天才少女の道
僕たちは、村の中で行き交う人たちの中を歩いていた。
この犬をシェリーちゃんに引き渡したくても、シェリーちゃんの住所がわからないのだ。
最初は向こうから声をかけてきてくれたからよかったものの…。
どうしたものか…。
「まさか報告場所を聞き忘れちゃうなんてね」
「ねー、ゼアスおじさんお仕事とか慣れてるのになんで忘れちゃったの?」
「おじさんじゃねぇ。俺は最近ほとんど結界の張替え時の魔物討伐の依頼しかやってねぇからな。こういう個人が依頼主なのにはなれてねぇんだよ」
「とりあえず…この村の中に居るしかないよね…? シェリーちゃん、もう寝ちゃったかな…」
僕がそう小さな声で言うと、ゼアスさんは首を横に振った。
「いや、それはないな」
「え…どうしてわかるの…」
僕がそこまで行ったとき、前方から一人の幼い少女が走ってくるのが見えた。
何かキャンバスのようなものを両腕に抱え、きょうろきょろと辺りを見回しながら村を突っ切ってくる。
あの様子だと、村から出ていこうとしているように見える。
「あ! シェリーちゃんだ!」
エリシアがシェリーちゃんの姿を見つけ、手を振ろうとしたが、それよりも早くエリシアの後ろをくっついて行っていた犬がシェリーちゃんの方へと駆けだした。
「わんっ!!」
と、一声鳴いたかと思うと、小さな少女に飛び掛かった。
「わっ…!?」
急に人ごみの中から飛び出してきた犬に、シェリーちゃんは驚いたようによろけて、尻もちをつきそうになる。
それを、ゼアスさんがいつの間にかシェリーちゃんの後ろに回って支えた。
「よっ。見つけてきてやったぞ」
そのゼアスさんの言葉に犬の姿を見たシェリーちゃんの表情はみるみるうちに明るくなり、嬉しそうに犬の頭を撫でた。
「ヴィン…無事でよかった…。あ…あの、ありがとうございました。」
シェリーちゃんはゼアスさんからぱっと離れて、そう頭を下げる。
その間も、ヴィンと呼ばれた犬は元気に尻尾を振りながらシェリーちゃんの周りをうろうろとしている。
相当懐いているみたいだ。
でもそれならなんで、一匹であんな不気味な、そして危険な森に入ろうとしたんだろうか。
迷い込もうにも、村と森との間の道は一本道だし、引き返すことも容易そうなのに…。
犬っていうのは、そこまで頭が良くないんだろうか…。
まぁ、僕は犬を見たのも随分と久しぶりってぐらいで、犬については何も詳しいことは知れないんだけど…。
「いえいえー! 気にしないでいいよ。結構すぐに見つかったから! それで、そんなに慌ててどこかに行くつもりだったの?」
「あ…えっと…森側の村の出入り口で、皆さんを待とうと思って…それで…」
「なんだ、そうだったんだ! じゃあ、もう出入り口まで行く必要ないんだね。あの森は危ないみたいだから、近づいちゃだめだよ!」
「は…はい」
エリシアはにこにこと笑いながらシェリーちゃんの頭を撫でた。
「それから、これからはしっかりとヴィンのこと見てなきゃダメだよ」
「はいっ! あ…それから、これ…」
シェリーちゃんは、持っていたキャンバスをひっくり返して僕たちに見せた。
するとそのキャンバスには、四人の人間の絵が描かれていた。
一番左側には楽しそうに両手を上にあげている赤髪の少女の姿。
その隣には、紺色の髪を後ろで少し雑に束ねた青年が、その右隣の白髪の少年の肩に腕を回して笑っている。
そしてその白髪の少年は困ったように眉を下げていて、その隣で水色の長い髪を後ろで一つに束ねた少女が可笑しそうに笑っている。
背景は、冒険者ギルドの本部の外装とそっくりな建物が描かれている。
「これって…」
「私たち…?」
「は…はい、あの…背景の建物は、資料にあったギルドの本部の建物をもとに描きました…」
「すっごーい…! これ全部、エリシアたちがわんちゃん探しに行ってる数時間で描いたの…!? ゼアスおじさんもジルもジルヴィも本物とそっくりだね!」
「…」
ゼアスさんは、何も言わずに、ただ小さくシェリーちゃんに笑いかけた。
