個性豊かな族長たち
竜の里を出て二日ほどたった昼間、僕とレオはドラゴンの姿で海のすぐ上の辺りを低空飛行しながらすごい勢いで移動していた。
『ったくもー! なんで俺がこんな面倒なこと…やんなくちゃなんねぇんだよっ!』
そんな風にぶつくさ言いながらも、飛び出してきた魔物に黒い霧のようなブレスを吹き付ける。
すると、その霧は形を変えて鎖のようになり、それは意思を持っているかのように動いて魔物を締め付る。
その魔物が砕け散るのを確認する前に、レオは魔物の横をすり抜けて行った。
…下っ端とか言ってた割に…レオってすごい強いんだなぁ…。
『こんな魔物だらけの海、凍らせちゃえよジル!』
『えぇ…さすがにこんなに広いと…』
『っていうか、氷竜と光竜と水竜の族長たちはなんで高みの見物なんだよ』
『それは族長だから…』
『特に水竜の族長のおばさんなんて、ここでは最強じゃねぇか。自由に水を操れるんだし』
レオは心底この魔物退治の役割が気に入らないのか、ずっとぶつくさ言っている。
『わたくしがなんですって?』
そんな声が頭上から聞こえ、僕とレオは顔をあげた。
するとそこには、水竜の族長であるレゾッタさんが大きな翼を羽ばたかせながら飛んでいた。
『レ…レゾッタさん…どうしてこんな低いところまで…危ないですよ』
僕がそう声をかけると、レゾッタさんはおかしそうに言った。
『あら、わたくしが魔物ごときに遅れをとるとお思い?』
そこまで言うと、レゾッタさんの付近の海の水が巻きあがった。
『ちょおっと待て! あんた俺まで巻き込むつもりですか!?』
『あら、おばさんの底力を見せてあげようと思っただけよ?』
やけにおばさん、という言葉を強調したレゾッタさんは、そのまま巻き上げた水をレオにぶつけた。
『ぶっ…!』
レオはあっと言う間に水に飲み込まれて見えたくなった。
…完全に怒ってらっしゃる…。
『全く、最近のクソガキは礼儀というものがなっていないわ』
…おしとやかそうなドラゴンだと思ってたのに…ガキって…クソガキって言った…。
『あの…このままだと…レオが…』
僕がおずおずと声をかけると、レゾッタさんは優し気な声で
『死んでしまうわね』
と言った。
平然と。
…いや…死んでしまうわね、じゃない…!
『さすがに殺したりはしないけれど』
レゾッタさんのそんな言葉と同時に、海から大きく水が柱のようになって吹き出し、その水の柱に持ち上げられて黒いドラゴンが海からはじき出された。
なんとかレオは空中で体制を立て直し、海水が入ったのかその場でむせ返っている。
…恐ろしい…。
このドラゴンは…一番怒らせちゃいけない気がする…。
『この辺の魔物も掃討できたことだし…上に戻りなさいな、ジル』
『え…』
レゾッタさんの言葉に辺りを見回してみると、海は大きな渦潮のようになって渦巻いており、中に居た魔物もすごい水の勢いでバラバラになっているようだ。
…さすがは族長…。
レゾッタさんに言われた通り皆が居る雲の上まで行くと、そこにはエリシアと氷竜族の族長が飛んでいた。
いつも飛んでくれているミラとリザは、今は休憩時間のようだ。
エリシアの上にはミラとリザ、そして光竜の族長が乗っていた。
正直…ほとんど何も言わない光竜の族長、ソフィア=フラナーさんは、何を考えているのかよくわからないし、人見知りならぬ竜見知りな僕は自分からはほとんど話しかけられず、結局三日も一緒に居てもできたのは自己紹介ぐらいだ。
そして、今飛んでくれている氷竜の族長、ランディット=エデヌさんは、偉ぶっていなくて紳士的…そして…。
『本当にエリシアちゃんは可愛らしい…』
