水色の貝殻
こつんっと軽い音を立てて地面に落ちた水色の貝殻は、革ひもを通した部分が割れてしまっていた。
それを、エリシアが拾い上げた。
「わぁ…可愛い貝殻だね! これ、シルヴィの?」
「えぇ」
「でも、ちょっとだけ割れちゃってるみたい…」
エリシアが少し悲しそうな表情をしながら、シルヴィにその貝殻を返した。
シルヴィはそれを受け取ると、その貝殻を見ながら呟いた。
「胸倉を掴まれた時かしら…困ったわね…」
「えっ、シルヴィまた誰かに絡まれたの?」
「ううん、私じゃなくてジルが絡まれてたの」
「それを助けてあげちゃったんだー! やっぱりシルヴィすごくカッコイイね」
エリシアがにこにこしながらシルヴィにそう言う。
シルヴィとエリシアがそんなやり取りをしている間、僕は相当肩身が狭かった。
だって、本当は僕はシルヴィに守られる立場ではなく、その真逆のはずなのに…。
今の僕は自分の身すら満足に守れないのだから、情けない。
「今度また、海の方に行ったら探そうよ」
エリシアが、そうシルヴィに笑いかけるけれど、シルヴィの表情はあまり明るくならない。
「ううん…これは、私の宝物なの。だから、替えは要らないわ」
「そうなの? それじゃあ、修理しないとね!」
エリシアは、提案を断られたことを特に気にせず、貝殻を眺めながらそんな風に言う。
一方で、僕はシルヴィが未だにその貝殻を宝物だと言ってくれていることに驚いていた。
僕が海辺で拾って、シルヴィに渡しただけの、何の変哲もない水色の貝殻。
それが割れてしまってもなお、シルヴィの宝物らしい。
だけど…シルヴィの掌の上にある貝殻を見た限り、素人では修復は難しそうだ。
紐を通していた穴の部分から、上の方まで貝に亀裂が走っていて、亀裂が走った一部分はかけてしまっている。
僕とエリシアが、顎に手を当てながら、シルヴィの掌の上にある貝殻を見て頭を働かせていると、一人の腰が曲がった年配の女の人が、僕たちに声をかけてきた。
「そこのお嬢さん方…すみませんが道を教えてもらえないかねぇ?」
「いいよ! どうしたの?」
エリシアは声をかけてきたおばあさんに近付いていくと、屈んで目線を合わせた。
「この村の中で売っているという、ヨモギを使った饅頭を買いに来たのだけど…どこに売っているのかわからなくってねぇ…」
「お饅頭…」
エリシアは、一瞬考えるような表情をしたあと、思い出したかのように手を叩いた。
「わかったよ、おばあちゃん! エリシアが連れて行ってあげるね!」
エリシアは、そんなふうに言うと、お婆さんに背中を向けて屈む。
「人混みで歩くの大変でしょ? エリシアがおんぶするよ」
「まぁ…ありがとう」
エリシアの言葉に、お婆さんは心底嬉しそうにエリシアの背中に乗った。
「あなたは私の孫よりも幼そうなのに…しっかりしてるねぇ…」
「そんな事ないよ、普通普通! ジル、シルヴィ、エリシアちょっと行ってくるから、二人で市場を回ったりしてて!」
エリシアはお婆さんをおぶって立ち上がり、こちらに笑いかけると、村の人混みの中に消えていった。
なんていうか…いつも思うけどエリシアは本当に行動力がある子だな…。
って…それよりも、シルヴィの貝殻のことを考えなきゃいけないんだけど…。
僕のすぐ横にいるシルヴィは、手のひらの上の貝殻を少しの間見つめてから、懐にしまった。
「…シルヴィ?」
「行きましょう。この貝殻は、私が何とかするわ」
そうシルヴィは心配ないというように笑うけれど、いつもの清々しい笑顔ではなかった。
やっぱり、少しは落ち込んでいるみたいだ。
その場から歩き出したシルヴィの横を並んで歩きながら、僕は何かいい方法がないものかと、考え続けた。
そんな時、一件の出店の光景が僕の目にとまった。
その出店には、一つの大きめな台が置かれていて、その台の上には色とりどりな貝殻が並べられていた。
しかも、並べられている貝殻は、ただの貝殻では内容で、加工されているのか艶がよく、そして石を埋め込まれているものもあった。
「…シルヴィ」
僕が声をかけると、前を向いて歩いていたシルヴィが不思議そうにこちらに視線を向けた。
「なに?」
「あの出店に行ってみたいんだけど、いいかな」
「…ジルがお店を見たいなんて…珍し…」
シルヴィはそこまで言ってから、僕の指さした出店の方に視線を向け、そして驚いたように目を見開いた。
「あそこなら、もしかしたら直してもらえるかもしれないよ」
僕がそうシルヴィに言って笑いかけると、シルヴィは嬉しそうに僕に笑い返してくれた。
「ありがとう、ジル…でも、今私、お金とか持っていないの。ゼアスさんから渡されたお金は、今全部エリシアが持っているし…」
「僕もゼアスさんからお金を貰って、今持ってるから大丈夫だよ」
「でもそれ…あなたが自分自身に使うようにってゼアスさんがくれたんでしょう?」
「多分…でも、僕自身買いたいものとかもないし…。行ってみよう」
僕が笑いかけると、シルヴィは目を見開いて頬を少し赤く染めた。
そして、もう一度、心底嬉しそうに笑う。
「本当に…ありがとう」
僕の横に並んで、シルヴィは歩き出す。
そんなシルヴィを見て、僕までなんだか嬉しくなった。
その出店の店主は、若い男の人だった。
「いらっしゃい!」
そんな風に気さくに僕達に声をかけてくれる。
「こんにちは」
そう、シルヴィと僕は挨拶を返した。
「綺麗だろ、ここらじゃ貝殻自体が結構珍しいからな。彼女さんにお一つどうだ?」
「付き合ってません!」
僕とシルヴィは、今度も声を合わせて反論してしまう。
…僕は別にいいけど…シルヴィにとってはこんなに冴えない男と恋仲だなんて思われたくないんだろうしなぁ…。
「そうなのか…? 結構お似合いだと思うけどなぁ」
完全に地雷を踏んできた…!?
シルヴィが今どんな気持ちか…。
きっと嫌だよね。
そう思いながらシルヴィの方に視線を向けると、シルヴィは頬を白い手でおさえていた。
…顔を隠すほどに嫌だったか…。
そりゃあ、こんなやつとお似合いだとか言われたらそうなるかな。
ショックで倒れないだけマシというものだ。
「あ…あの…」
僕は今の空気に耐えられずに、無理やり話を切り出した。
「出来れば、この貝殻を修復してもらいたいんです」
僕がそう言いながら、シルヴィの方に視線を向けた。
すると、シルヴィは懐から、少し割れた水色の貝殻を取り出す。
それを見た店主は、驚いたよう目を見開いてから、にやっと笑った。
「まぁ…直してやってもいいが、値段は弾むぜ」
そんな言葉に、僕とシルヴィは苦笑いする。
多分こうなるだろうと、二人共予測はしていたのだ。
…さて…いくらぼったくられるのだろうか。
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