ヴィッタの魔法
一瞬でさら地になってしまったその場所を見て、ヴィッタさんは清々しそうに笑う。
「いやぁ…これで、木にぶつかる心配もなくなったね!」
そんな風に嬉しそうに言うヴィッタさんを、僕は唖然としながら見ていた。
…今…僕が瞬きをしている間…何が起こったの…?
あんなに沢山あった木が…消し飛んだ…?
倒したというよりは、消し飛んだという表現の方が合っていそうだ。
だって、さっきまで大量に生えていた木が、何かに吸い込まれたかのように根こそぎ、もしくは途中で折れるようにして無くなっている。
どこに木が消えるっていうんだ…?
音もなく…一瞬で…こんなことができるなんて…。
どういう魔法なんだろう…。
少なくとも、戦ったら勝てる気は全くしない。
「さて…あっちの方に操り人形が何体かいるね。私たちの邪魔を本格的にし始める前に、消しておいた方がよさそうだ」
ヴィッタさんの穏やかな口調に全くあっていない物騒な言葉に、僕は目を見張る。
ヴィッタさんが視線を向けている方向には、白い外套とフードを身に着けた、ヴィッタさんが言うところの操り人形が立っていた。
そちらに向かって、不敵な笑みを浮かべながらヴィッタさんが一歩を踏み出した。
そしてヴィッタさんは、その一歩目で折れて飛び出した木の根に足を引っかけ、べしゃっと盛大に転んだ。
「……」
「………」
…やると思った…。
木にぶつかる心配はなくなったんだとしても…これだけ地面がデコボコしていて、その上、木の根っこもあちこちから飛び出してるんだから、普通の森でも転びまくっていたヴィッタさんが何事もなく歩けるはずがない。
それにしてもしまらなさすぎる。
「あはは…やっぱり歩くのは慣れないなぁ…」
そう言いながら、ヴィッタさんは膝に手をついて立ち上がる。
「だってさ、歩く必要なんて、無いじゃないか」
そう言った瞬間ヴィッタさんの姿が僕の目の前から消え、次の瞬間、結構な距離のあるバケモノのすぐ横にパッと現れた。
…!?
転移魔法…?
でも、ゼアスさんとは違って、魔法の詠唱をしていなかった…?
じゃあどうやってあそこまで…!?
僕が驚いている間に、ヴィッタさんは右手を振り上げ、爽やかな笑顔から顔色一つ変えずに腕を下に振り下ろした。
すると、その手がどのバケモノにも届いていないにも関わらず、ヴィッタさんの周りにいたバケモノたちはその手の動きに合わせて地面に勢いよく叩きつけられて、動かなくなった。
そしてそのバケモノの側からヴィッタさんの姿が一瞬で消えて、僕の横に現れた。
「…っ…!?」
「何が何だかわからないって顔をしてるね。私の魔法はね、少し特殊な魔法なんだ。恐らく、現在は私しか使い手は居ない」
「そんな珍しい魔法を…どうやってできるようになったんですか…?」
「家系だよ。私の家、カトランガ家は、代々この空間魔法を使える」
「空間…魔法…?」
「空間の狭間に身を隠したり、空間を伝って移動したり、空間を捻じ曲げて物体を吸い込む穴を出現させたり…ね」
…そんな魔法は今まで一度も聞いたこともない。
木を根こそぎ消してしまったのは、その空間を捻じ曲げて物体を吸い込む穴を術減させる、とかいうわけわからない魔法でやったんだろうか。
「まぁ、私の魔法にも弱点はあるよ。でも、それは今のところ誰にも教えていないから、内緒ね」
ヴィッタさんは口の前に人差し指を立てて、そうにっこりと笑う。
「…あの…その魔法は、ヴィッタさんの家族がみんな使えるわけじゃないんですか…?」
家系ってことは、きっと
もしそんな魔法を使える人が何人もいるのなら、味方にしたら心強そうだと思うけど…。
だけど、ヴィッタさんは、僕の言葉に一瞬固まった。
「皆使えたよ」
…使えた…?
