赤子と竜王の出会い
お義父さんは、横たえていた身を少し起こして私の方へと体を向けなおした。
『己の強い正義感に加えて、仲間といる事の大切さを知ったお前は、竜王が選ぶ人間にふさわしい。竜王がメダルを渡す人間の基準となるのは、その人間の強さなどではないのだ』
…強さではない…。
確かに、そういう基準だったら私がそのメダルを受け取れるはずがないわ。
私よりも強い人間は、この世に五万といるのだから。
『その基準は、仲間への思いやりの深さと、正義感の強さ…。お前はそれらを見事に身に着けている。もしお前が私が育てた人間の子供ではなかったとしても、私はお前を選んでいた』
「……」
ただ単純に、嬉しかった。
心から、お義父さんに褒められた気がして。
こんな感覚は、いつぶりだろう…。
『シルヴィ。お前は、先程私に聞いたな』
「…? 何を?」
『なぜ、竜の里に戻らずに行方を眩ませたのか、と』
「…えぇ…竜の里のドラゴンたちも、新しい竜王候補も、お義父さんに会いたそうにしていたわ」
『それを…順を追って話そう。お前の赤子の頃の話も、あまり聞かせたことはなかったからな』
お義父さんはそういうと、昔を思い出すような、懐かしむような…そんな遠い目をした。
『…あれは…丁度17年ほど前の話だな。竜王に即位してからだいぶ長い年月が流れ、私は日々の暮らしに退屈を覚えていた。そこで、人間たちの里を視察しに行くと誰の許可も取らずに言い残し、竜の里を飛び出したのだ。その時は、しばらくの暇つぶしののち、竜の里に戻るつもりだった』
…竜王っていうのは、みんな人間に興味があるのかしら…。
エリシアも、人間たちに会いたくて、父親の反対を押し切って人間たちの里の方に下りてきたみたいだったし…。
…ちょっと無責任なのも特徴なのかもしれないわね…。
『新しく竜王の候補も生まれ、私は少し、気が抜けていたのかもしれない』
「…竜王の候補って、エリシアのこと…?」
『あぁ、そうだ。火竜のメスドラゴンだったな。今は、お前と共にいるだろう』
「えぇ…あ…! そういえば私…エリシアと仕事に向かう途中だったんだけど…!」
『大丈夫だ。私は今、お前以外のすべてのものの時を止めているのだから』
「…え…?」
そんなことが…可能なの…!?
だって、そんなことができるなんて、エリシアは一言も言っていなかったし、エリシア曰く、金色の瞳が光っているのを見ていないと時は止めることはできないって言っていたのに…。
『まぁ…こんなことは、今の私にしかできないことだ。くれぐれも、新しい竜王に同じことをしてみろなどと言ってはいけないぞ』
「え…えぇ、言わないわ」
『さて、話を戻すぞ』
私以外のものの時間を止めるなんて、とんでもないことをしているのも関わらず、お義父さんは少し疲れたような目をしているだけで、話をしたりする分には支障がないみたいだった。
…エリシアが言った通りだわ…。
先代の竜王は、強大な力を持っていたって話。
それがまさか、私を育ててくれたドラゴンだったなんて、思ってもみなかったけど。
『私は、人里の周りを人眼につかないように飛び回り、人間を観察しながら暇を潰していた。しかし力も使えるのだからと、気を抜いていたのも災いし、ギルドの冒険者と思われる人間たちに襲われてしまったのだ』
「…!」
たった17年前なら、今とあまり変わらず、人間とドラゴンの対立化が激しくなっていた頃のはず…。
そんな時に、人間と…しかも、冒険者ギルドの人間とドラゴンが鉢合わせしたら、それは戦いが起こってしまう確率が極めて高い。
人間とドラゴンとのいがみ合いは、長い間人間の世を収めてきた神の所為だということがわかっている冒険者たちなら、そこまでむやみやたらにドラゴンを襲ったりはしなかっただろうけど…。
『もちろん、そのような人間に負けるほど、私もやわではなかった。しかし…飛んでその冒険者から逃げている時…通りかかった大きな木の根元で、あるものを見つけた』
お義父さんの言葉に、私は首を傾げた。
あるもの…?
冒険者から逃げているお義父さんの気を引くようなものって…なにかしら…。
そう考えてみても、何か想像がつかなかった。
私の表情を見てから、お義父さんは可笑しそうに声をあげた。
『その木の根元にあったのは、箱に入った布にくるまれた何かだった』
「…! もしかして…私…?」
私がそう問いかけると、お義父さんは頷いた。
『もう何日もそこに居たのか、お前は随分衰弱していた。同じ人間であれば、冒険者ギルドの人間たちも、あの赤子を助けてやるだろうと、そう思っていた。しかし…冒険者たちは、赤子のお前の存在に気付いているにも関わらず、助けの手を差し伸べようとはしなかった。赤子を無視して、私を追い続けたのだ』
「…」
そんな赤ちゃんの頃なんて、ほとんど覚えていないし、両親の顔も覚えていない。
でも…記憶の片隅に、お腹がすいて、苦しくて、でも体はほとんど動かせなくて…誰も助けてくれない…。そんな風な記憶がこびりついていた。
この記憶は…その時のもの…なのかしら…。
『私は小さな人間の赤子の方に気を取られ、魔法の弾丸によって撃ち落とされてしまった。その弾丸によって翼を損傷し、力も使えなくなった私は、人間たちから離れるようにとっさに赤子が入っている箱を咥えて走った。しかし、逃げた先には魔法陣が張られていて…私はまんまと、人間たちの罠にはまったのだ。今思えば、なぜあんな見え透いた罠に引っかかったのか…自分が情けない』
確かに、お義父さんは一緒に暮らしていた時も、注意深く辺りを観察していて、いつも隙が無かった。
そんなお義父さんが不注意で冒険者に撃ち落とされた、なんて…。
そんなのは想像がつかなかった。
『魔法陣で動きを封じれられた私は、その時、右目を失った。冒険者たちは、私の珍しい色の目を売り飛ばすつもりだったらしい』
「…! なんてことを…!」
『その時の私は、怒り狂ってその人間たちを殺そうとしたよ…。人間たちと、友好的な関係を築きたいと思っていたにも関わらずだ。だが、その時、お前が弱弱しい声で泣いたんだ』
「…私が…?」
私の泣き声が…お義父さんを止めたって言うの…?
『私はその時…お前が、殺さないでと言っているような気がしてならなかった。幸い、私が本気で人間たちに向かって行った所為で、死人こそ出ていないものの気絶したものが多数いたのでな、そこから逃げるのは容易だった。それから、お前との生活が始まった。右目を失った私は力をうまく使いこなせず、竜の里に戻るに戻れなくなってしまった。だから、この人里に近い岩山で私はお前と共に生活し、人間について学んでいこうと決めたんだ』
「…それで…竜の里に戻らなかったのね…。今は、普通に力が使えるの?」
『あぁ、昔よりは威力は弱いが…普通には使えるようになった』
「なら…竜の里に戻らないの…?」
私のその言葉に、お義父さんは首を横に振った。
『もう新たな竜王候補は、立派に竜王を務めあげられるくらいに成長している。私はもう用済みだ』
「そんなことないわ! 皆お義父さんを必要としてる!」
私の言葉に、お義父さんは目を細めて、もう一度首を横に振った。
『最期にお前に会えて、そしてその杖を渡すことが出来たこと…本当によかった』
「…さい…ご…?」
私がそう呟いた瞬間、お義父さんの金色の瞳が、眩い光を放ち始めた。
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