おとり兼切り札
僕とレニア、そしてエリンさんは、赤い球体を使ってゼアスさんを呼び出し、ギルド本部へと戻った。
その間、エリンさんが目を覚ますことは無かった。
エリンさんとレニアを救護室に連れていき、僕は救護室で座っていたヴィッタさんに力を取り戻し事を報告した。
「そうか…流石だね。でも、結局敵を全滅させてきたのなら潜入経路とか必要なかったかな?」
ヴィッタさんのその言葉に、僕は首を横に振った。
「いえ…あの侵入経路のおかげで、ある程度どこに力が封印されてるか分かりましたし、助かりました…」
「それは何よりだよ」
そう言いながら、ヴィッタさんは立ち上がって伸びをする。
「さて…私も次に神を攻撃する時のために備えなくちゃね」
「…神の居場所ってわかっているんですか…?」
僕がそんな風に聞くと、ヴィッタさんは首を横に振った。
「さぁ、私は知らないよ」
「さぁ、って…」
「だけど、神の本拠地がわからなくても神を見つけることは出来る」
「…え……」
どうやって…。
僕がそう聞こうとした瞬間、ヴィッタさんはにっこりと笑って、人差し指を僕の胸に当てた。
「…?」
「神は必ず君を殺しにくるよ。だから君が居れば、神を見つけ出せるってわけ」
その言葉に僕はぞっと背筋が寒くなった。
「神は自分以上の力を持つものを許さない。赤子のうちなら封印等で済ましているけど、神に反抗する意思を持った大人なら、素直に殺しにくるだろう」
「…つまり……僕が囮だということですか…?」
「まぁ、そんな感じだよ。おとり兼切り札といったところかな」
囮と切り札を同時にやるなんて、聞いたこともない役回りだ…。
…そんなの、ナメクジみたいな僕に出来るかな…。
少し前の僕はそう思っていたかもしれない。
でも今は、取り戻した力があれば、何でもできるような…そんな気がしてならない。
まぁ、僕の性格は微塵も変わっていないから、自信満々とまではいかないんだけどね…。
「でも…神が自ら僕を殺しに来ますかね…?」
今まで、神は自分が操っている白の教会のバケモノたちを操っている僕達を攻撃してきていた。
ヴィッタの今の怪我だってそうだ。
「最早今の君は操り人形じゃ殺せないということを神だってわかっているだろ。きっと、神は君を自ら殺しにくるよ」
物騒なことを言っているにも関わらず、ヴィッタさんは爽やかな笑顔だった。
本当に…ヴィッタさんは何を考えてるかわからない人だ…。
「神が現れた瞬間に、切り札が殺されちゃいました。じゃあ洒落にならないから、気をつけてね」
「…あ…あはは……」
ヴィッタさんの言葉に、僕は苦笑いする。
それは本当に洒落にならない。
「まぁ、今の君なら心配なさそうだね。前までの君なら、プチっとひねり潰されてもおかしくなかったけど」
プチって…。
僕は虫かなにかか…?
