
ですよね。
遺跡の暗闇の中、ゴブリンたちのざわめきであろう、ざわざわ声がやまない。
普通、洞窟や遺跡って地震でもない限りは、あんなに大きく軋んだりはしないから、あいつらはきっと遺跡が崩れるんじゃないかと心配しているのだ。
アリサは反省して俺の後ろで小さくなっているが、いやいや。これってかなり効果的だったんじゃないか?
「ロッド、ランタンを照らしていて良いのか? この灯りがゴブリンの目印になるのではないかな?」
「でも、俺たちはゴブリンみたいに暗視きかないですから、無いと一方的にやられますよ。それに、あいつらそれどころじゃないかもしれません。一応、壁側に避けておきましょう」
俺の耳は、複数の足音がこちらに向かって来るのを感じていた。
これは、耳が大きなアブラゲさんも察したようだ。
俺たちが壁に寄ると、アリサも真似をして壁にくっついた。
彼女の方を押し付けられた遺跡の壁が、ふんわりと凹む。まるで石壁が柔らかい土壁みたいだ。
そうすると、また遺跡がみしみし言いだした。
奥のほうから聞こえるゴブリンの声が、何だか切羽詰ったものになる。
「むっ、ロッド、アリサ、できるだけ壁につくのだ。来るぞ……!!」
アブラゲさんが緊迫感に満ちた声をあげた。
その言葉の通り、こちらにひたひたと歩み寄ってきていた足音が、ドドドドド、というものに変わっている。
つまり、ゴブリンたちが猛ダッシュしてきているのだ。
やがて、奴らは俺たちの目の前までやって来て、少しだけ速度を落とした。
だが、
「ひえーっ」
ランタンに照らし出されたゴブリンの集団に、アリサが恐怖を感じて壁にぐいぐいと背中を押し付けたので、遺跡全体がメリメリ言い始め……。
「ゴッ、ゴッ、ゴブゥーッ!!」
「ゴブブゥーッ!!」
ゴブリンたちはただでさえ緑色の顔を、さらに青くして、俺たちを無視して猛然と駆け抜けていく。
「壮観なものだな……」
アブラゲさんが呟く。
この人も、ゴブリンがこんなに慌てる様は見たことが無いのかもしれない。
ゴブリンたちは、まるで今にもこの遺跡が崩れてしまうのだと言わんばかりに、必死で走っていく。
族長っぽいゴブリンが先頭で、その後に男のゴブリンたちが続き、後ろに赤ちゃんを抱っこした女のゴブリンたちが続く。
最後に、ホブゴブリンがのっそりとやってきた。
こいつだけは状況を理解していないようで、全く慌てていない。
それどころか、壁にくっついているアリサを見て色気を出したみたいだ。
ゴブリンやホブゴブリンは、人間とは全く違う種族だ。話によると、ゴブリンは畑から生まれるとか。だが育ってしまうと見た目は人間に近くなるから、ゴブリンの男は人間の女性を好きになったりもするんだそうだ。
このホブゴブリンはアリサを気に入ったらしい。
「ホブッ、ホブー」
近くに寄ってきて、何やら壁に手を突いて(壁ドンというやつだ)アリサに熱心に声をかけ始める。
「あっ、このやろう!」
俺はカッと来て、ホブゴブリンに殴りかかった。
パンチがそいつの肩に当たるが、ホブゴブリンというのは筋肉質でとても頑丈な連中だ。
全然効いてない風に俺を見た。
くっそー。
俺は腰から短剣を抜く。
すると、ホブゴブリンは一瞬ぼーっとしてから、ハッとして武器を抜いた。トゲ付きの棍棒だ。
狭い通路で、俺とホブゴブリンが間合いをはかりながら、じりじりと動く。
なんだかいつの間にか一騎打ちになってしまっている……!!
「ろ、ロッド、がんばれ! 私も石を投げて応援するよ!」
「それはやめろー!?」
アリサ参戦なんて洒落にならない。
そりゃあ、彼女が怪我をしないようにって気持ちもあるが、そもそも俺たちが再会した時、洞窟を崩したのはなんだ。
アリサの投石だ。
「はあい」
しゅんとなってアリサがまた壁際に動いた。
「よし、ロッド、お主の頑張りを見守っているぞ。内なるイムが導いてくれるであろう」
「いや、アブラゲさんは助けて下さいよ」
「私は武器なるものを手にしたことが無くてな」
「なのにこんな危険なところに来ようとしてたんですか!?」
いかん、このエルフの人もおかしい。
「ホブッ、ホブッ」
ホブゴブリンが、こっちに集中して! という風に棍棒で俺を指し示してくる。
「あっ、ごめん」
俺はまたホブゴブリンと向き合い、またじりじりと間合いを計りあう。
お互いに踏み込むタイミングが計れない。
俺は経験不足で、戦闘なんてのは分からないし、ホブゴブリンも、こうして間合いを計りあう戦いの経験が無いようだ。
だが、その瞬間は突然やってきた。
固唾を呑んで見守るアリサが、思わず壁から突き出した根っこを握り締めた時だ。俺には見えなかったが、後々アブラゲさんが教えてくれた話では、引っ張られた根っこは天井側まで続いていたらしい。そいつが引っ張られて、天井の一部が崩落した。
ドゴゴゴッ、と崩れ始めたので、俺もホブゴブリンも肝を潰した。
お互い、崩れた方向を凝視して、もう戦いどころではない。
ホブゴブリンはすぐに、これは戦ってるどころじゃないぞ、と理解したらしい。
俺に背中を向けると、全力疾走で遺跡の出口まで走っていってしまった。
うん、俺もこの遺跡からは逃げたいな。
「やったねロッド! 大勝利だよ!」
だがまあ、アリサが大喜びしているしいいか……。
いや、本当に前衛に立ってくれる戦士が欲しい。
「うむ、状況は解決したようだな。見事見事。しかも無血での勝利は、まさしくイムの導き……。さあ、奥へ急ごうではないか」
爽やかな笑顔を見せて、アブラゲさんが颯爽と遺跡の奥まで歩き出した。
(主にアリサのせいで)崩れるかもしれないというのに、大変な度胸だ。
いや、エルフは植物を操る魔法が使えるみたいだから、彼なら崩れそうな遺跡でもなんとかできるのかもしれない。
「よし、それじゃあアリサ、行こうぜ!」
「うん! でね、あのねロッド」
「ん?」
「ホブゴブリンに殴りかかったロッド、ちょっとかっこよかったよ?」
「お、おう!」
俺はちょっとにやけてしまった。