「でも、どうして僕たちの絵を…?」
僕がそう問いかけると、ジェリーちゃんは、ちらりとゼアスさんの方を見てから、少し小さな声で答えた。
「あ…あの、その方が…報酬としてお金はいらないけど、もし依頼を成功させたときにお礼がしたいっていうなら、自分の得意なことでお礼をしてくれって言われて…それで…私の得意なことって…絵を描くぐらいしかないから…」
シェリーちゃんはそんな風に言いながら、ゼアスさんの方を何度も見る。
最初にゼアスさんがシェリーちゃんに耳打ちをしていたのはこのことだったのか…。
「じゃあ…これが今回の報酬ってこと…?」
シルヴィが驚いたように絵を眺める。
「は…はい、やっぱり、そんな絵じゃだめですか…?」
シェリーちゃんが、おどおどしながら僕たちの顔を見る。
そんなシェリーちゃんに、エリシアが嬉しそうに抱き付いた。
「すっごく嬉しいよ! ありがとうシェリーちゃん!」
「え…」
急に抱き付いてきたエリシアに、シェリーちゃんは戸惑ったように視線を向ける。
そんなエリシアとシェリーちゃんに向かって、遊んでほしいとでもいうようにヴィンという犬も飛び掛かる。
ヴィンの勢いと重みでエリシアとシェリーちゃんのバランスが崩れ、ふたりと一匹はその場に倒れこんだ。
倒れた拍子に、シェリーちゃんの手から、キャンバスが飛んだ。
わ…!?
落としたら汚れちゃう…!
そう思った僕は、それを受け止めるべく走るが、そのキャンバスの落下地点に人が居るのが視界の端に映り、体当たりをするわけにもいかずに慌てて立ち止まった。
そこにいた多少ふくよかにも見える年配の女の人は、上から降ってきたキャンバスを綺麗に受け止めた。
「あ…あの、すみません…」
そう頭を下げながら僕がキャンバスを受け取ろうとするが、その女の人はシェリーちゃんのキャンバスに見入っていた。
「あ…あの…?」
もう一度僕がそう声をかけた時、その女の人は顔をあげて、口を開いた。
「この絵を描いた方はどなた…?」
「え…?」
急にどうしたんだろう…。
その女の人はきらきらと瞳を輝かせている。
「こいつだ」
僕の後ろから、ゼアスさんがシェリーちゃんを指さしてそう言った。
すると、その女の人は、受け止めたキャンバスを僕に渡すと、その体からは想像できないほどに素早くシェリーちゃんに駆け寄った。
「まぁまぁ…こんなに可愛らしい女の子があんなに素晴らしい絵を…?」
「え…えっと…?」
「こんばんはお姉さん、シェリーちゃんは凄いんだよ! あの絵をほんの2,3時間で描き終えちゃったんだから!」
エリシアがその女性をお姉さんと呼んだことで、ゼアスさんの口がぱかんと開く。
「…あいつ、やっぱり俺になんか恨みでもあんのか…?」
そんな風に独り言をこぼすゼアスさんは置いておいて…。
女性の言葉は止まらない。
「まぁ、あんなに複雑な絵をそんなに短時間で…? あなたは画家か何かをしているのかしら?」
「い…いえ…私は…」
「まぁ、それは勿体ないわ」
「え…?」
シェリーちゃんは、人見知りな上に引っ込み思案なところもあってか、その女性に押されっぱなしだ。
…なんだか、時々僕に似ているような感じがするんだよね…シェリーちゃんって…。
って、失礼だよね、そんなこと。
シェリーちゃんには、素晴らしい絵の才能があって。
僕とは全く違う存在だ。
「わたくし、あなたの絵を見て一目で気に入りましたの。きっと、作品を売りに出せばとても人気が出るでしょう」
その女性は、にっこりと笑ってシェリーちゃんの手を両手で包む。
「どうかしら、プロとなって、あなたの素敵な絵を世界に送り出すというのは」
その言葉に、その場に居た全員が固まった。
シェリーちゃんに、スカウト…?
「わんっ」
シェリーちゃんの足下で尻尾を振っていたヴィンは、何も言えずに固まっているシェリーちゃんの代わりにとでもいうように、元気良く返事をした。
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