パペット
僕は、目の前に迫る銃弾を体を反らせて避ける。
こんなこと、今までの僕だったら出来るはずもないけど、今は力が戻ったおかげか、足の重りが取れたかのように体が軽い。
そして、目の前で短剣を振り下ろそうとしていたエリンさんの攻撃を、僕は瞬時に氷で作り出した短剣で受け止めた。
エリンさんとレニアの目が赤く光ってる…。
まさか…。
神に操られてるのか…?
それに、女の子にしては一撃が強すぎる…。
そう思うほどに、エリンさんの一撃は重かった。
氷で作られた即席の短剣は、もうヒビが入っている。
僕はそれを投げ捨てると、エリンさんの手首を掴んで強く自分の方に引っ張った。
「ごめんなさい…ちょっとだけ痛いかも」
そう小さな声で謝ったあと、エリンさんの手首を一瞬氷で作ったリングで締め付ける。
すると、その手から短剣がぽろりと落ちた。
エリンさんが取り落とした短剣を足で蹴り、エリンさんの手の届かない場所まで飛ばすと、僕は手を突き出し、手のひらに力を込めた。
すると、エリンさんの周りに冷気が集中し、地面から何本もの細い氷の柱がいくつも突き出てくる。
そして、突き出た氷の柱はエリンさんの体を挟むようにして、エリンさんの動きを制限した。
「…あとは…」
そう呟きながら振り返った僕の額に、拳銃が突き付けられた。
あとは…このレニアの拳銃を取り上げて、身動きを取れなくできればよかったんだけど…。
この状況じゃレニアの拳銃を取り上げる前に僕の頭に風穴があきそうだ。
その通気性は要らないかな…。
この状況をどう切り抜けるべきか…。
だけど、思いつく方法は、どれもレニアを傷つけるものばかりだった。
…なら…最悪、銃弾が耳を掠るぐらいで避けるしかないかな…。
そう思っていた僕の目の前で、レニアの動きは何故だか完全に止まっていた。
「…レニア…?」
僕が小さく呼びかけると、レニアの口が小さく開閉した。
「…う…ぐ…」
苦しげな声がレニアから漏れたかと思うと、次の瞬間、僕の額に突き付けられていた拳銃が離された。
「れ…レニア?」
僕が小さくそう呼びかけた瞬間、レニアは思い切り自分の頬を自分の拳で殴った。
「え…えぇ!? 大丈夫!?」
僕の目の前で横向きに倒れたレニアに、僕は驚いて屈みこむ。
「くそっ…」
レニアはそう悔しそうにいいながら体を起こす。
その瞳はもう赤く光ってはいなかった。
そういえばと辺りを見回したがもう白髪の男の姿はどこにもなかった。
…不気味な人だった…。
一体何者なんだろう。
だけどそんなこと、今考えてもわからない、とりあえず今は…。
僕は視線を、レニアの方に向けた。
…折角整っている可愛らしい少年の頬が、赤くなって腫れてしまっている。
「レニア…これで冷やしておいた方がいいんじゃ…」
僕はそう言いながら、作り出した氷を、持っていた布でくるんだものを渡す。
レニアは僕を一瞥してから、こくりと頷いた。
そして、僕の手から氷を受け取ると、レニアは氷を持っていない方の手を僕の頭に伸ばした。
「…これが、封印が解けた証か?」
そんなレニアの声に、僕は困惑する。
「僕の頭に、何かついてる?」
「あぁ、髪の毛がな」
「…あの…冗談抜きで…」
「別に冗談など言っていない。ほら」
ほら、というと同時に、レニアは僕の髪をぐっと引っ張った。
「い…ったいよ…!?」
涙目になって抗議した僕に、レニアは髪を掴んだ手を緩く揺らしながら、
「見ろ」
とだけ言った。
すると、確かに僕の頭から生えている髪なのに、レニアに掴まれた髪は黒かった。
僕の視界に映る、前髪とかは真っ白なままなのに…。
どうやら、左の方にある髪の一房が黒くなっていたようだ。
「…これが…封印が解かれた証…」
僕が小さくそう言うと、レニアはため息をついた。
「これで…ここから出られるな」
「うん、そうだね…あ…エリンさんは…?」
僕はエリンさんが居る方向に視線を向ける。
すると、エリンさんは氷の柱に挟まれた状態で意識を失っていた。
「え…エリンさん!」
僕は氷の柱を砕くと、エリンさんを抱きとめた。
普通に息はしていて、本当にただ意識が無いだけみたいだ。
「二人に、何があったの…?」
「とにかくここを出るぞ。歩きながら話す」
レニアは、その場では僕の質問に答えずに、出口の方に向かって歩き出した。
それに続いて、僕もエリンさんを抱き抱え、短剣を二本拾い上げてから歩き出す。
長い廊下を抜け、外に繋がる大きな扉を押し開けて外に出る。
外には爽やかな風が吹き、空は晴れ渡っていた。
まだ当たりは暗いが、今日はいい天気になりそうだ。
そんな風に呑気に思った僕の横で、レニアが口を開いた。
「僕とエリンは神に操られた」
「…やっぱり、あの赤い目はそういうことだったんだね。でも、レニアとエリンさんは生きてるのにどうして…」
その質問に、レニアは忌々しそうに目を細めた。
「神があの場に現れたんだ。お前も見たんじゃないのか?」
「…え……?」
神が、わざわざ自らあそこに…?
「白髪の男の姿をしていた。やつは僕とエリンに幻覚を見せて気絶させた上で僕達の体を操った。僕がさっき意識を取り戻した時も、無理やり力で意識を押さえつけようとしてきた」
…白髪の…男…。
僕の夢の中にも出てきた、あの男のことか…。
あれが、もう随分長いこと人間の世界を収め続けてきたという神なのか。
「…だから、自分を殴って痛覚から意識を取り戻した…ってこと…?」
僕の問いかけに、レニアは頷いた。
「つくづく嫌な魔法だ。パペットというのは」
レニアは本当に嫌そうな表情をしながら、教会に背を向け歩き出した。
それに、僕も続く。
…あの人が…神…。
ヴィッタさんの家族を殺し、ヴィッタさんのことも傷つけた。
そして、人間とドラゴンとの戦争を誘発しようともしている張本人…。
あれと、僕が戦う時が来るのかと思うと、正直少し怖い。
でも…僕の使命は、神を倒した先にある。
僕は小さくため息をつくと、前を見据えた。
「…前途多難だなぁ…」
そんな呟きが、しらみ始めた空に消えた。
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