膨れていく勢力
…え…?
僕は顔をあげて驚いた。
目の前に居るエリンさんの表情は真っ青だ。
「え…エリンさん…? どうしたんですか…?」
僕がそう声をかけると、エリンさんはハッとしたように首を横に振った。
「い…いえいえいえ…! なんでもないですよ!」
「そう…ですか……? これ、落としましたよ」
僕がそう言いながらドクロのような装飾を施されたピンを渡すと、エリンさんは苦笑いしながら
「あ…ありがとうございますです…。それで…何を聞きたいんです?」
と、僕に聞いた。
「えっと…これから神と戦う時に備えて…気絶させられないような対策が取れたらなって思ったんですけど…幻覚を見せてくるっていうのは…どういう…」
「やっぱり…そのことですね…。覚えてないんです…」
僕の問いかけに、エリンさんは申し訳なさそうに俯いた。
「えっ…?」
「幻覚を見たってことは覚えてるです…。でも、それがどんな内容だったのかは、全く思い出せないんです…。ただ…なんだかすごく恐ろしい夢を見たような…そんな感覚で…。内容を思い出せないのに、怖くて体が震えだして…血の気が引くんです…」
全く覚えていないなんて…そんなことあるんだろうか…。
これも、神の力なのかな…。
何にもわからないなら、対策しようもない。
いくら力を取り戻していようと、操られてしまってはどうにもできないし、今の僕が操られて暴れだしたら…。
そう思うと、急に怖くなった。
もし…もしも、操られた状態で大切な仲間を手にかけてしまったら…?
そう思うとぞっとする。
操られている間に仲間に殺されるならいい。
むしろ殺してくれたほうが楽だろう…。
それに僕が死んで悲しむ人なんて…。
そこまで考えて、僕は一瞬首をかしげる。
少し前までなら、僕が死んでも悲しむ人なんか誰一人としていなかった。
…でも……今なら…。
パーティを組んでるゼアスさんやエリシアやシルヴィは…僕が死んだら悲しんでくれるのだろうかと、純粋に疑問に思った。
僕は…誰かから必要とされるような存在に、なれているんだろうか…。
今まで、生まれてこなければよかったのにと、存在すら否定され続けた僕には、誰かに必要とされるっていう感覚がわからないや…。
悶々とそんな風に考えていた僕の方を見て、エリンさんは口を開く。
「…ジル君、神様は相当危険です…。戦わなければならないことはわかっていますが…。どうか、お気をつけてです…」
「…はい…。……えっと…それじゃ、僕行きますね…。エリンさんも、少し休んでください。邪魔してすみませんでした」
「ジル君! 気を強く…です! あたいは神様の魔法の負けちゃったですけど…きっとジル君なら乗り越えられると思うです」
エリンさんのそんな言葉には、確証も何もない。
けれど、その言葉を聞いて僕の心はふっと軽くなるから単純だ。
「ありがとう…ございます」
僕は小さくお辞儀をして、エリンさんにそんな風に言葉を返してから救護室を出た。
…結局、神の魔法についての情報は得られなかった。
後でレニアが目を覚ましたら、その時はエリンさんと同じような状態なのか聞いてみよう…。
そう思いながら救護室の扉を閉めて歩き出そうとした時、前方から聞きなれた声が聞こえて視線を向けた。
「ジールー!!!」
そんな声と共に飛んできたのは赤髪の少女だった。
赤髪の少女、エリシアは僕に抱きつくと幸せそうに笑う。
「良かった! 無事だったんだね! 力は取り戻せた?」
エリシアの弾丸のような言葉に、僕は若干あっけを取られながら頷いた。
「う…うん。おかげさまで…」
「さっすがジル! ってあれ? ジル、ここだけ髪の毛黒いよ!? どうしたの?」
「え、あ…えっと…」
「それに…ジル……なんかかっこよくなった?」
「…は……?」
「なんか雰囲気が頼もしくなった気がする!」
「え…えぇっと…」
僕が言葉を返す前に矢継ぎ早に繰り出されるエリシアの言葉に、僕はもうしどろもどろだ。
僕の頭はそんなに早く回転しないよ…。
「そうそう! シルヴィもね! すっごーく強くなったんだよ!」
「…え…?」
シルヴィが…?
この短時間で何があったんだろう…。
力を封印されてたわけでもないのに…。
そう思っていた時、ギルドの入口の方からシルヴィとマスターが近づいてきた。
腰紐にはシルヴィの背丈ほどもある杖をさしている。
…あの杖は…?
