早朝のハプニング
僕は、全身に感じる温もりで目を覚ました。
「…ん……?」
寝ぼけ眼で辺りを見ると、そこは昨日僕とシルヴィが降り立った場所だった。
あれ…? 僕、いつの間に寝たんだっけ…?
毛布の中から出ようともぞもぞと動くが、どうにも動きづらい。
…なんでだろう…。
訝しく思って自分の体を見ると…。
「っ…!!!!????」
なんと、シルヴィが幸せそうな寝顔で僕の腹の辺りに抱き付いていたのだ。
な…ななな何でシルヴィが僕の横に寝て…!?
ちょ…ちょっと待って待って待って待って!!??
可愛い…本当に可愛い…。
って違う!
は…離れなきゃ…!!
「ふふ…かわいー……」
なんか寝言言ってるし…!?
しかも下腹に感じる柔らかさって…。
こ…これってまずいよ…こういう時は……そうだ!
僕は思いつくがままに自分の頬をつねる。
すると、神経がその痛みに集中して、腹部からは何も感じなくなる。
…よしっ!!
きっとシルヴィは夢の中で子犬でも抱きしめているのだろうが、実際に抱きしめてるのはナメクジもやし野郎なのだ。
もし僕に抱き付いて寝てたなんてシルヴィが知ったらショックで自殺しちゃうかも…。
とにかく僕はシルヴィを起こさないように頬をつねったままで毛布の中から脱出した。
そして眠るシルヴィから少し離れたところでへなへなと座り込んだ。
…び…びっくりしたぁぁぁぁ……。
つねっていた頬がじんじんと痛む。
眠気なんかとうに吹き飛んだが、朝から相当疲れた。
僕はため息をつきながら、ふと、自分の腹に手を伸ばした。
ちょっとでもあのハプニングが嬉しいと思ってしまった僕は死んでシルヴィに詫びるべきだ…。
頬の痛みがなくなってくると、腹にあの温かく柔らかい感触がよみがえってくる。
僕は無言でぎゅっと頬をつねりなおした。
「…心頭滅却……」
これが、僕が本日発した初めての言葉だった。
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「ジル、おはよう…ってどうしたの!? その頬!」
朝食も用意し終えて僕が一息ついているとき、シルヴィが起きてきたと思うと、僕の赤く腫れた頬を驚いたように見る。
「おはよう、シルヴィ…これはその…心頭滅却を…」
「何わけわからないこと言ってるのよ…全くもう…」
呆れたような声を出しながらも、シルヴィは僕に近付いてきて呪文を唱え、頬を治してくれた。
時間とともにあの腹に残った感触も消えてきていて、僕はホッとしていた。
微塵も残念だと思ってないと言えば嘘になるけど、罪悪感に苛まれ続けるよりはいいや…。
「体調は大丈夫? 昨日はジル倒れちゃったのよ? 覚えてる?」
「あぁ…それで記憶がなかったんだね…僕はもう全然大丈夫。夕飯の用意もさせたのに片付けも手伝えなくて本当にごめん…今日は僕がやるから…」
「それはいいの、気にしないで…って言いたいところだけど、もう朝ご飯は作ってくれたのね。ありがとう」
シルヴィは嬉しそうにそう笑った。
怒ってないみたいだ…よかった…。
僕が安心して小さく笑うと、シルヴィは少しだけ目を見開いた。
「…? どうかした…?」
「ううん、なんでもない! 今日はいい日になりそう」
シルヴィはそう笑顔でそういうけど、シルヴィの嬉しそうな表情の意味は分からなかった。
朝食も取り終え、片付けも終えた後、僕はふとシルヴィの寝言を思い出して問いかける。
「シルヴィ、さっき何の夢見てたの?」
「夢…? どうして?」
「さっき、可愛いって寝言を言ってたんだ」
シルヴィは少し考えるような表情をしてから、
「あ」
と声を漏らす。
「今日見た夢はね、ドラゴンの姿のジルが私の手のひらサイズにまで小っちゃくなっちゃってて…」
「え…!? 僕がシルヴィの夢の中に出たの…?」
「そうよ。それがとっても可愛くって…もしかしたらその時に言ったのかもしれないわね」
つまり…あの可愛いは僕に向かって言っていたってこと…?
…ちょっとだけ…嬉しい。
そりゃあ僕は一応男で、可愛いって言われてもそこまで嬉しいわけじゃないけど、気持ち悪いとか言われるよりは嬉しいに決まってる。
「シルヴィがそう言うなら一生ドラゴンの姿で過ごそうかな…」
「駄目よ! 人間の姿のジルも素敵なんだから」
…………。
…幻聴に決まってる。
僕に「すてき」なんて三文字を投げる人物がいるはずがない。
やっぱり朝の出来事で少し疲れてるみたいだ。
「さて…そろそろ出発しましょうか、ジル」
シルヴィが立ち上がって伸びをするのを見て、僕も立ち上がる。
「今日は、どこに行くか決めてるの?」
「やっぱり、人助けとか、ドラゴン助けとかをするにしても、お金は必要でしょう? だから、依頼とかを受けてお金を稼げるように、ギルドに登録してもらおうと思うの」
「それって…ギルドの本部を目指すってこと?」
「うん、そうよ」
「ギルドの本部ってどこにあるの?」
「この大陸内にはないから、海を越えていくの!」
「あの…どうやって…?」
「ジルなら一飛びよ」
「や…やっぱり…」
「さぁ! 行きましょう!」
「…わかった」
これはまた、長い旅になりそうだ…。
僕はドラゴンの姿を思い浮かべる。
すると、僕の体が光に包まれ、僕の目から見える地面が人間の姿の時の倍以上も遠くなる。
僕の手足は太く、白い鱗に包まれた丈夫そうなものに変わり、立派な翼と尻尾まで生えてくる。
これが今の僕の本当の姿だということを、ついつい忘れがちになってしまっているみたいだ。
『シルヴィ、乗って』
「うん!」
シルヴィは元気良く返事をして、僕の背中の上に荷物と一緒に乗った。
それを確認してから僕は大きく翼を広げて、ほんの少しだけ嬉しいハプニングが起きた森から飛び立ったのだった。
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