育ての父親
夕暮れ時、私の隣をエリシアが軽い足取りで歩いていく。
柔らかな風に、彼女の赤い髪が綺麗になびく。
今は、マスターの命令である、責めてくるドラゴンの牽制をするために結界維持装置のある場所に向かっている最中だ。
ゼアスさんからは赤い球体を渡され、何かあったらその球体に向かって話しかけろと言われている。
私はエリシアから視線を外して、前を向いた。
「…」
「……ねぇ、エリシア」
私は、小さな声でそう呼びかける。
すると、エリシアの金色の瞳がこちらを向いた。
「なぁに?」
「…あなたの金色の瞳ってとっても綺麗よね…。あなたの目を見ていると、とても懐かしい気がするの」
「…? どういうこと?」
「わからないけど…私はあなたのような目を、昔に見たことがあるんだと思うわ」
「…この目を? エリシアはシルヴィと昔になんて会ったことないよ? 竜の里を出たのは、ジルとシルヴィと初めて会った時が最初だし…」
エリシアは、困ったようにそう言う。
「…そうよね、おかしなことを言ったわ」
「でも、もしかしたらシルヴィは先代の竜王を見たのかもね」
「…竜王…」
「うん、先代の竜王は人間の里の方に降りていってから行方不明になったの。殆どのドラゴンは人間が殺したって思ってるけど…」
「エリシアは、そうは思わないの?」
「無傷の状態で竜の里を出ていったんだから、人間にやられちゃうのはちょっとおかしい気がするよ」
エリシアは、顎に手を当てて、そんな風に言う。
「どういうこと?」
「先代の竜王は、歴代の竜王の中でも一番長く竜王をやってたの。怪我してなくて、力が使える状態だったら、人間にはもちろん、ドラゴンにだって殺せないと思う。力の使い所とか、そういうのを間違えなければ、竜王が持つ力に叶うものは無いって聞いてるし…」
エリシアはそう言ってから、私の方を向いて困ったように笑った。
「まぁエリシアは、まだあんまり力とか使いこなせてないから弱っちいんだけどね」
「エリシアだって、十分に強いわよ」
「ううん…竜王になるには、力が足りなさすぎるよ」
エリシアはそう言うと、空を仰ぎ見る。
「…エリシア?」
エリシアの寂しそうな金色の瞳に、私は小さく首を傾げた。
こんな暗いエリシアの表情…初めてかも…。
「エリシアは、竜王の後継者で…色んなドラゴンがエリシアのことを知ってて、褒められて、尊敬されて…でも、誰もエリシアを見てなかった」
「…」
皆、エリシアの肩書きばかりを気にして、エリシア自身がどんなにドラゴンなのかは気にしていなかった…。
それは、人間の世界でだってそうだわ。
肩書きばかりに目がいってしまう愚かさは、ドラゴンでも人間でも変わらない。
「私は、エリシアを見てるわ」
私がそう言えば、エリシアは顔を上げた。
「私だけじゃない、ジルも、ゼアスさんも。エリシアを見てる」
「えへへ…知ってるよ。だから、皆に会えてよかったって思ってる! さぁー…頑張ってドラゴンたちを追い返そう!」
エリシアはいつも通りの明るい笑顔を私に向けてから、歩く速度を速めた。
「えぇ!」
エリシアに元気が戻ってよかった…。
やっぱり、エリシアは明るく元気じゃないと。
私はエリシアについて行こうと、足を速めた。
けれど、次の瞬間、私は気がつくと空の上にいた。
「……え……」
下に視線を向ければ、そこにあったのは地面ではなく、硬そうな紫色の鱗だった。
私は…今、ドラゴンに乗ってるの…?
