覚者(エルフ)来たりて
小さな依頼をコツコツこなす。
今日は、俺とアリサで町の入口の資材運びだ。
荷馬を使って、柱やら天蓋やらの材料を、材木の切り出し場から運んでくるのだが、これまた地味な仕事である。
「ほいっ、ほいっ!」
掛け声とともに、荷馬ごと材木の山を引っ張っていくのは……そう。アリサだ。
馬は引っ張られるままに、大人しくしている。
その背後には、荷車に積まれた一抱え以上ある材木の小山。
人目が無いところまでは、アリサが自分で引っ張ると聞かなかったのだ。
何故なら……アリサが引っ張ったほうが速い。徒歩とほぼ変わらないほどの速度で、この恐るべき重さの資材を運んでいく。本人の顔を見ていると、別に無理している風もない。
再会したばかりのころは、自分の怪力を恥じていたところがあったように思うのだが、この間の冒険を経て、人目が無いところなら堂々と力を使うようになった気がする。
「だって、ロッドばかりに頼ってたら悪いもの! 私だって、できること精一杯するわ!」
とか。
俺は別に、アリサに尽くしていたわけでも無いと思うんだが、彼女が前向きになりつつあるならそれはそれでいいかと思う。
「アリサ、そろそろ次の荷馬当番とすれ違うぞ」
「うん、じゃあ、ここからはお馬さんよろしくね」
アリサの言葉に、馬がぶるるっと頷いたように見えた。
彼女は手にしていた極太の荒縄をくるくるっとまとめると、荷馬に掛けに戻り……。
そこでピタッと硬直した。
「? ……どうした、アリサ?」
「あ、あ、あの、ずーっとそこに……?」
「誰かいるのか?」
俺が固まっている彼女の肩口からひょいっと覗き込むと、そこには。
道端には時折、旅神をかたどった石の彫像が置かれていることがある。
旅人の平和を祈り、全ての旅人を守護する職能神で、他の神の敬虔な信者もこの神様だけは別腹で信仰する、ということがよくある。
神様な基本的に寛容で、複数の神を同時に信じていても問題ない。これは神殿側も同じ立場だ。
で、そこには旅神の彫像があったのだが。
二つある。
……いや、あの旅神によく似ているもの、あれは人間か……?
「なむなむ」
「生きてる!!」
俺もひどく驚いた。
そこにいた人物は、灰色のダブっとした衣装を揺らめかせながら立ち上がると、手と手を合わせて俺たちに一礼した。
髪の毛はきれいに剃り上げられており、それゆえに大きく特徴的な耳が目立つ。
耳の先端が尖っている。
「エルフか……! 初めて見た……!」
「違うよ、ロッド……! あの人!」
アリサは、失礼と分かっていても指ささずにいられなかったのだろう。
震える指先が示すのは、おお……! 耳たぶがとても長い!!
「覚者だよ……!! この百年の間、森から姿を表さなかったっていう、先々代の世界の支配者……!」
ハイエルフ。
俺も、物語みたいな形で聞いたことがある。
今の世界の前には、オークと呼ばれる人々の世界があり、その前に、エルフたちの世界があったのだという。
エルフは、神に頼らず、自らの内に神を持ち、哲学に優れた種族であったと聞く。
現代に残っている、たくさんの文学や数学、魔法の数々は、彼らが作り出したものらしい。
そんなエルフたちの頂点に立つのがハイエルフ。
「遺跡が見つかったと聞きましてな。人間が暮らす町まで案内してくださらんか」
彼は、とても渋い声でそう言った。
「は、はいっ」
アリサが何だかガチガチになって返事する。
そして恐る恐る、
「あ、あのう……私が荷車を引っ張ってたの見てました……?」
「うむ……全ては内なる神のおぼしめしであろう。馬を慮り、自ら荷を引くおぬしには、高い徳を感じる」
アリサに向かって手を合わせて、なむなむ言いながら拝んだ。
良かった。変な人だ。
アリサの怪力など気にしてもいないらしい。
「じゃあ、一緒に行きましょうか。荷車乗ります?」
