竜王の後継者として
僕が目を覚ますと、そこは大きな赤いドラゴンの背中の上だった。
「あ…あれ…僕は…」
僕の頬を、柔らかい風が撫でる。
どうやらここは、空の上みたいだ。
僕のすぐそばには、エリシアとシルヴィが毛布を掛けてくっついて眠っていた。
『やっと目を覚ましたか。ピクリとも動かないから、心配していた』
僕を乗せてくれているリザの声が聞こえて、僕が顔をあげると、リザは翼を羽ばたかせながら首を曲げて、こちらを見ていた。
辺りは暗く、月がリザの顔を照らしていて、赤い瞳がきらりと光る。
「リザ…心配かけてごめん…ここは…?」
『もう今は、竜の里を出て、人間たちが住む大陸に戻っている最中だ』
と…いうことは、氷竜と光竜の族長への交渉は終わったということなんだろうか。
『エリシアお嬢様なら、自身の任務を達成された。次は人間たちの番だ』
そう、僕の心を読んだかのようにそう言った。
「じゃあもう…四部族ものドラゴンが味方に付いてくれたってこと…?」
『そうなるが…我々ドラゴンが人間に味方する条件は、もう二度と、人間がドラゴンを狩らないようにするということだ。いままで平然とドラゴンを狩ってきた人間が、そんなことできるのか?』
「できるできないじゃなくて…しなくちゃならないんだ…。でも、その方法は僕にもまだわからなくて…とにかく一度、冒険者ギルドに帰らなくちゃ…」
『そうだな…あと3日ほどかかる。我々は、まだ人間を信じたわけではなく、エリシアお嬢様を見込んでいるだけだということを忘れないでくれ』
そんなリザの言葉が、胸に刺さる。
一緒に竜の里まで来た4日の間、そんなしがらみも忘れて僕とシルヴィとエリシア、そしてミラとリザは笑いあったりもしていたというのに…仲がいい友達、というようにはなれていないみたいだ。
「…わかったよ…」
「んー…あれ、ジル…? 目が覚めたんだね…良かった」
エリシアのそんな声が聞こえて、僕は振り返る。
眠そうに眼をこすりながらも、こちらに笑いかけている。
「起こしちゃったかな…ごめんね、エリシア」
「ううん、だいじょぶ。リザ、疲れてない?」
『はい、大丈夫です。今夜は俺にお任せください』
「あれ、闇竜のレオは…?」
『月の光が眩しくて嫌だからと、雲のすぐ下を飛んでいます』
「…うーん、魔物に襲われないといいんだけど…襲われても、レゾッタたちが居るから大丈夫かな」
エリシアは、そんな風に言ってから思い出したように僕の方へ向き直った。
「レオから聞いたよ。闇竜におじいちゃんがジルに言ったこと全部…」
「…あ…」
僕はエリシアの言葉に、少し体をこわばらせた。
今の僕は、水竜の族長が言った通り、普通のドラゴンではなかった。
女神が作り出した器に入れられた普通の人間だという。
…エリシアは、僕のことをどう思っただろう。
こんな異質な僕のことを、嫌いになったかもしれない。
「すごいよ、ジル!」
そんなエリシアの声に、僕は驚いて顔をあげた。
「え…?」
「だって女神様から選ばれたんでしょ? それで、使命を与えられた…そんなジルが居れば、きっと百人力だよ!」
「…でも…その使命っていうのも、詳しく聞けたことがないから定かかはわからなくって…」
「そんなの、これからもっとわかってくるよ。一緒に頑張ろう、ジル! エリシアも、ドラゴンと人間が争うのを止めたら…ちゃんと竜王にならなきゃなぁ…」
そんな風に月を見ながら言うエリシアに、僕は視線を向けた。
「エリシア…聞いてもいい?」
「なぁに?」
「竜王の後継者って…どうやって決めるの…?」
「あぁ、それはね、この金色の目が、竜王の証なんだよ」
エリシアは、そう言いながら自分の金色に輝く瞳を指さした。
「え…?」
「この色の瞳を持つドラゴンは1000年に一度ぐらいしか生まれないらしいんだけど…この瞳を持って生まれたドラゴンは、代々竜王に任命されるの。しかも、この目には不思議な能力があってね…」
エリシアがそんな風に言うから、僕はじっとエリシアの目を見つめた。
瞳に不思議な力があるって、どういうことなんだろう…。
そんな風に思っていると、エリシアの金色の瞳が美しく輝きだした。
これは…水竜の族長と交渉していた時と同じ…!
