ヴィシャナーガ
私のすぐ横で横になっているお義父さんは私の目を見てから口を開いた。
『お前も、私に聞きたいことが沢山あるだろう。一つずつ話そう』
そのお義父さんの言葉に、私は頷いた。
本当に、聞きたいことだらけ。
どうして10年間、突然居なくなったのか、どうして今、私を力を使ってまでエリシアから引き離してここまで連れてきたのか、どうして竜王なのに竜の里へ帰らないのか…。
7年間も育ててもらっていたお義父さんのことを、私は本当は何も知らなかった。
『まず…ここにお前を連れてきたのは、渡したいものがあったからだ』
そんな風に、お父さんは言ってから、首をある方向へと振った。
するとそこには、一つの細長い木箱が置かれいた。
『その中に、お前に渡したいものが入っている。悪いが自分で開けてくれ。私の前足では、その小さな箱を握りつぶしてしまいそうなのでな』
「わかったわ」
私はそう返事をしてから、木箱に近付いていく。
…お義父さんが、今、私に渡したいもの…。
そんなの、全く想像がつかなかった。
私は、期待半分、緊張半分といった心持で、木箱の蓋に手をかける。
そしてそれを開くと、そこには一本の私の背丈ほどある杖が入っていた。
「…これは…?」
『それが、私がお前に渡したいものだ。その杖は、お前のために作ったもの。素手で魔法を使うよりもずっと扱いやすいだろう』
「…私の…ために…?」
その杖は、金属のようなものでできていて、先端には水晶のような石がついている。
そして、その石の中央には一枚のメダルのようなものが埋め込まれていた。
金色のメダルには、visanagaという文字が彫られていた。
「…ヴィ…シャナーガ…?」
私がそう呟くと、お義父さんは頷いた。
『そのメダルは、竜王である者がもつ証のようなもの。即位式の時に授かるものだ』
「それじゃあこれ…大切なものなんじゃ…」
私は金色の輝くメダルとお義父さんの表情を交互に見比べてそういう。
するとお義父さんは、優しげな瞳で私を見つめた。
『その昔、人間の世界に、今の絶対的な神が生まれるよりももっと前、人間とドラゴンが、確かな友好関係を築いていた時代があった。その時代には、竜の里にしきたりがあった。この竜王の即位式の時に受け取るメダルは、信頼のおける人間へと託す。そしてその人間と共に、竜と人間との友好を深める、というしきたりが』
そう言いながら、お義父さんは目を細めた。
そんなしきたりがあったにも関わらず、今はもう、人間とドラゴンとの間に友好関係なんて微塵も存在してない…。
どうして…そんな事になっちゃったのかしら…。
『今でこそ、このメダルは形だけの、即位式の時に竜王に与えるためだけのものだが…それでも竜の里には、まだこのメダルの使い道を知っているドラゴンが多い。そしてそのヴィシャナーガという文字。それは、毒竜のことを表す。毒竜から竜王が誕生したのは私が初めてだ。お前がそれを持っていれば、ドラゴンたちもお前が私に認められた人間だとわかるだろう』
「…でも、お義父さんは今龍の里では行方不明の扱いなのよ? そんなお義父さんのメダルを人間の私が持ってたら、殺して奪ったのだと思われない?」
私はそうお義父さんに問いかけた。
竜王を殺してメダルを奪った残虐な人間。
そう思われたら、和解どころではないだろう。
『その心配はいらない。このメダルは特殊なものでな…。私が自由自在に消したり出現させたりできるのだ。もしも殺されそうなったら竜王は真っ先に、このメダルを消滅させる』
「…そんなことが…出来るのね…。でも…私なんかでいいのかしら…」
竜王に認められた人間。
それは、私のように力のない人間でいいのだろうか。
『私はずっとお前を見ていた。家を買い暮らし始めてから、お前が曲がったことを許さずに、人身売買をしている者や、村人から金を巻き上げる商人達に向かって行っていたことも知っている。お前の正義感が、ドラゴンと人間の和解のために必要なんだ。』
「…!」
確かに私は、何度もそういった人たちに向かって行っていた。
お義父さんから教わった体術を生かして、曲がったことを正させるために…。
ジルと出会った次の日に、私の家を襲ってきた奴隷商人も、私が商品になるはずだった奴隷を逃がしたから復讐に来たのだった。
…でも…どうして…私を見ていたのなら、どうして出てきてくれなかったの…。
一人ぼっちで、寂しさに押し潰されそうな時、何度お義父さんが帰ってきてくれたらと願ったか知れない。
『…私は、お前が人間の世界で立派に生きていけることを望んでいた。私がこれ以上首を突っ込んでは、おまえがいつまで経っても私から離れられないだろう』
私の心を読んだかのように、お義父さんはそんな風に言う。
「…でも…いきなり居なくなることないじゃない…本当に、寂しかったんだから…」
10年間、私はずっと一人ぼっちだった。
ジルと出会う前までは。
私が住んでいた村では、私の噂が絶えなかった。
幼く、両親もいないにも関わらず巨額の富を持つ少女。
奴隷商人立ちに危険もかえりみず歯向かっていく変人。
近づいたら殴り殺されるとでも思っていのだろうか。
村の人たちは、誰一人として私な近づいてこなかった。
市場に買い物に言っても、まるで化け物を見るような目で見られることもしばしば。
そんな状況を自分で変えることも出来ずに、私は10年を過ごした。
そして私が17歳になってすぐに、ジルに出会った。
ジルは、私の寂しくつまらない人生を変えてくれた。
『その寂しさを乗り越え、お前はたくさんの仲間を得てここに居るのではないか』
お義父さんのその言葉に私は目を見開いた。
昔の辛かったこと、寂しかったことが全部、今の私を作っているのなら、それでもいいかなと、そう思ってしまった。
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