お嬢様と責任感欠落人間
僕とシルヴィは店主のドロイと別れた後、村の中をうろうろとしながらエリシアが戻ってくるのを待ってから、エリシアと合流して宿屋に戻った。
貝殻が直してもらえたと報告したときは、エリシアも嬉しそうに喜んでくれた。
そんなエリシアと話すシルヴィも、とても明るい表情で安心する。
少し前までぎくしゃくしていたように思えた僕とシルヴィの関係も、また少し前のように気軽に話せる仲に戻ったような気がして、それがとても嬉しい…。
と、思っていたのだが、宿屋に戻る道中、不意にシルヴィと目が合い、僕はにっこりと笑いかけた。
すると、シルヴィは目を見開いてからすぐにパッと僕から顔を背けてしまった。
…やっぱり、完全に元通りっていうのは、時間がかかりそうかも…。
宿屋に戻ると、二つあるベッドのうち、最初にゼアスさんが使っていた方のベッドで、大きな男が一人、大の字になって眠っていた。
「…また寝ちゃったんだ…ゼアスさん…」
「本当、よく寝るわね…」
「ゼアスおじさんじゃなくて、寝たきりのゼアスおじいちゃんのほうがいいかな」
「エリシア、それ多分ゼアスさん怒る…」
「誰が爺さんだ…」
…と思うよ、と言う前に、ゼアスさんの体が動き、上半身だけ起こした。
「あ、おはよう寝たきりおじいちゃん」
「おい。もはや名前に触れてすらいねぇじゃねぇか」
「えへへ、結構気に入っちゃって。この呼び方!」
「…女じゃなかったらとっくに殴ってんぞ」
「おじいちゃん怒りっぽいねー」
「お前なぁ…」
にこにことゼアスさんをからかうエリシアのことを、ゼアスさんは呆れたような目で見ながら、頭を掻いた。
いつもは乱雑にまとめてある、肩ぐらいまで紺色の髪は、今は結ばれておらずいつものゼアスさんとは何だか違うような感じがした。
「で、お前ら。渡した金は有意義に使えたんだろうな」
ゼアスさんは、髪を雑に結い上げながら、僕たちにそう聞いた。
「はーい! エリシアは金貨四枚おばあちゃんにあげてきた!」
「…てめぇ自身のために使えって、エリシアに二枚、シルヴィに二枚やったはずだが?」
「あ、そっか! あれ二枚はシルヴィのなんだっけ! ごめんねシルヴィ、使っちゃった」
「使ってっつーかあげちまったんだろ?」
「うん、だって、あのおばあちゃん息子さんと旦那さんを亡くして、そのお墓参りに行くのに二人の好物だったヨモギ饅頭を買いに行くって言うんだよ。お金だって、お饅頭を一つ買えるか買えないかぐらいしか持ってなかったし…。エリシア可哀そうになっちゃって…」
エリシアはそう言いながら俯く。
優しいエリシアのことだ。
今言ったのは、言い訳などではなく、本当のことなのだろう。
そんなエリシアの頭をゼアスさんがぽんぽんと撫でた。
「お前が最善だと思えたことをできたんならいいんじゃねぇか?」
そんなゼアスさんの顔を見上げて、エリシアは嬉しそうに笑う。
「ま、小遣いはしばらくやらねぇけどな」
「えー、おじいちゃんのケチー!」
…孫がおじいちゃんにお小遣いをせびっているような言葉だ。
エリシアは本当に、意地でもただゼアスさんと呼ぶことがない。
それが、何か意味があってそう呼んでいるのか、はたまたただゼアスさんをからかっているだけなのか、それは僕にはわからなかった。
「んで、ジルの方はどうなんだ。なにか収穫はあったのか?」
「…あ…僕は、シルヴィが大事にしてる貝殻の修理をして貰ってきたぐらいで…」
「…お前も自分で使ってねぇのかよ…ったく、てめぇらは物欲が無さすぎるな。ジルが変なもん買ってくるのを楽しみにしてたのによ」
