くっそ鈍感
僕とシルヴィは、店主の顔をじっと見つめる。
基本的に、完成した商品を売っている店に修理をお願いすれば、大体やってくれないか、高額なお金を請求されるものだ。
この店主は、どれぐらいの値段を取るのだろう…。
若い男の店主が口を開くのを、息を殺しながら見る。
すると、店主の口から紡がれた金額が信じられないものだった。
「銅貨10枚でどうだ?」
「……」
「どうした、やっぱり払えないか?」
…信じられないくらいに安い。
この人は完成した貝殻を、一体いくらで売ってるのか…。
これで高くつくなんて、よく言ったものだ。
「悪いが安くはできねぇぞ」
「あ…えっと…これでやってもらえますか」
僕は随分と安値を言ってくれた店主に、金貨を一枚渡す。
「一枚ぽっちじゃ…って……き…金貨ぁ!?」
受け取った店主は、驚いたように立ち上がる。
そんな店主をみて、僕とシルヴィはびくっとする。
「ちょ…っと待て! 金貨じゃ俺、釣銭返せねぇぞ」
そう言いながら、店主は慌ててお金の入っている箱を開ける。
「あ…おつりはいいですから…それでやってもらえますか…?」
僕がそう声をかけると、ばっと店主が顔をあげる。
「あんた何者だ!? 金貨をほいほい払えるなんて…!?」
「ほいほい…は、払えないですけど…二枚しかないんで…。でも一応、僕は冒険者ギルドで冒険者をやっています…」
「ギルドの冒険者か! こんなに稼ぎがいいってことは、あんたさぞかし強いんだろうな」
「…いえ……」
ドラゴンの姿だとそこそこでも、人間のすがだじゃ最低に弱いんです…。
もうナメクジ並みに足は遅いし、もやし並みに力は弱いんです。
なんて、言えるわけがない。
そういえば最近、ドラゴンの姿にめっきりなっていないから、自分がドラゴンになれるというのは変な感じがする。
「よし! わかった! この貝殻、必ず綺麗に直してやるぜ」
店主はシルヴィから貝殻を受け取ると、腕まくりをする。
そんな店主の姿を見てから、僕とシルヴィは顔を見合わせる。
そしてお互いににっこりと笑うと、
「よろしくお願いします」
と、同時に言った。
店主は、商品の置いてある台のすぐ横の、小さめな作業台で作業を始めた。
作業台の上に置かれた小さな箱の中には、色とりどりの石が入っていて、その石は色々な形に削り出されている。
その箱のすぐ横には、竹でできた筒が置いてあった。
「あんた、この中だったらどの石が好きとかあるか?」
そう言いながら、店主は石が入った箱をシルヴィに見せる。
シルヴィはそれを瞳を輝かせながら見た。
確かに、色とりどりでいろんな形の石は、シルヴィがとても好きそうだ。
「どれも…綺麗で、全然選べないわ」
そういうシルヴィに、店主は嬉しそうに笑う。
「だろ? この石は、俺が全部削り出した自信作だ」
…全部…自分で…。
だから、店主の手はあんなにボロボロだったのか…。
店主の両手にはあちこちにすり切れたような傷がある。
それでも嬉しそうに、楽しそうに貝殻を売っている店主を見ると、本当に今の仕事が好きなんだとわかる。
「選べねぇんなら、俺がこの貝に合いそうなやつを選んどくが、いいか?」
「えぇ、お願いします」
そんなやり取りをするシルヴィと店主を見比べて、僕は微笑ましいと思ってしまう。
二人とも、楽しそうな笑顔だ。
シルヴィも、あまり態度には出していなくても、貝殻が割れてしまったのは結構ショックだったのだろう。
それが直してもらえるとわかって、明るい表情がシルヴィに戻った。
そこから、店主の手際はものすごくよかった。
今まで、どれほどの貝殻に装飾を施してきたのかわからないが、その手際から相当の数をこなしてきたことがわかる。
