慌ただしくて、最高の旅立ち
シルヴィの小さな家の天井を僕は頭で突き破り、壁は尻尾が弾き飛ばした。
そして頭を下げて、シルヴィを羽交い締めにしてる男を睨む。
『…シルヴィを…離せ!』
そう僕が声を出していえば、ドラゴンの威嚇の声が響き渡る。
シルヴィを押さえていた男は、恐れからかシルヴィから手を離し、後ずさった。
『シルヴィ、怪我はない?』
「大丈夫よ!」
シルヴィはと言えば、僕に駆け寄ってくると、僕の前足から背中によじ登る。
そして僕の背に座ると、男を指さした。
「ジル! 死なない程度にやっちゃえ!!」
『わかった!』
僕はシルヴィに返事をして、前足で割と優しく男を払った。
すると男は僕が殴られた時よりも吹っ飛び、壁に体を強打する。
『つ…強すぎた…?』
「大丈夫! 死んでないわ!」
『でも瀕死だよね…?』
「それぐらいしないと反省しないわ」
『あ…うん…そうかな…?』
一通り僕が男達を吹き飛ばすと、シルヴィは僕の背中から降りる。
「これに懲りたら、奴隷商人なんて辞めることね」
そうシルヴィが言えば、もう男達は反論する気力はなかった。
シルヴィが僕に向かってにっこり笑いかけ、一件落着かと思った。
思った矢先に、僕の体に炎の玉が直撃し、少しよろける。
『うわ…び…びっくりした…』
玉が飛んできた方を見てみれば、冒険者らしき人達が数人、こちらに武器を構えている。
まぁ…あんなに目立つ事したんだし、こうなるのは当たり前か…。
「やはりこいつだ! 炎魔法の効かない、尻尾の赤いスノードラゴン!!」
「待っていろジニー、必ず俺達が仇を打ってやるからな!」
『え…えぇ!? 僕誰も殺してないよ!?』
「待って!!」
困惑する僕と冒険者との間にシルヴィが両手を広げて立ち塞がった。
「このドラゴンは私をあの賊たちから助けてくれたの! だからお願い! 殺さないで!!」
奴隷商人たちのことを何のためらいもなく賊と呼んだシルヴィに僕は驚いた。
まぁ、やっていることは賊みたいな事だったけど…。
「そうはいかない! もう手配書も出ているし、そのドラゴンに俺達の仲間は足を折られたんだ!」
『僕…攻撃一度もしてないよ…』
緊迫した状況に、ドラゴンの情けなさそうな鳴き声が響く。
この時点で緊迫感はゼロである。
「このドラゴンはそんな事しないわ!」
「何故お前にそんなことが言いきれる!?」
「私を助けてくれたもの。どうせあなたのお仲間は氷で滑って転ぶかなにかしたんでしょ?」
シルヴィがそう言った瞬間、冒険者はぐっと言葉に詰まった。
『図星…?』
「うるさいぞドラゴン!!」
『えぇ!?』
「とにかく、ドラゴンは我々人間の敵だ! そこを退け娘!!」
「いやよ!」
「ならばそのドラゴンは貴様がこの村に手引きしたのだな!? 人間を裏切る行為だ!!」
『…あながち間違ってないよね…』
「どうしてそうなるのよ!? それにこのドラゴンは私の家しか壊してないわ!! 村に危害なんてほとんど加えてないじゃない! ジル、あなたも何か反論しなさいよ、男でしょう!?」
『え…えぇ!? だってこの人たち僕が何を言ってるかわかんないんじゃ…』
「問答無用!!」
痺れを切らしたのか、冒険者はシルヴィに武器を向けなおす。
『あ…危ない…!!』
僕は咄嗟に首を伸ばして、シルヴィの服を優しく噛むと、持ち上げる。
襟の部分を噛んで持ち上げたため、シルヴィの細い腰が見え隠れするのが目に毒だ。
僕はなるべく見ないように、優しく、そして迅速にシルヴィを僕の背中に乗せた。
「ジル!?」
放たれた水魔法が、僕の足元を直撃する。
が、僕には特になんのダメージもない。
とにかく、ここから離れなきゃ…。
僕は翼を広げると、一つ、大きく羽ばたいた。
「待て!!」
という冒険者の声も、すぐに遠くなる。
「す…すごい…こんなに早くこの高さまで飛び立てるなんて…」