「だけど皆、神に殺された。私はそれからずっと神の手下たちから逃げ回る日々だよ。特殊な魔法の使い手が自分に歯向かってきたら面倒だとでも思ったんだろうね。それか…特殊な魔法の使い手を、自分の支配下に置きたかったのか…。」
「支配下にって…まさか…」
「私の両親は、おそらくつぎはぎの人形にされてるだろうね」
ヴィッタさんは、そう言いながらも全く表情を変えない。
両親を殺された上に…つぎはぎの人形にされた…?
僕だったら、そんなのは耐えられない…。
なんでヴィッタさんは、そんなに冷静でいられるんだろう…。
「神が憎いと…思っていますか…?」
「うん。思ってるよ、だからこうして、神を王座から引きずり下ろすべく、情報を集めてるんだしね」
そういうヴィッタさんの声色は淡々としていて、そんなに深い憎しみを持っているようには見えない。
「あれ、今憎んでいなさそうとか思ったかい?」
「え…えっと…はい。あまり表情に出ていなかったから…」
「表情に出して表現できる憎しみなんて、たかが知れてるよね。どれだけ眉を寄せて憎しみを表現したって、憎い相手は死にはしない。だから私は、そんな無駄なことはしないよ」
ヴィッタさんは優し気な笑顔でそういう。
つくづく、言っていることと表情がかみ合わない人だ…。
だけど、表情に出さなくなるぐらいに激しい憎しみを神に持っているということはよくわかった。
多分、この世界に居る9割の人間は、神というものが居るという認識しかない。
僕だって、冒険者ギルドに入って話を聞くまではそうだった。
その神が何者なのか、どうやって世界を支配下に置いているのか。
そんなことは知らずとも、普通の村人としては生きていけるから。
だけど、冒険者ギルドに入って上位の冒険者になるか、生まれつき魔力が高すぎたりすると、神の情報を得ることができたり、危害を加えられる可能性もあるようだ。
神というものが、この世界を生きる人間にいい影響を与えているのかといえば、答えはNOだ。
死体は人形にされ、生まれ持った力を発揮できない人間が少なからずいる。
そして、ドラゴンと人間が争うような風潮を一番最初に形作ったのも神だという。
神の取り決めたことは絶対…。
その理を絶つことが、冒険者ギルドの人間たちにできるのだろうか…。
僕はちらりと、地面に倒れ伏しているバケモノに視線を向けた。
「…あのバケモノって…生前使えた魔法を使うことはできるんですか…? ここにいたバケモノたちが魔法を使っているところは見たことがないですけど…」
神がヴィッタさんの両親を操り人形にしたというのなら、その理由は特殊な魔法の使い手を支配下に置いて、管理するためだと思う。
でも、そんな空間魔法なんていう強力な魔法を神が思い通りに使いこなせてしまったら、誰も神を止められなくなってしまうんじゃ…。
「普通に使うことはできるよ。まだ魔法を使う人形は見たことがないかい?」
「は…はい」
「それもそうだ。ここに居る人形は大体が村人だろうし。でも、神を倒そうとするなら必ず魔法を扱うバケモノが出てくるよ。守りは固くしているだろうしね」
「…」
「だけど、そんなのを突破するのは、君とっては造作もないことだろう?」
造作もない、どころの騒ぎではない。
逆に今の僕が神に向かっていけば、一瞬で僕自身が消し飛びそうだ。
ドラゴンの姿で行けば、もしかしたら可能性があるのかもしれないが。
固まる僕を見て、ヴィッタさんはおかしそうに表情を崩した。
「大丈夫だよ。君は自分の本当の力を知らないだけだ」
「本当の…僕の力…」
「さて…私はそろそろ行くよ。空間に吸い込んだ人形も潰しておいてあげたし、ここも綺麗になったから。他の大陸にあるやつも消し飛ばさないとね」
「つ…潰すって…」
「こう…ぐしゃっと…」
「言わなくていいですから!!」
「そう?」
僕がその若干物騒なヴィッタさんこ言葉に辺りを見回すと、すっかりと霧も晴れてしまい、森があったはずの場所は見通しが良くなっていた。
辺りには、一体も立っているバケモノの姿はなかった。
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