ぎこちなくなる態度
森を抜けてすぐ、僕は前方に人の気配を感じて顔を上げた。
すると、僕の目には前方の木に寄りかかるようにして座っているエリシアとゼアスさんの姿が映った。
「あ! ジル! シルヴィ!! どこに行っちゃったのかと思った!」
エリシアがそんな風に反応して立ち上がると、そのすぐ横のもこもこした茶色い何かが動いた。
その何かは、地面に丸まってぐっすりと眠っているようだ。
「エリシア…それってもしかして…」
「シェリーちゃんのわんちゃん! 入口のそばで見つけて追いかけて捕まえたの! そしたら二人共追いかけてきてないんだもん、びっくりしたよ〜…って、二人共どうしたの!? ボロボロ!」
「あとで話すよ。依頼が完了できたんなら良かった…」
もう二度と、この森には入りたくないと思っていた所だ。
それは多分僕の腕の中で眠ってしまっているシルヴィも同じだろう。
エリシアとゼアスさんは、この反応からしてあのバケモノ達には会わなかったみたいだ。
それはただの偶然なのか、それともあのバケモノたちが意図的に僕のことだけを狙っていたからなのか、それは分からないけど…。
「にしても珍しいな、お前が取り乱しもせずにシルヴィを抱き抱えてるなんて」
「え…?」
…ゼアスさんに言われて気づいたけど、僕どうやってシルヴィを抱き上げたんだっけ?
よく覚えてない…。
確か…おんぶしようとしたらシルヴィが乗ってくれなくて…それで…。
それで…?
僕、確か無理やり引っ張って抱き抱えなかったっけ!?
今僕は、シルヴィの背中と膝の下に手を入れて抱き上げていて、シルヴィは魔力の消耗と疲れとがあってか僕の胸のあたりの服を掴んで眠ってしまっている。
これって、相手の同意が無いんだしセクハラ行為になってるんじゃ…。
「いいないいな、エリシアもジルに抱っこされたーい!」
「やめとけ、あいつは一人でもギリギリなんだからよ。っつーか、余計なこと言うんじゃなかったな。ジルのやつ、顔が赤くなったと思ったら今度は青くなってんぞ」
「えっ…エリシア…! シルヴィをお願い…!」
「え? いいけど…どうしたの急に…」
「下心があったわけじゃないんだ! 目を覚ましたらちゃんと謝るから…!」
「何の話…?」
僕は困惑するエリシアにシルヴィを預けて一息ついた。
本当に、森を出るまでの僕はどうかしていた。
考え事にかまけて、周りのことも自分が何をしているのかも、全く意識していなかった。
「お前、腕から血も出てんじゃねぇか。背中は枯葉まみれだしよ…」
シルヴィを抱えていて見えなかった腕の傷が露わになると、ゼアスさんが驚いたように目を見開いた。
「あ…そういえば撃たれたんだっけ…」
「撃たれた? 誰に?」
不思議そうな顔をしているエリシアとゼアスさんに、僕は村に歩いて戻りながらこの森の中で僕とシルヴィにあったことを、かくかくしかじかと話した。
シェリーちゃんの犬も目を覚まし、エリシアの後ろをトコトコと着いてきている。
「なんだそりゃ…そんなバケモノがこの森の中に居たってのか?」
「へぇー…狼じゃなくて、ゾンビに出会っちゃったってわけだね」
「ゾンビ…?」
「そうそう、動き回る死体って意味だよ」
死体が、動き回る…。
確かに、見た目は死体を縫い合わせて辛うじて人の形を保っているようだったけど…。
あのバケモノは、そんなに身勝手に動いていたようには見えなかった。
なぜだか、統率が取れているような…そんな感じがした。
「そんなもんが本当に存在するのか…? 信じがたいな。俺は生まれてこの方そんなの見たことねぇし」
「うんっ、エリシアもない!」
「…僕も、今日までは見たことなかったよ」
あれが何者なのか…。
全く検討もつかないけど、もう二度と会いたくないものだ。
「そういえば…エリシアたち、このわんちゃんを追いかけて結構森の中をぐるぐる走り回ったけど…木が倒れる音も、銃声も聞こえなかったよ?」
「…え…?」
「そうだな、木が倒れてお前達が足止めされたんなら、俺達もその場でジルたちが着いてこれねぇって気づいたはずだ」
銃声はともかく、木が倒れた音は聞こえないはずがない。
だって、まだゼアスさんたちが僕の視界に入るほどに近い位置で、僕の目の前にあった木が倒れたんだから。
そんな至近距離で大きな音を立てて倒れた木の音が聞こえないはずがない。
あの森は…何かがおかしい…。
「よくわからねぇが、あの森には近寄らない方がいいってことはわかったな」
「うん、もうあそこに行く事もないんだし大丈夫大丈夫!」
エリシアがそう気楽そうに言っている中、僕は後ろを振り返った。
そこには、怪しげな深いきりに包まれた森がある。
その森から、じっと見られているような
そんな寒気を感じた。
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シェリーちゃんが住む村の入口につくと、もう辺りは暗くなっていた。
暗くなっているにも関わらず、まだこの村の中は賑わっていた。
多くの屋台が明かりを灯し、商売を続けている。
わいわいと賑やかな声を聞いて、エリシアが抱き抱えていたシルヴィの目がパチッと開いた。
「あ、シルヴィ! おはよう」
エリシアがにこにこしながらシルヴィに言うと、シルヴィは、
「お…おはよう…?」
と曖昧に答える。
「あれ…私、どうしたんだっけ…」
「あの森でバケモノに襲われたんだろ?」
「…あっ…ジルは…!?」
シルヴィは、僕と目が合うと一瞬たじろいだ。
心なしかシルヴィの頬が赤い気もする。
そして、ぱっと僕から目をそらす。
…か…完全に嫌われた…。
謝る暇すらなしに嫌われるなんて…。
「エリシア、運んでくれてありがとう、降ろしてもらえる?」
「うん、いいよ! あ、そうだシルヴィ、ジルが腕を怪我してるみたいなんだよね、治してあげてよ」
え…エリシア…!
余計なこと言わなくていいー!!
今シルヴィさんはご立腹なんだから…!
青ざめる僕にシルヴィは近付いてくると、素早く呪文を唱えて腕の怪我を直してくれた。
「え…あ…ありがとう…シルヴィ…」
「…うん」
シルヴィは小さくそれだけ言うと、くるりと僕に背を向けてしまった。
…あ…謝ろうにもこれじゃあ…。
今までずっと僕に優しくしてくれていたシルヴィにこんな態度を取られてしまうのは、流石の僕でも結構落ち込む。
腕の傷の痛みは消えて、ゼアスさんが応急処置だと巻いてくれた包帯も必要なくなったのに、今度はなんだか胸がちくちくと痛みだしてしまった。
そんな僕とシルヴィを、ゼアスさんが面白そうににやにやとしながら見ている。
それに僕は気づいていたが、傷心中の僕はゼアスさんに文句なんていう元気が残っていなかった。
「さて、この茶番はいいとして、あのシェリーとかいう子供に、この犬を渡しに行くぞ」
ゼアスさんはそう、エリシアの後をくっついていく犬を指した。
「そうだね、森から出た辺りですっかり逃げなくなって、エリシアの後ろをくっついてきてくれるようになったけど…もうお別れかぁ…」
寂しそうにエリシアが頭を撫でた犬の目が、一瞬緑色に光ったような気がした。
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