全然、状況がわからない。
だってさっきまでは確かに、エリシアと一緒に歩いていたのに…。
困惑している私に語りかけるように、私を乗せたドラゴンが声を発した。
『久しいな…シルヴィ』
「…え…?」
この、声…話し方…凄く、懐かしい…。
私は無意識に、身を乗り出してドラゴンの顔を見ようとした。
すると、そこで私が目にしたのは金色の瞳だった。
エリシアと…同じ…。
「あなたは…」
優しげな左目しかない金色の瞳を、こちらに向けてくるこのドラゴンは…。
「お義父さん…?」
私がそう言うと、紫色のドラゴンは頷いた。
『急にお前を攫うような真似をして悪かった』
その言葉に、私は首を横に振った。
「ずっと、会いたかった」
七年間、私を育ててくれたお義父さんは、十年前、突然は、私の前から姿を消した。
ずっと探していた… はずだった。
なのに、ここ三年ほどは、もう会えないものだと、探すことも諦めて、そして記憶の中にいるはずのお義父さんの姿も、薄れてしまっていた。
エリシアの瞳を見て、懐かしいと感じるのは、お義父さんの瞳のせいだったんだ…。
「お義父さんは、竜王なの…?」
私がそう問いかけると、お義父さんは頷いた。
「どうして…行方を眩ませたりしたの…? 竜の里のドラゴンたちは、みんなお父さんを心配してるみたいよ」
『それはこれから説明するとしようか。もうすぐ、目的の場所につく。』
お義父さんのその言葉に、私は首を傾げた。
「…目的の、場所…?」
私はお義父さんの体から身を乗り出して下を見る。
するとそこには、見覚えのある岩山が広がっていた。
お義父さんは徐々に高度を落とすと、大きな岩壁に囲まれた岩山の一角へと降り立った。
「…ここって…」
私はきょろきょろと当たりを見回しながらお義父さんの背中から飛び降りた。
そこには、見覚えがあり、懐かしい感覚がする。
『ここは、私がお前を育てていた場所だ。シルヴィ』
「…!」
そうだ…そうだわ。
私はここで、何もかも教わった。
字の読み方、書き方、人間の世界のこと、体術に、魔法の使い方、料理の作り方などなど。
どれも新しいことばかりで、本当に楽しかったのを覚えてる。
お義父さんは、色々なことを私に教えてくれて、いつも私と遊んでくれていた。
本当の父親じゃないとわかっていても、私の中でお義父さんは限りなく本物の親に近かった。
物心ついた時からお義父さんは私のそばに居てくれた。
いつも、傷がつき、開かない右目を伏せて、優しげな金色の左目の瞳を、私に向けてくれていた。
そして十年前、お義父さんは私を人里へと連れていってくれた。
お義父さんは人化をして私と手を繋ぎ、一緒に市場を歩いてくれた。
色々な店を見て、色々な人間を見た。
そしてその夜、お義父さんは私を宿屋に一人残して、大量の金貨を置いて姿を消した。
私は、普通の7歳の子供とは違った。
色々とお義父さんが教えてくれていたおかげで、7歳でも家を買い、そこで生活していくことが出来るようになった。
思えば、お義父さんはそれを見越して色々なことを教えてくれていたのかもしれない。
『お前が、こんなに立派に育ってくれて良かった。私のあの時の判断は、正しかったようだ』
お義父さんはそんなふうに言いながら、傷ついた翼を折りたたみ、地面に横になった。
心なしか、疲れたような目をしている。
「お義父さん…具合でも悪いの?」
『いいや、ただの歳だ。力を使ったり、飛んだりするだけで疲れてしまうからいかんな』
…私が気がついたら空の上にいたのは、力を使って私を連れ去ったからだったのね…。
私は呪文を唱え、お義父さんの翼へと魔法を放つ。
これで、筋肉の疲労を取れたはずだ。
そんな私を、お義父さんはじっと見つめると、大きな前足を私に向かって持ち上げた。
普通の人間ならこれを攻撃だととると思うけど、私はこれからお義父さんが何をしようとしているのかわかった。
その大きな前足は私の頭に触れると、私を押し潰さないように優しく、慎重に私の頭を撫でた。
「ふふ」
私はつい、そんな風に笑ってしまっていた。
昔に戻ったみたいで、とても懐かしくて、そして嬉しかった。
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