ヘタレと白の教会
ゼアスさんの転移魔法でギルド本部の建物まで着くと、エリシア、レオ、ミラ、リザ、そして竜の里の族長たちはマスターの部屋へと通された。
それに、一応のマスターの護衛としてゼアスさんもマスターの部屋へと入っていった。
シルヴィと僕は、ギルド本部の廊下にぽつんと取り残された。
僕達も入ってもいいと言われたが、正直今回の竜の里への旅で、僕とシルヴィの口からマスターに何か報告しなければならないことも特に無いので、外で待つことにした。
それにしても…待つと言っても、やることがない。
すぐ側に居るシルヴィの横顔を見ると、長いまつげに縁取られた目が不意にこちらを向き、パチっと目が合った。
僕はそれに驚いて、ばっと顔を背けてしまった。
…あ…あからさまに顔を背けちゃった…。
なんてことしてるんだ僕は…。
ランディットさんとの一件があってから僕は、変に意識して、変にシルヴィを避けてしまっている。
シルヴィはいつも通りに接してくれてるけど…。
そんな優しいシルヴィに、僕は失礼な態度ばかり…。
でも…もう一度シルヴィの方に視線を向ける勇気が出ない…。
そんな風に僕がぐるぐると頭の中で考えていた時、廊下の奥の方から、誰かが走ってくる足音が聞こえた。
「シルヴィちゃん! 帰ってきてたですね!」
「あ…エリンさん!」
そちらに視線を向けてみると、長い桃色の前髪で目が隠れて見えない女の人が、こっちに向かって走ってくるのが見えた。
…あれで前が見えてるのかな…。
僕がそう思った瞬間、エリンさんは自分の足にもう一方の足を引っ掛けてぐらりと体を傾かせる。
「あ…」
そんなエリンさんの体が地面に打ち付けられる直前、僕は咄嗟に手を伸ばしてエリンさんを抱きとめていた。
「だ…大丈夫…ですか?」
僕がそう問いかけると、エリンさんは驚いたように僕の顔を見る。
「だっ…大丈夫です! すみませんです!」
エリンさんは慌てて僕から離れて、立ち上がる。
その勢いで前髪が揺れて、前髪の間から覗いた瞳はとても綺麗だった。
「エリンさん、結界維持装置の防衛はどうしたんですか…?」
そんな風にシルヴィが問いかけると、廊下の奥からもう一つの声がシルヴィの質問に答えた。
「今はヴィッタが一人で三つの大陸を守っているわ。あたしたちは少し休憩」
「エマさん…! エマさんも戻って来てたんですね」
シルヴィは驚いたようにエリンさんの後ろから現れた赤髪の女性に視線を移した。
…にしても、一人で三つの大陸の結界維持装置を守ってるってどういうことなんだろうか…。
「えぇ、流石に何日も野営は疲れたわ」
「狩りもなかなか難しくってですね…」
「あんたは動物が可哀想って全然狩れてなかったじゃない」
「だって可哀想じゃないですか…」
エリンさんとエマさん、そしてシルヴィ…この三人は、マスターの命令で一度アストラス大陸に派遣された人たちだ。
積もる話があるのかもしれない。
そう思った僕は、邪魔にならないようにそっとその場をあとにした。
その後掲示板を見てみたり、ギルドの周辺を散策したりしたが、一匹じゃ全く楽しくない。
この後どうしよう…そう考えていた時、後ろから聞いたことのある声に名前を呼ばれた。
「ジル=オルドランド」
その声に振り返ると、僕よりも頭一つぶんぐらい背の低い銀色の髪を持つ少年が僕を見上げていた。
「…レニア…そうだ! 君怪我は!?」
「もう治った」
怪我のことを聞いた途端、レニアはむくれた顔になる。
まだ戦えると言っている最中に連れ帰られたことを怒っているのだろうか。
「そんな事より、大事な話がある。ついてこい」
そんな風にレニアはぶっきらぼうに言うと、踵を返して歩き出した。
レニアが僕に話…?
なんだろう…一緒にリージェン大陸に派遣された時しか話したことがないから、要件が全くわからない。
まぁ、その一緒にいた時だって、殆ど話してはくれなかったんだけど…。
レニアはギルド本部の外に設置された椅子に腰掛けると、テーブルを挟んで向かいにある椅子に、僕も座るように促した。
足を組んで座る姿は、やっぱり本当に子供らしくない。
レニアは、持っていた紙袋から何やら資料のようなものを取り出すと、テーブルの上に広げ始める。
…何を始めるつもりなんだろう…。
僕がそう思っていた時、テーブルの上に広げられた資料の一つについた挿絵に、見覚えがあることに気がついた。
「それって…僕の故郷にあった教会…!」
「やはり、これに見覚えがあるか」
「うん…でも、どうしてこの教会の資料を…」
「これが何なのか、お前は知っているか?」
レニアのその言葉に、僕は首を縦に振った。
「僕の村では…村を襲ったドラゴンを鎮めるために建てられたものだって言い伝えられてたけど…」
「いいや、違う。これは、神の直下の部隊の拠点だ」
神の…直下の部隊…?