…極度なロリコン…というかなんというか…エリシアに従って来てくれた理由って、エリシア自身のことが気に入ってたからなんじゃないのかと思うぐらいのデレデレっぷりだ。
そのせいで全てが台無しな気もするが…僕はランディットさんにとやかく言える立場でもないので黙っておく。
その上には、シルヴィが呆れ顔で乗っていた
『あっ! ジル、おかえりー!! おつかれさま!』
そんな風に、エリシアは声をかけてきてくれる。
僕はそんなエリシアに頷いてそのそばを飛ぼうとするが、そんな時ランディットさんの僕を呼ぶ声が聞こえた。
『ジル君!』
『は…はい…?』
『疲れただろう。俺の背中に乗りなさい』
そんな風に優し気に言ってくれるのは流石なところなんだけど…。
僕に声をかけているのに視線はエリシアに向けたままってどういうことだ…。
…とんだ変態だ…。
僕は素早く人間の姿になると、ランディットさんの背中に飛び乗った。
「お疲れさま、ジル」
そんなふうにシルヴィは笑うと、荷物の中からタオルを取り出して僕に渡してくれた。
「あ…ありがとう…」
シルヴィにも、レオが僕の体のことを説明してくれていたらしく、僕がドラゴンではないということもわかっているようなのだが、シルヴィの僕への接し方は何も変わらなかったし、特になんの質問もしてこなかった。
それだけ僕のことを信じてくれているということなのか、それほど僕に興味がないのかの、どちらなのかはわからないけど…。
正直のところ、あれからあの女神と思わしき人物の出てくる夢もぱったり見なくなってしまって、本当に僕が女神に選ばれたものなのかを確認するすべもないので、質問されたところでレオが話したこと以上の情報は僕は持っていないのだ。
僕からあの女の人に接触できればいいんだけど…全く方法もわからないからなぁ…。
そこで僕の思考を遮るように、ランディットさんの声が耳に入ってくる。
『エリシアちゃん、俺のお嫁さんにならないかい?』
いつの間にかランディットさんはエリシアの側まで移動していて、そんなふうに声をかけている。
そんなランディットさんの言葉に、エリシアよりもミラとリザの方が驚愕の面持ちだ。
「だっ、ダメですよランディット様! エリシアお嬢様はまだ100歳にもなっていないのですから!!」
そんな風にリザとミラが言ってもランディットさんには効果が無いのだが、エリシアが言い寄ってくるランディットさんに一言、
『嫌』
とだけ言うと、ランディットさんは驚いたように目を見開いてから、嬉しそうな声で言った。
『そういう辛辣なところもいいね』
『エリシアお嫁さんになるならジルみたいなドラゴンがいいな!』
「…!?」
突然エリシアの口から飛び出た僕の名前に、ビクッと肩が跳ねた。
そ…そこで何で僕が出てくるの…!?
『ほう…エリシアちゃんにそこまで言わせるとは…君もなかなかな男みたいだ』
「…はい…?」
そんな声とともに、ランディットさんは首を曲げて僕に視線を向ける。
思えば、初めて会った自己紹介の時もランディットさんがエリシアのことをずっと見ていたから、今初めて目があったかもしれない。
『君は俺のいいライバルになりそ…』
「なりません!」
『そんなに謙遜しなくても…』
「してません!」
このドラゴンと話すのは疲れる…!
それにライバルだなんて、僕はエリシアをそんな目で見てないのに!
『なんだつれないなぁ…。もしかして他に好きな子が居るとか…』
「……」
好きな子…?
僕が恋…?
そんなのしたことないからよくわからないけど…。
というか、僕がそんなものをしていいとも思えない。
僕に好かれた女の子が可哀想だ。
『図星なのか?』
「えっ!?」
このドラゴンを相手に一瞬でも間を置いた僕が馬鹿だった…!!
肯定の意味での間じゃなかったんだけど…!
