バケモノとヴィン
シェリーちゃんと、声をかけてきた女の人、そしてヴィンは、一度シェリーちゃんの家に赴くことになったようだ。
僕たちはそこに居る意味もないので、一緒に行くことはしなかった。
エリシアは、
『シェリーちゃんのことが気になるから行きたい!』
と言っていたけれど、シルヴィが迷惑になるからと優しく宥めたことで行くのを諦めていた。
シェリーちゃんは、別れ際に僕たちに深々と頭を下げながら、
『いつかきっと、もっとちゃんとしたお礼をしに行きます!』
と言っていた。
これから、あの女の子はプロの画家になるんだろうか。
今回の報酬として貰ったこの絵も、相当綺麗な絵だと思うけど…。
にしても…本当によく描けてる。
僕以外の三人は、本当にいつもの三人って感じだ。
楽しそうなエリシアも、少し悪戯っぽく笑うゼアスさんも、ちょっとだけ呆れたように、そして可笑しそうに笑うシルヴィも、本当に実物と似ている。
僕のことは、自分自身じゃよくわからないけど、いつもこんな感じで困り顔をしているのだろう。
鏡なんかも滅多に見ないから、僕ってこんな顔だったっけと思ってしまう。
そんな風に思案する僕は今、シェリーちゃんから貰った絵を見ながらも、村の中を歩いて行くエリシアとゼアスさんの背中を追いかけている。
僕のすぐ横にはシルヴィが歩いているが、何となく気まずくて、僕はシルヴィに声を掛けられずにいた。
「そこら辺の宿で、今日は休むか」
前を行くゼアスさんは、あくびをしながらそんな風に言う。
「そうだね、もうすっかり暗くなっちゃったし」
エリシアも少しだけ疲れたようにそう言った。
それから程なくして宿を見つけることが出来、僕達はその宿に入った…のだが…。
「こんな狭い部屋一つしか空いてないなんて…」
そう僕がため息混じりに言うほど、その部屋は狭かった。
ベッドが二つと、小さなテーブルがあるぐらいで、他に空いているスペースも殆ど無い。
「ま、丁度ベッドも二つあるんだシルヴィとエリシアはそっちのやつ使え」
「はーい! ジルと一緒がいいとか言うとシルヴィがゼアスおじさんと一緒になっちゃうもんね、我慢する!」
「おい、今の言う必要あったか!? しかもおじさんじゃねぇ!」
わいわいと言い合っているゼアスさんとエリシア、そしてシルヴィを置いて、僕は懐に入れっぱなしだった資料をひとつある小さなテーブルに置いてからその部屋をあとにした。
ベッドで眠る前に、この枯葉だらけの服と、固まった血がついた腕をどうにかしなくちゃ…。
確か、裏口の方に水浴びのできる場所があるって、受付の人が言っていたはずだから…。
その記憶を頼りに、僕は部屋から出て階段を降り、一階にある受付を通り過ぎて裏口の扉を押し開けた。
すると、そこには粗めに組まれた竹で仕切りがしてあり、男と女が別れられるようになっていた。
男の方に入ってみると、服を入れておけるようなかごがあり、その先には大きな壺と、その横には石鹸が置いてあった。
その壺にはたくさんの湯が貯めてある。
…水じゃないんだ…ありがたいな。
お湯を使えると知らせれば、みんなも来るかもしれない。
とはいえ、エリシア以外の2人は多分着替えも持ってきていないはずだから、水浴びをしても今日の服を着ることになってしまいそうだけど…。
とりあえず、僕は服を脱いで体についた血や泥を洗い流した。
そして脱ぎ捨てた泥と枯葉にまみれた服を一瞥すると、周りに誰もいないのを確認してから一度ドラゴンの姿になる。
すると、脱ぎ捨ててあった服が白っぽく光って消えてしまった。
ドラゴンの姿になったことで、竹の仕切りなんて意味をなさなくなってしまったが、女性の方に誰もいないことは、耳をそばだてていたのでわかっていた。
…さて…。
これで人間の姿に戻れば服は綺麗な状態に戻っているのだから便利だ。
ただ、体自体の汚れはドラゴンの姿になっている時もついていて気持ち悪いので、洗い流しておいた方がいいということがわかっていた。
まぁ…ドラゴンの姿のままで入れる川とかがあればそっちでドラゴンの姿で汚れを洗い流すんだけど…。
あいにく、この近くに海はあっても川はなさそうだ。
…海水だとベタベタするから流石に嫌だ。
…ん…?
竹の仕切りの向こう側、村の通りの方だろうか。
そちらの方で、何かが動くような気配がして僕は首をすくめた。
ま…まずい…!!
こんな所にドラゴンがいるのがバレたら…!
そう思った僕の目が捉えたのは、信じられないものだった。
白い外套、白いフード。
そして、黄色い目が、こちらをじっと見つめていたのだ。
『え…?』
それは間違えようもない、数時間前に僕とシルヴィを襲ったあのバケモノの姿だった。
フードを深くかぶっていて、つぎはぎなのかも、血色が悪いのかもわからない。
でも…あの格好はバケモノたちと全く同じだ。
しかも、あの黄色く不気味に光っている目も、バケモノたちと同じ。
…こんなところまで追ってきたのか…?
僕を…?
僕はぐっと体に力を入れると、水浴び場の柵を飛び越え、村の通りに出た。
流石にこんな時間まで屋台などの店はやっていなくて、村は真っ暗になっている。
よかった。
人が居ないなら、ドラゴンの姿のままであいつを…!
そう思い、前足を振り上げた瞬間、視界の端に映ったのは茶色と白の毛を持つ可愛らしい犬だった。
『…ヴィン…!?』
その犬の脇腹には、ハートのように見える模様が。
間違えない。
シェリーちゃんの犬だ…。
でも、どうしてこんな所に?
僕が前足を振り下ろすのを躊躇した瞬間、バケモノは森の方に走り出し、それに続いてヴィンまでも走って行ってしまう。
『ちょっ…!』
あのバケモノが帰って行ってくれるのは引き止めはしないけど…ヴィンがまた居なくなったらシェリーちゃんが…!!
ヴィンは、まるで操られている人形かのように、他のものに見向きもせずにバケモノを追いかけていく。
僕はドラゴンの姿のまま飛び上がり、バケモノとヴィンとの間に着地すると、人間の姿になってシェリーちゃんの犬を抱きとめた。
「あいつに着いていっちゃダメだ…!」
そう暴れるヴィンを強く抱き締めた瞬間、あんなに大人しかったヴィンが僕に牙を向いた。
黒くてクリクリとしていた目は、今は異様な赤色の光を放っている。
「…いっ…」
ヴィンを抱き抱えた腕を思い切り噛まれ、血が流れ出す。
あぁ…もう、さっきシルヴィに怪我を治してもらったばかりなのに…!!
それでもヴィンを離さないでいると、黄色い目をしたバケモノがこちらに短剣を振りかざしてきた。
「う…」
流石に、腕を強く噛まれ続けながらこの速さの攻撃を避けきるのは無理だ…!
僕が一瞬腕の力を緩めた瞬間、ヴィンは僕の腕の中から抜け出して、走り出したバケモノについて行ってしまう。
「…うぅ…もう二度と行きたくないと思ってたのに…」
僕は血が滴る腕をそのままに、ドラゴンの姿になるとバケモノたちを追いかけて再びあの霧深い森へと駆け出した。
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