そう思った次の瞬間、僕の目の前からエリシアの姿が消えていた。
…え…?
僕は今、瞬きもせずにエリシアの瞳を見てたのに…エリシアが消えた…?
「こっちだよ、ジル」
そんなエリシアの声が背後から聞こえて、僕は驚いて振り返った。
するとそこには、今まで僕の目の前に座っていたはずのエリシアが立っていた。
「なっ…え、エリシア、いつの間に瞬間移動なんてできるようになったの…!?」
「違うよ~、エリシアにはこの金色の瞳を見つめた者の時間を止めるっていう能力があるの。この瞳の色と、能力が竜王の証なんだよ」
そんな風に言うエリシアに僕は困惑する。
だってそんな力が使えたら…。
「そんな無敵じゃないか…」
「ううん、そうでもないよ。だいぶ体力を使うからあんまり長い時間は止めてられないし、連発もできないうえ、エリシアの目をちゃんと見てもらえなきゃ効かないの。それに、ちょっとでも怪我してたりすると力がうまく発動しないし…」
そんな風にエリシアは言うけれど、それでも強いのに違いはない。
「ってことは、水竜の族長との交渉の時も…」
「うん、ジルとシルヴィに使わせてもらったの」
「…どうして…?」
「…なかなかレゾッタが仲間になってくれなさそうだったから、エリシアはレゾッタとある約束をしたの」
「…約束?」
「シルヴィには言わないでくれる…? シルヴィは、人間側につくべき人だから…」
「わかった…」
「…その約束はね…もし、人間たちがエリシアたちを裏切って攻撃してきたりしたら…エリシアが人間を絶滅させるっていう約束」
そんなエリシアの言葉を聞いて、僕の体からさぁっと血の気が引いた。
「…そ…そんな…本気で言ってるの…?」
「…ちょっとぐらい無理はするけど、やろうと思えばできちゃうんだよ、エリシアには。だってエリシアの目を見た人間の動きは止まる。金色に光ってる瞳なんて、みんな見ちゃうでしょう? そしてみんなが止まったとき、火を放てばいい。人間はもろくて…火に包まれただけで簡単に死んじゃう」
「…!」
俯くエリシアの目は、冗談めかした光を放ってはいない。
至って真剣だ。
「エリシアだってそんなことしたくないよ。シルヴィとかゼアスさんみたいな、すごく優しい人間がいるって知ってる。でもそうでも言わなきゃレゾッタは味方に付いてくれない。他のドラゴンたちも」
「…エリシア…」
「だから、エリシアはそう約束したし、その約束は破らない。人間が約束を破ったら…その時は…」
「エリシア!」
今にも泣きだしてしまいそうな顔をしているエリシアの名前を強く呼んで、僕はエリシアの両手を取った。
「絶対、そんなことにはならない。ギルドの人たちは、心から人間とドラゴンとの争いを止めることを望んでる……もし仮に、そんなことになりそうになったら…僕が絶対に、その前に止めるから…だから、大丈夫だよ」
出来るかもわからないことをいう僕は、無責任かもしれない。
でも…今のエリシアに、これ以外かける言葉が見つからなかった。
もし、人間が裏切ろうとするようなことがあれば…それは意地でも、僕が止めなきゃ…。
「……ありがと、ジル。ジルが一緒でよかった」
エリシアは嬉しそうに言って、にっこりと笑う。
その瞳から一粒の涙が零れた。
不安からなのか、安心したからなのか、嬉しかったからなのか、それとも恐怖からなのか…僕には初めて見たエリシアの涙の意味は分からなかった。
ただ、僕はエリシアの両手を離さなかった。
僕とエリシア、そして眠っているシルヴィを乗せてくれていたリザは、何も言わずに少しだけ振り返って僕と目を合わせた。
僕が不思議に思ってリザの瞳を見つめていると、リザは一つ、小さく頷いた。
読んで下さり、ありがとうございます!
これからもよろしくお願い致します!