「自らの足で、新たなる大地を踏みしめて歩くこともまた生の道なり。歩くことにしよう」
「は、はあ」
ハイエルフは俺たちと並んで歩き出した。
隣に突き出した荷馬の鼻を、無造作に撫でている。
馬は馬で、このハイエルフがただならぬ者だと感じるのか、大人しくされるがままになっている。
「徳が高いものには、獣であっても自然と従うものなのだ。ゆえ、人間の娘御にもこの獣は従っておろう」
あれは自分以上の怪力っぷりをみて、自分より上のヒエラルキーだと思って従ってるだけじゃないだろうか。
「我が身は五体満足である。足は二つあり、大地を踏みしめられる。ならば、自らの足で進むが正道なり。これまた、徳へ続く道」
「ははあ」
「ロッド、だめだよ。すごく含蓄っていうのが深い言い方をしてるんだよ、たぶん」
「アリサもよく分かってないんだろ?」
「ええーっ、そ、そ、そんなことないよう! 私は知識神の神官だから、むつかしいことだって分かる……わか、分かる……と思う」
俺は生暖かい目で幼馴染を見た。
さて、奇妙な同行者を連れて、トコトコと二時間ばかり町への道のりを歩く。
そこには、新たな迷宮の発見とともに、徐々に大きくなっていっている町の姿がある。
町を大きくする建材も必要だし、何より、今のままでは町の入口がいかにも貧相だ。
町を囲む大きな壁を作り、門を作るというのがこれからの町の拡大計画だった。
「おお、ご苦労さん! こりゃまたたくさん運んできたなあ。荷馬もくたびれてるだろ。休ませてやってくれ! 今日はこれでいいよ、お疲れ!」
出迎えてくれたのは、門を担当する大工の棟梁だ。
「はい、それで、これはどこに置いたら……」
「ああ、こっちにだな……って、なんだ、あんた何してるんだ!?」
大工の棟梁が目を丸くしている。
俺はちょっと嫌な予感がして横に目をやると、いつの間にか、建てられたばかりの柱のてっぺんに覚者がいる。
遠い目をして何か、なむなむと拝んでいる。
「あっ、すみません。あの人エルフで、そこで出会ったもんで」
「なに!? エルフなのか!? そ、そう言われりゃ耳が長いような……うわっ、耳たぶでか!!」
「ハイエルフなんですよ!」
「ひゃーっ、おとぎ話でしか聞いたことが無いぜ……!!」
棟梁と三人並んで、柱の上のハイエルフを眺める。
「……とと、こんなことしてる場合じゃねえ! あのエルフの旦那、下におろしてくれよ! それで、こいつはあっちまで運んでくれりゃ、若い衆が積み上げてくれるからな」
「はい、わかりました。じゃあ、アリサあっちまで馬を連れてってくれ。俺はハイエルフの人をおろしてくる」
「はーい」
ということで、俺は柱をよじ登り、ハイエルフに声をかけた。
「すみません、これ建材なんで、上に乗ってられると困るそうなんで……」
「善哉善哉。かくして、人間の文明は広がっていくのだな……。良いものを見せてもらった」
なむなむ、と拝む。
あのなむなむは何なんだ。
エルフはあっさりと俺の言葉を受け入れると、ひょいひょいと軽い足取りでほぼ垂直の柱を降りていく。
一流の盗賊なみの身のこなしだ。
ただなむなむ言ってるだけの変な人じゃないんだなあ。
「私の名は、ゴズマルク・ジャワヒッド・アブラーアゲ。アブラゲと呼ぶとよい」
「あ、そうでしたか。ハイエルフって種族の名前ですもんね。俺、ロッドで、あっちは」
「アリサ、だな。知を求める心を持つ、良き人間の娘だ。更なる高き徳を積むことであろう。なむなむ。ロッド、お主はかの娘を助けてやるがよい。お主は支えとなることができる者だ」
「はあ、どうも」
なんだか難しいことを言う人だ。
実は変な人じゃなくて、頭がすごくいいのか、このアブラゲって人は。
「とりあえず、宿に戻るんで……一緒に来ます?」
「同道しよう」
そういうことになった。
かくして、俺たちとこの風変わりなエルフとの生活が始まった。