シルヴィは、水色の髪をなびかせながら僕の背中の上で瞳を輝かせている。
『シルヴィ…ごめん』
「…? 何が?」
『朝ごはん食べ損ねたし、シルヴィの家壊しちゃったし、シルヴィがあの村に戻れなくなっちゃったし…僕、シルヴィにとって迷惑なことしかしてなくて…』
「別にいいのよ、朝ごはん食べ損ねたのは痛いけど…」
『えっ!?』
「だってどの道旅には出るつもりだったんだもの、家も村も、もう関係ないじゃない?」
『そう、なの…? なら、その…まとめた荷物は一応ここに…』
僕は翼を羽ばたかせながら、後ろ足に引っかかっている荷物を見せる。
「わぁ、いつの間に? さすがジル!! これで暫く安泰ね!」
シルヴィがそう笑うと、僕もつられて小さく笑う。
ドラゴンの顔では、笑えているのかもよくわからないけど。
「最高の旅立ちだわ!」
『最高に慌ただしい旅立ちだよね…』
シルヴィが僕の背中の上で伸びをしながら言った言葉を、僕は溜息をつきながら訂正する。
こうして晴れ晴れとした空の中、僕とシルヴィとの旅が始まった。
そういえば…今日は、雨でもあられでも大雪でもゴミ箱でもなくて、奴隷商人が正解だったんだな…。
……やっぱり結果的に不運だ。
いやでも…よく考えると一番不運だったのは奴隷商人の人たちなんじゃないか。
標的にした女の子には殴られ蹴られ、おまけにもやしだと思ってた奴は実はドラゴンだった…なんて、可哀そうに…。
だいぶ悲惨な前世を送っていた気がする僕が同情するんだから相当な不運さだ。
…とりあえず僕は、シルヴィに蹴られたり殴られたりはしたくないから…言動には少し気を付けないとな…。
「ジル?」
『ひゃいっ!?』
「どうやったらそんなに声が裏返るのよ…子犬の鳴き声みたいだったけど…」
『ご…ごめんビックリして…』
「どうして私が話しかけただけでそんなにビックリするの?」
『え…いやそれは別にシルヴィが強いってわかってちょっと怖くなったとか怪力って思ったとかそんなわけじゃ…』
「ジル……それ、いっそ清々しいぐらい本音が駄々漏れよ?」
『……!!』
今前足で口を塞いでも遅い。
今殴られたりしたらとりあえず墜落するんだけど…。
近隣の村の皆さんはドラゴンが少女に倒されるという貴重な瞬間が見られるかもしれないな…。
そうしたらシルヴィは英雄か…?
『お…お手柔らかに…』
「もうっ! 私をなんだと思ってるのよ! 誰彼構わず殴るわけじゃないのよ?」
『いやでも僕は女の子にだいぶ失礼なことを…』
「本当よ全く…。」
『……殴らないの?』
「殴られたいの?」
『滅相もない!!』
「私が嫌いなのは、他人を困らせる人なの。例えばさっきの奴隷商人とか。そういう人たちには容赦なくドラゴンから教えてもらった体術で対抗させてもらうけど、他の人にはあんなことしないわ」
ドラゴン…?
育ててもらったっていうドラゴンの事かな?
随分と人間に親切なドラゴンだったんだな…。
僕は自分がドラゴンだということも忘れてそう思う。
とりあえず、僕が殴られる予定は今のところなさそうだ。
良かった…。
「あ! ジル! 見て渡り鳥」
シルヴィが不意にバシッと僕の背中を叩いて左側を指さす。
確かに渡り鳥は居る。
けど…今ちょっと叩き方が荒かったというか、強かったというか…
「あっちにも!」
そうシルヴィはもう一度僕の背中を叩いた。
うん、渡り鳥は居るよ。居るけどさ…
…強い…。
ドラゴンの鱗越しに振動が伝わってきて少し痛いぐらいだ。
『あの…シルヴィ…さん……? もしかして本当は怒ってる…?』
「ううん、ぜーんぜん?」
……完全に棒読みだ…!
『ほ…本当にすみませんでした…!!』
この日、とある村の村人はドラゴンの悲痛そうな鳴き声を聞いたという。
ブックマーク、感想、評価等、よければ宜しくお願い致します!