『それはそれは、話し合う必要があるな! おーい、レゾッタ!』
『なんですの? 大声を出して…』
『この子を預かってくれ』
そんな声とともに、僕のそばにいたシルヴィの体にランディットさんの尻尾が巻きついて、シルヴィを持ち上げると、レゾッタさんの背中の上に乗せた。
「え…?」
『俺はジルと話すことがあるのでね』
「ちょっ…僕は話すことなんてな…!」
僕が言葉を言い終える前に、ランディットさんは翼を強く羽ばたかせて他のドラゴンよりも高く飛び上がった。
急に高度が上がってちょっと気持ち悪い…。
『それで、君が好きな子は誰なんだい?』
「い…いや、居ないですって…」
『俺しか聞いていないのだからはぐらかすことないじゃないか』
「はぐらかしてないです…本当にいないんですってば!」
『そうなのかい? 俺はてっきり、君はシルヴィちゃんが好きなのかと思ったのだけど』
「…!? なっ…んでシルヴィが出てくるんですか!?」
『だって君、シルヴィちゃんと話す時が一番楽しそうだし。シルヴィちゃんが首にかけてる貝殻だって君があげたんだよね?』
「楽しそう…? 僕が…? 確かにあの貝殻は僕があげたものですけど…」
『喜んでもらいたくてあげたんだろう?』
「は…はい…」
『…でもシルヴィちゃんのことは好きじゃないのかい?』
「えっ…あの…僕なんかが恋とか好きとか…おこがましいというか…」
『そういうおこがましいとかなしにしたら、どうだい?』
どうだい?って言われても…。
恋なんてした事ないし、よくわからない。
村では僕はほぼ汚物扱いだったわけだし…。
…でも…そんな僕に、母さん以外で初めて優しくしてくれたのがシルヴィだった。
シルヴィは優しくて、可愛くて、綺麗で、強くて…。
…本当に完璧だ。
人間としても、女の子としても…。
「なしにするもなにも…僕じゃ釣り合わないですし」
『…やっぱり君、シルヴィちゃんのこと好きだろう』
「…え!?」
『思った以上にわかりやすいね』
「…な…何を見てそんな…」
『まぁ、それなら応援してあげようじゃないか』
「いや、ちょっと…! 何決めつけてるんですか! っていうか僕、人間でもドラゴンでもないんですよ、今!」
『ははは、種族の壁なんて乗り越えられるさ』
ははは、じゃない!!
なんなんだこのドラゴン…!?
『じゃあ、君の愛しのシルヴィちゃんの元へ連れていってあげよう』
「だから違いますって…!」
ランディットさんは急降下すると、ゆったりとシルヴィを乗せて空を飛んでいるレゾッタさんの背中に僕を落とした。
レゾッタさんの硬い鱗に叩きつけられて、一瞬息が止まる。
僕を落とした当の本人は、既に飛び去ってしまってもうどこにいるかわからない。
「ちょっ…と…ごほっ……」
咳き込みながらも顔を上げると、目の前には驚いたような、心配そうなシルヴィの顔があった。
「大丈夫? ジル…結構高いところから降ってきたけど…」
「だ…だいじょ…」
その言葉を言い終わる前に、僕の脳裏に、『愛しのシルヴィちゃん』というランディットさんの言葉が浮かぶ。
その瞬間、一気に顔に熱が集中するような感覚に襲われる。
『あら…』
首を曲げてこちらを見たレゾッタさんが、小さく声を上げた。
『意識しちゃったみたいね』
「ち…ちが…」
「ジル、大丈夫? 顔が真っ赤よ?」
シルヴィのそんな声とともには僕の頬に冷たい何かが触れた。
それはシルヴィの手で…。
「ごっ…」
「ご?」
「ごめんなさい!!!」
僕はもう頭が爆発しそうなぐらいに恥ずかしくて、とにかく尻もちをついた状態でシルヴィから距離をとると、両手で顔を覆ってうずくまった。
僕は…断じて変態なわけじゃない…!
でも、今一瞬シルヴィに触れられて嬉しかったなんて…!!
これは…シルヴィに邪な気持ちを抱いてるからじゃないっ…!!
「じ…ジル…?」
『そっとしておいてあげなさいな。ランディットに唆されただけよ』
「…そそのかされた…?」
そんなシルヴィとレゾッタさんのやり取りも耳に入らないぐらい、僕はとにかく耳にまで広がった顔の熱を抑えるのに必死だった。
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