害虫扱いなら…ナメクジ扱いの方がマジなんだけどな…。
そう言いながら可笑しそうに笑うヴィッタさんに、僕は視線を向ける。
そんな時、一緒に救護室に来たはずのレニアが、僕の横をすり抜けて部屋を出ていこうとした。
レニアの頬にはひとまずの応急処置として湿布薬を塗った布が貼られている。
それを、ヴィッタさんが引き止めた。
「レニア、どこへ行くつもりだい?」
「…ちょっとその辺を散歩してくる」
「無理な稽古は体を壊すよ」
「…! 僕はそんな事言ってない!」
「君が何をしようとしてるかなんて、表情を見ればすぐにわかるよ」
「……」
「君を操ったのは神だ。凡人の私やレニアに、神は倒せない」
「………」
レニアはヴィッタさんの言葉に唇を噛んだ。
「けど、必要なのは私やレニア個人が神に勝つことじゃない。ギルドの皆のうち、誰かひとりでも神を打ち倒せば、私たちの勝ちなんだ。そうだろう?」
ヴィッタさんの言葉に、レニアは小さく顔を上げた。
「無理に稽古して、体を壊して、神の首の取り合いの時に寝込んでいるなんて嫌だろう?」
レニアはじっとヴィッタさんの顔を見つめてから、こくりと頷いた。
「よし、じゃあ久しぶりに一緒に寝ようか」
「…はっ…!?」
「レニアを家に引き取ってからは結構忙しくて、あまり一緒に居てあげられなかったからね」
「…別に一緒にいてくれなくていいです」
「えぇー…全く、可愛げがなくなっちゃったなぁ」
「大体、ヴィッタさん僕を何歳だと思って…」
「13歳だろう? もう君を引き取ってから四年になるけど、ほとんど一緒に居てあげられなかった。寂しい思いをさせて悪かったね」
「全然寂しくなんかない」
即答で言葉を返すレニアに、僕は苦笑いする。
にしても…ヴィッタさんがレニアを引き取った…?
僕はレニアのことも、ヴィッタさんのこともよく知らないけど、二人は親子か、年の離れた兄弟みたいな感じなんだろうか。
そういえば前にゼアスさんが、ヴィッタさんのことをレニアの兄貴ぶん、みたいな感じに言っていた気がする。
「もっと子供っぽい振る舞いをしてもいいのになぁ…」
「僕はもう子供じゃない」
「まぁ、確かに13歳なんて、私も子供っぽい振る舞いをしていた覚えはないね。家族を殺されて、逃げ回っていた時だったから。だけど甘えられる人がそばに居るうちは、子供のように甘えておいた方がいいよ」
「…」
ヴィッタさんのその言葉に、レニアはプイっと顔を背けた。
ヴィッタさんはそんなレニアを溜息をつきながら一瞥してから僕の方に視線を向けた。
「君は、白の教会であったことと、力を取り戻したこと、マスターに報告しておいで。多分マスターは、各地に散ってる皆のことを呼び戻すと思うよ」
「あ…はい。行ってきます」
僕は短くそう返事をすると、部屋を出た。
…レニアは相変わらずツンケンしていたけど、多分ヴィッタさんには絶大な信頼を置いてるんだと思う。
それと、マスターにも。
レニアともっと仲良くなれたら、昔のことを聞かせてくれたりするかな…?
僕はそんなふうに思いながら、マスターがいる部屋に向かおうとした。
…確かマスターは二階にいるはずだけど…。
S級の冒険者でもない僕が、階段を上ってもいいのかな…。
いや、ダメだよね…。
S級の冒険者しか登っちゃいけないって言うのは規則だし…。
ほかの人が真似しだしたら、マスターが困ってしまう。
…そういえば、ギルドの中にいる冒険者たちの数が少ない気がするけど…気のせいかな…?
まぁ、そんなことは置いておいて…じゃあどうしよう…?
大声でマスターを呼ぶ…?
でもそれじゃ他の冒険者の人達にも、マスターにも迷惑がかかってしまうし…。
……そうだ。
人目につかないように二階に登って、マスターの部屋に滑りこめば…。
幸い、今ギルドの中にいる人の数は相当少ない。
階段を使わずに二階までよじ登れば、誰にも見つからないでいけるかも…。
そう思った僕は、辺りをキョロキョロと見回し、誰もこちらに来る気配も、視線を向ける気配もないとわかった瞬間、壁を蹴って飛び上がった。
そこから壁のくぼみに手をかけて、ひょいひょいとよじ登っていく。
そして、2階の手すりに手をかけた。
…よし、これで誰にも見られず…。
そう思った瞬間、下から視線を感じて恐る恐る振り返った。
するとそこには、口をポカンと開けてこちらを見ているマスターと、その横で腹を抱えて笑うゼアスさんの姿があった。
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