「エリシア…そんなに一気に話したら、ジルが困っちゃうでしょ?」
「え、エリシアそんなに一気に話してた? ごめんねジル、色々とジルに話したいことがいっぱいあって…つい」
「ううん、ちょっとびっくりしたけど、大丈夫だよ。で…エリシア…いつまで抱き付いてるの…?」
「エリシアの気が済むまで!」
「え…えぇ…?」
なんかこの感じ…少し久しぶりな感じがする。
そんなに長いことエリシアと離れていたわけでもないのに、白の教会では色々なことがあったからか長い時間が経ったのではないかと錯覚してしまう。
…とりあえず…離れてほしいんだけど、大体の場合、エリシアに離れてと言っても無駄だ。
…どうしたものか…。
そう思っていた時、エリシアがぱっと顔をあげた。
「あ! ゼアスおじさんとレインお兄さん!」
エリシアはそんな風に声をあげたかと思うと、あっさり僕から離れてそちらに走っていった。
いや、僕は全然ちょっと残念だなんて思ってない。
「だから! なんでレインはお兄さんで俺はおじさんなんだよ…!?」
「ゼアスおじさん、レゾッタとソフィアはもう戻って来てる?」
「おじさんじゃねぇって何度言えばわかるんだよてめぇは…。ドラゴンの族長たちなら、結構早くに戻って来て、多分宿屋に居ると思うぞ」
「そっか! ありがとうおじさん!」
「おじさんって言うならせめてゼアスは付けろ!」
そんなゼアスさんのもはや悲痛そうな言葉をきっちり無視したエリシアは、ギルドの出入り口の方に駆けて行った。
なんというか…自由奔放だ…。
振り回されっぱなしのゼアスさんは、心底不満そうな表情でエリシアを見送った。
その横で、レインさんが苦笑している。
「じゃあ兄上、私は少したまっている書類の整理をしますので」
レインさんはそんな風にゼアスさんに声をかけると、ギルドの奥の方に歩いて行ってしまった。
取り残された仏頂面の男、ゼアスさんは、僕とシルヴィの方に歩いてくると、僕の肩をぼこっと殴った。
「い…いたっ……えぇ…?」
完全に八つ当たりだ。
「エリシアの奴なんなんだ…どれだけ俺のことが嫌いだよ…」
多分別に、エリシアはゼアスさんのことを嫌ってるわけじゃなくて、からかってるだけなんだろうけど…。
嫌われてると思って若干落ち込んでいるゼアスさんが、なんだか面白く感じてしまった。
…なるほど…これがいじりがいのある人なのか…。
そんな風に変に納得している僕の横で、ゼアスさんが不思議そうに口を開いた。
「シルヴィ、お前杖を使うようになったのか?」
「あ…えぇ。さっきの任務の最中で、私を育ててくれたドラゴンに会って、貰ったの」
「え…」
そのドラゴンって、シルヴィに魔法とか体術とかを教えたっていう…?
「へぇ、よかったじゃねぇか。一緒にギルドに来ては居ねぇのか?」
「…えぇ……」
ゼアスさんの問いかけに短く答えたジルヴィの表情が、一瞬暗く沈んだのを、僕もゼアスさんも見逃さなかった。
…もしかして…そのドラゴンはもう…亡くなってしまった…とか…?
僕はそんな風に聞くに聞けず、口ごもった。
一方でゼアスさんは、そういうことは聞くのも野暮だとでもいうように、シルヴィの肩を無言でぽんと叩いただけだった。
「ありがとうゼアスさん。これをくれたドラゴンは先代の竜王だったドラゴンなの。私にこれを託して、数刻前に息を引き取ったわ」
「先代の…竜王…?」
「えぇ、私もそれをさっき会った時に初めて知ったんだけどね。二人とも、私、結構強くなったのよ。前の私とは比べ物にならないくらいに。もう二度と、足手まといにはならないから」
そんなふうに言うシルヴィに、僕とゼアスさんは同時に口を開いた。
「シルヴィが足手まといになったことなんかあった?」
と。
「むしろよっぽど僕の方が足手まといだったと思うんだけど…」
「そうだな」
「僕の時は否定しないんだ…」
「実際人間の時のお前はひ弱でどうしようもなかったからな」
「…僕も自分で分かってたけど…他の人から直球で言われると若干悲しくなるよ…」
そんな僕とゼアスさんのやり取りを聞いて、シルヴィはくすっと笑う。
そのシルヴィの笑顔は、いつもの明るく綺麗な笑顔だった。
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