ヘタレドラゴン、濃霧の森へ
村を抜けた先には、なんだか不気味な雰囲気の森が広がっていた。
狼が出るという噂のせいで、誰も今はこの森に近づいていないのだろう。
人気もない上に、天気も曇ってきて、そして何故だか森の中には濃い霧が立ち込めている。
「…な…なんか出そうじゃない…?」
「シェリーちゃんが狼が出るって噂があるって言ってたじゃん!」
「あ、いや…そういうんじゃなくて…」
「幽霊とかか? んなもん居ねぇよ」
「そ…そうだよね…」
不安になってきた僕の言葉を、ゼアスさんが一刀両断する。
…でも、この森が不気味なことには変わりない。
あんまりこの先に進みたくないけど…。
シェリーちゃんの犬は探し出さなきゃいけないし…。
気を引き締めていこう…!
一歩森の中へと踏み出すと、その森の中は本当に深い霧に覆われており、なかなか先の方が見えなかった。
「…本当に、不気味なところね…」
そんな風に、シルヴィが僕のすぐ横で言った。
「う…うん…まだ日も暮れる前なのに薄暗いしね…」
そう言葉を返しながらシルヴィの方を見ると、シルヴィも少しだけ不安そうな表情をしていた。
「シルヴィ」
僕がそう名前を呼ぶと、シルヴィは僕を見上げた。
ランディットさんとの件があってから、シルヴィと目が合うと未だに少し気まずい…。
「…四人で一緒に居るんだから、きっと怖いことなんか何にもないよ」
「…そうね」
僕の言葉を聞いて、シルヴィは一瞬目を見開いてからおかしそうに笑った。
か…可愛い…。
初めて会った時にも思ったけど、シルヴィの笑顔は、ばぁっと花が咲くみたいに綺麗で、いつも見とれてしまう。
「そうそう! いざという時はゼアスおじさんの魔法で蹴散してもらえばいいんだもんね!」
「だからおじさんじゃねぇ。そのままおじさん連呼してたら化け物が出ても助けてやんねぇぞ」
「いいもん、エリシアは自分でやっつけるから」
「…お前なぁ…なんで意地でもおじさんつけたがるんだよ…」
「さぁ、わんちゃん探そうー!!」
「おい、質問は無視か…!?」
森の奥に進み始めたエリシアに、僕たちは慌ててついていく。
この深い霧では、2m先でもぼやけてしまう。
固まってないと、すぐにはぐれちゃいそうだ…。
そう思っていた矢先、エリシアが
「あ!!」
という大声を出して走り出した。
「えっ…エリシア!?」
「おい、待て! エリシア!!」
走り出したエリシアの背中が見えなくならないように、その後を追いかけようとするが、地面にたまった落ち葉が湿っているせいで、滑ってなかなかうまく走れない。
なんでエリシアはあんな風に速く走れるんだ…!?
そんなエリシアを、ゼアスさんは転移魔法を交えながら追っていく。
シルヴィも、足場の悪い今回ばかりは、僕のすぐ前を走っている。
つまりはどんな状況でも僕は一番足が遅いのだが…。
「ジル…!」
その時、急にシルヴィが足を止めて振り返った。
「え…なに…!?」
そして僕に飛びついてくる。
「えぇ!?」
シルヴィのことを受け止めきれず、僕はその場に尻もちをついた。
い…たた…お尻にあざ出来るよ…。
本当に最近はあざだらけだ…。
そんな風に思った僕の耳に、めきめきめきっという今にも木が折れそうな音が届き、そのすぐあと、僕たちの目の前に、背の高い木がドンっという激しい音を立てて倒れた。
その木の根元辺り…なにか白いものが立っているように見えて、僕は目をこすった。
すると、次に視線を向けたとき、そこには何も居なかった。
…気のせい…だったのかな…?
「ありがとう、シルヴィ…あのまま走ってたら、あの木の下敷きになる所だった…」
「今…あの木の根元に誰かいなかった…?」
「え…? あの、白っぽいなにか…?」
僕の問いかけに、シルヴィは頷いた。
シルヴィにも見えてたのか…?
でも、すぐに消えてしまっていたし…。
も…もしかして…本当に幽霊…とか…!?
僕のそばでシルヴィは立ち上がり、少し不安げに辺りを見回している。
…奴隷商人とかと対峙するのは全く怖くないのに、お化けとかは怖いのか…。
やっぱり女の子だな…。
シルヴィが不安なら、僕が不安を表に出しちゃダメだよね。
僕は立ち上がると、シルヴィに声をかけた。
「この霧だから、白いモヤが人みたいに見えたんじゃないかな」
「…そうかしら…」
僕の言葉を聞いても、シルヴィの表情は晴れない。
肩をすぼめて縮こまっているシルヴィを見て、僕はいたたまれなくなった。
きっとゼアスさんなら、上手く言葉で恐怖を和らげられるんだろうけど…。
僕は喋りが下手だからそんなことは出来ない。
なら…僕には何が出来るかな…。
何をしたら、シルヴィが一番安心できるのか…。
そう考えた時、僕は自然に、いつもシルヴィやエリシアが僕にしてくるように、シルヴィの手を引いた。
「行こう。シェリーちゃんの犬を探さなきゃ」
「え…えぇ…」
曖昧な答えを返したシルヴィに、僕は違和感を覚えて視線をあげた。
すると、シルヴィは頬を赤らめて、じっと繋がれた僕とシルヴィの手を見ていた。
「…ごっ…ごめん…!」
よく考えたら手を繋ぐなんてそんなこと、僕みたいなやつがシルヴィに気軽にしていいはずないのに…!!
僕が慌ててシルヴィの手を話そうとすると、シルヴィはぎゅっと僕の手を握った。
「…いい…」
「へっ…?」
「このままで、いい。こうしてると、とっても安心するから」
「………」
シルヴィはそう言いながら、少し赤い頬のまま僕に笑いかけた。
それはもう、僕の思考停止の合図だ。
一瞬本気で、何も考えられなくなった。
頭が真っ白になるとはこのことだ…。
「ジル…?」
「あ、え、いや…わ…わかった!」
名前を呼ばれて我に帰り、僕はシルヴィの手を引いて歩き出した。
とはいえ、どれだけ進んでも見えるのは木々だけ。
シェリーちゃんの犬どころか、狼も、鳥さえいない始末。
…本当になんなんだ、ここは…。
木ノ実とかもなってるし、鳥の一羽や二羽、居たっておかしくないのに…。
そう思っていた時、不意にシルヴィの歩みが止まった。
ぐんっと手を後ろに引かれて、僕は驚いて振り返った。
すると、シルヴィは青い顔をしてある木の影を指さしていた。
「…じ…ジル…! あれ…」
そんなシルヴィの言葉に、僕は視線をその木の影に向けた。
するとそこから、白く長い外套を羽織り、フードを深く被った人間が、じっとこちらを見つめていた。
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