「へ…変なもんって何…」
「変な壺とかを高額で買い取ってきそうじゃねぇか、お前。騙されやすそうだし」
「…悪口かな…?」
「ま、無事ほとんど買い物もできなかったようだし、そろそろ帰るか、ギルド本部に」
ゼアスさんは、僕の言葉を無視して、そう切り出す。
そのゼアスさんの言葉に、エリシアは元気良く頷いた。
「そうだね! また他の依頼探そうよ!」
「またすぐに仕事に行くつもりか!?」
「エリシアは仕事が大好きだものね」
「うんっ! だってシルヴィとジルとゼアスさんと一緒に仕事できるのって本当に楽しいんだもん!」
「だからおじさんじゃ…って…は……?」
「さっ! ギルドに向けて出発出発!」
楽しそうに歩き出すエリシアを、驚いたように見つめて固まるゼアスさんを置いて、僕とシルヴィとエリシアは宿屋から出た。
いつもド直球なエリシアに変化球を投げられて、ゼアスさんは豆鉄砲をくらった鳩のような顔になっている。
やっぱり、エリシアのゼアスさんの呼び方は、ただの気まぐれなのか…。
なんにしてもエリシアは、ゼアスさんで遊ぶことが結構お気に入りなようだ。
帰りの道中は、エリシアに言わせたところのお仕事感を尊重して、ゼアスさんの転移魔法で帰ることはしなかった。
最もゼアスさん本人はあまり歩きたくないのか、細々と転移魔法を使いながら移動しているが。
「ったく…なんで歩いて帰らなきゃなんねぇんだ。歩くのなんか、最高に面倒なことの一つだろ」
「ゼアスさん…ヴィッタさんみたいなこと言わないでよ…」
「ヴィッタ? あぁ、あいつと一緒にするんじゃねぇよ。あいつはギルドの中ぐらいでしかまともに歩けねぇんだからよ」
まぁ…確かに。
初めて森の中で会った時は散々転んで、散々木にぶつかっていたし、昨日会った時も一度木の根っこに躓いて転んでいた。
ゼアスさんのその言葉を聞いたらむしろ、疑問に思うのは…
「ギルドの中だったら歩けるの?」
というところだった。
「いやどれだけヴィッタがダメなやつだと思ってんだ」
いや…外に出てあれだけ歩けないんだから、ギルドの中で普通に歩けたところで駄目さ加減はそんなに緩和されないと思うけど…。
「あいつも、慣れてる場所では普通に歩けるぞ。ただ、何回かしか行ったことのない場所とか、森みたいに足元にも前方にも注意して歩かなきゃならねぇとこだと、おかしいだろってぐらいコケるがな」
「うん…知ってる」
「ま、あの魔法の使い手なら、歩いたよりも魔法で移動する方が疲れねぇし早いんだろ」
「…空間魔法っていうやつのことだよね…?」
「なんだ、ヴィッタから魔法の話まで聞いてるのか」
「え…う……うん」
ゼアスさんがあまりに意外そうな表情をするから、もしかしたら言ったらまずいことだったのかと思ってしまう。
「なら、あいつの家族のことについても聞いてるんだろ?」
「え…?」
むしろ…ゼアスさんはどこまで知っているんだろう。
ヴィッタさんの家族のことについて…。
「ヴィッタの家族が、神の手下によって殺されたってことだ」
「あ……うん…聞いたよ」
多分、ゼアスさんは、ヴィッタさんの家族がつぎはぎの人形にされていることは知らないみたいだ。
そりゃあ、あの話は誰にでもほいほい話したくなるような話じゃないか…。
「あいつもなんだか無性に手助けしてやりたくなる奴なんだよなぁ…お前も、あいつに力を貸してやれよ、ジル」
「…僕にできる事なら…何でもするよ」
そう答えた僕に、ゼアスさんは満足そうに頷いた。
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