削りだされた白っぽい石をさらに貝の形に合うように削り、同時に貝殻も少し削って石を埋め込んだ。
そしてその側に、ガラスのような透明な鉱石も埋め込む。
それは、日にあたるとキラキラと光って、僕から見てもとてもきれいなものだった。
そしてその周りをふさぐかのように白っぽい液体を垂らす。
それが乾くと、筒の中に入った透明な液体をはけで貝殻に塗り、しばらく置く。
それも乾くと、元々シルヴィが革ひもを通していた穴の部分に、再び針を通す。
その時、元々開いていた穴の部分に、透明な膜のようなものが張っているのが見えた。
そしてその穴に、白と青の二本の糸をより合わせたものを通すと、店主は満足そうにうなずいた。
「ほい」
そう言って、店主はシルヴィに貝殻を差し出した。
その貝殻は、最後に塗った透明な液体のおかげか、前よりもつやが良く、少し分厚くなっていた。
…あれなら、簡単には割れなさそうだ。
そんな風に思う僕とは裏腹に、シルヴィは心底嬉しそうに瞳を輝かせた。
「綺麗…」
埋め込まれた白っぽい石はつやが良く、もう一方の透明なほうは、貝殻の色が移り、きらきらと水色に輝いている。
「その透明なやつは水晶を削り出したものだ。滅多に手に入らないものなんだが、お前たちには相当な代金を貰っちまったから埋め込んでおいてやった」
「…ありがとうございます」
「いいってことよ」
僕がお礼を言えば、店主は楽しそうに笑った。
「あぁ、それからその紐も、柔らかいが強度は結構なものだぜ。刃物とかで切らなきゃ、そうそう切れねぇから安心しな」
店主はそう、シルヴィが持っている貝殻についた白と水色の紐を指さしてを言った。
その紐は、シルヴィの首にかけて丁度いいぐらいの長さだった。
シルヴィは本当に嬉しそうに、店主に向かって笑いかけた。
「本当に、ありがとう」
「…っ……」
笑いかけられた店主の方は、驚いて目を見開くと、一瞬頬を赤くした。
「あんた、本当に綺麗な顔してんな。そんだけ可愛けりゃモテモテだろ」
「え? 何か言った?」
店主の言葉を、シルヴィは貝殻を見ていてほとんど聞いていなかったようだ。
そんなシルヴィのことを見て、店主は呆れたように笑う。
「あんたも大変だな」
店主は不意に、僕の方を向いてそう言う。
「え…? 何がですか?」
「ライバルってやつが多くてよ」
「…?」
「…まさかあんたもくっそ鈍感なのか」
急にくっそ鈍感なんて悪口言われても…。
「そーかそーか…ちゃんと気づく時が来るといいな」
「何に…?」
「ほれ、もう俺の仕事は終わったぜ。行った行った。今度またそいつが壊れたら、無償で修理してやるからよ」
「本当!?」
店主の言葉に、シルヴィが驚いたように食いついた。
その食いつきように、若干店主も引き気味だ。
「お…おう…あと十回以上直しても代金余るぐらいもらってるからな。俺はいつもこの辺で商売してるから、いつでも来な。あんたら、名前は?」
「私はシルヴィ。シルヴィ=ケルディア」
「僕はジル=オルドランド」
店主は、僕達の名前を聞いて、一応メモを取っておくことに決めたみたいだ。
箱の中から紙を取り出して、シルヴィ=ケルディア、ジル=オルドランド、と書く。
そしてその僕の名前の上に小さく、白髪のひょろいやつ、と書き、シルヴィの名前の上に小さく、水色の髪の綺麗な顔のやつ、と書いた。
…白髪の、ひょろいやつって…
確かに特徴なのかもしれないけど、悪口にしか聞こえないよ…。
「よしっ! これで忘れねぇな! 俺はドロイってもんだ。またいつでも来いよ、ジル、シルヴィ!」
ドロイと名乗った店主は、そうこちらに笑いかけて、ひらひらと手を振った。
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