神っていうのは、長いことこの世界を収め続けているっていう、あの…?
…全く話が見えない。
「何故、神が長い間この世で一番高い身分の人間として君臨し続けることが出来たと思う?」
レニアはそんなふうに問いかけながら、広げた資料から何かを探すように手を動かす。
「…強い力を持ってたから…?」
「そうだ。けど本当は、神よりもはるかに強い力を持った人間も、数百年に一度は生まれていた」
「…え…?」
それじゃあ…神がこんなに長い間神と呼ばれ続けていたことの辻褄が合わなくなってしまうじゃないか…。
「そのうちの一人がお前だ、ジル=オルドランド」
…え…。
神よりも強い力を持って生まれたのが僕…?
冗談はよしてほしい。
今のドラゴンの姿なら、確かに出来ることも増えたけど…それは女神から与えられたこの器があるからだ。
元々の人間の姿の僕には、力なんてない。
困惑している僕に、レニアは束ねられた一束の資料を僕に投げ渡した。
「わっ…!」
いきなり投げられた資料に驚いて僕はそんな声を出しながら、慌てて資料を掴もうとするが、変な体勢で椅子から身を乗り出したため、資料を掴んだはいいものの、僕は椅子ごとその場に倒れてしまった。
「本当に鈍臭いな…」
「…うぅ…」
すねを椅子の足にぶつけた…。
これは青たん確定だ…。
「その資料を見てみろ」
そんなレニアの声に、涙目のままその資料に目を向ける。
するとそこには、僕の名前、親の名前、生年月日、生まれた場所などが事細かに書かれていた。
「…なに、これ…」
どうして僕のことがこんなに事細かに書かれているんだ…?
それに、その下、赤字で書かれた封印完了っていうのは一体…。
「それは、白の教会にあったお前の資料だ」
白の…教会…?
「白の教会は、お前の故郷にもあったという教会の呼び名だ」
「…にも…ってことは…」
「あぁ、この協会は、お前の故郷だけじゃなく、4つの大陸の各地に点在していた」
「…そんな教会に、どうして僕の資料があるの?」
「…神が絶対的な力を持つ存在として世界に君臨し続けてきた理由。それは、自分よりも強い魔力を持つものの魔力を赤子のうちに封印していたからだ。そしてお前は不幸にも、神よりも強い力を持って、教会の側で生まれた」
…だから、僕の力は封印されたっていうのか…?
その、神の直下の部隊である白の教会に…?
「その白髪は、封印の証だ」
そう言いながら、レニアは僕の白髪を指さした。
「これは…生まれつきのものじゃなかったってこと…? 母さんはそんなこと一言も…。それに、これは呪われた子の証なんじゃ…」
「口止めでもされてたんだろ。お前自身も母親も、殺されなかっただけまだマシだ。呪い? 何だそれは。非現実的にも程がある」
レニアはそう、呪いという言葉を一刀両断する。
そんなにきっぱりと言われてしまうと…僕が今まで悩んでいた意味って一体…と思ってしまう。
なら…僕の母さんや村の人の体が弱くなったのは別に理由があるというのだろうか…。
まぁ…とりあえずそれは置いておこう…。
「でも…どうしてそんなことをレニアが知ってるの…? それにこの資料は…?」
レニアは資料から顔をあげて、僕に視線を向ける。
「ここまであの白の教会を調べ上げたのはヴィッタさんだ。それから、この資料はつい先日、僕とマアヤで各地の教会に乗り込んで盗んできたものだ」
「なっ…なにしてんの!? そんなことして、大丈夫なの!?」
「多分、もう僕とマアヤはマークされてる。近いうちに刺客も来ると思うが…まぁそれはどうにでもなるし、むしろ好都合だ」
「え…?」
「ずっと殺してやりたいと思っていた奴らが、のこのこと僕の前に出てきてくれるんだ。昔は世話になったからな。しっかりと仕返しさせてもらう」
そう言ったレニアの瞳が、まるで獲物を狙う肉食獣かのようにきらりと光った。
レニアの過去に何があったのかはわからないけど…こんなに幼く小さい少年なのに…なんという殺気だろう…。
復讐に燃える小さな少年の姿に、僕は寒気を覚えた。
「でも…どうして、刺客まで送られるほどのリスクをおかしてこの資料を…?」
「お前には、この資料に乗っている、お前の力が封印してある場所に行き、お前の本来の力を取り戻してもらう」
僕の…本来の力…。
そんなこと言われても、全くと言っていいほど、実感がわかないんだけど…。
「狡猾な神を、王座から引きずり下ろすためにな」
レニアはそう、いつもより低い声で言って小さく笑みを浮かべた。
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